第13話「めがさめたら、どこ?」
寝ているときの“ぼく”と、夢の中の“ぼく”は、どちらがほんとう? 夢と現実を分けているのは、痛み? 感触? 時間? でも、それももし錯覚だったら——。 目がさめたとき、そこが“現実”とは限らないのかもしれない。
「夢を夢だって気づいたこと、ある?」
アスの問いかけに、タケルはうなずいた。
「あるよ。何回か。なんか、途中で“あれ? 変だな”って思って、ああ夢だって……そしたら、目が覚めてた」
アスは、タケルの部屋の天井を見上げた。
「でも、夢の中で“これは夢だ”って気づいたとき、いつも終わっちゃうんだよね。不思議だと思わない?」
タケルは少し黙ってから、押し入れの布団の上に寝転がった。
「そっか……じゃあ、もしこの“今”も夢だったら、気づいた瞬間に終わっちゃうのかな」
「かもね。気づくって、こわいよ。世界がひっくり返ることだから」
「でも、痛いし、さわれるし……これはたぶん現実だよ」
「それって、12話で言ってたことと同じだね。“さわれるから現実”ってやつ」
そのとき、部屋のふすまがゆっくり開いて、タケルの兄が顔をのぞかせた。
「なんだ、まだ起きてたのか」
「うん。ちょっと、夢の話してた」
兄は小さく笑って、壁にもたれながら言った。
「夢ってさ、起きてると“なかったこと”になるけど、見てたときは、ほんとうに“いた”んだよな」
タケルとアスは顔を見合わせた。
「夢の中の“ぼく”ってさ、寝てる“ぼく”と別人なのかな……?」
兄は少し考えてから、首をかしげた。
「夢を見てる“ぼく”も、夢の中で歩いてる“ぼく”も、どっちも“自分”だと思ってるだろ? でも、その間の寝てる“自分”は……もしかしたら、観測されてなきゃ、存在してないのかもな」
「……観測されてなきゃ?」
アスがくり返した。
「うん。誰かが見てなきゃ、そこにあるって言えないってこと。量子の話でもあったろ?」
兄はあくびをして、ふすまを閉めた。
「ま、難しいこと考えてないで、寝ろよ」
部屋に静けさが戻った。
タケルは仰向けになったまま、ぽつりとつぶやいた。
「じゃあさ、夢の中でも、誰かが“観て”たら、それは現実かもしれないってこと……?」
アスは布団にすわりこんで、うなずいた。
「うん。ぼくたちは、いつも“どこか”で夢を観てるのかも。気づくまでは、それが全部現実になる」
タケルの目が少しずつとろんとしてきた。
「アス……ぼく、もしかして、まだ夢の中かな」
アスは小さな声で答えた。
「うん。でも、それでもきみが“いる”なら、ぼくはうれしいよ」
—
目がさめたとき、タケルは天井を見つめて、しばらくじっとしていた。
夢だったのか、現実だったのか。
わからなかったけど、アスの顔を思い出して、ふっと笑った。
夢の中の「ぼく」も、寝ている「ぼく」も、どちらもほんとうに「ぼく」だったのかもしれない。
でも、気づくと夢は終わる。
じゃあ、「今」が夢だと気づいたら——それも終わってしまうんだろうか。
観測されない「ぼく」は、ほんとうに“いた”と言えるのか?
そんなことを考えると、今この瞬間に、君がここにいることさえ、ふしぎに思えてくる。
気づかないままでも、存在していたい。
そんな願いが、誰かの夢の中に、そっと生きているのかもしれない。




