9、暫くは様子見なきゃ
「……解体、まで行くか? 一時停止とか……、っていうか、犯人探しが先じゃね?」
「犯人がいるなら、それでもいいんだけどな。問題は、犯人がいなかった場合だ」
俺は、誓約魔法の概要を身近な人間には教えている。目の前の二人もそれに含まれているが、知っていても知らなくても本来変わらないような詳細は別だ。
例えば、誓約魔法の解除方法とか――俺がどうやって、千を超える誓約を管理しているのか、とか。
今回の件は、正直どこに問題があるのか判別がつかない。
「どこから漏れたのかわからない。言う通りに犯人がいるのか、王族が調べたら見つかる程度の偽装だったのか、あるいは――会話を盗み聞きされたか……」
「……誓約書の二があるのに? 確かあれ、周辺に人がいたら自動的に口を塞ぐんじゃなかった?」
「そう設定してるし、実際に検証もしてる。でも、完全な穴埋めは出来てない。潜り抜ける方法があるって可能性は全然零じゃない」
コーラルの言った誓約の『二、団体に関する会話を無関係の人間がいる場所で行うことを禁ずる』、これはどちらかと言えば自動的に発動する形式の誓約であり、原理としては単純だ。
ネットワークに関する会話をしようとすると、周辺に薄く独特の波で魔力が放出される。それを放出していない人間に波が衝突すると、埋め込んである指令通り、口を閉じるという形で会話が強引に中断される。
まあ、衝突した相手がメンバーかそうでないかは関係ないという穴があるのだが、基本的には密室で会話していれば何の問題もない問題点だ。
とはいえ結局、ネットワークメンバーの大半は家から見捨てられている落ちこぼれ――いや、落ちこぼれなのかどうかすらもまともに調べられることが無かった面々。
検証と言っても限度はあるし、優秀な誰かから言わせれば欠陥だらけなのかもしれないという可能性は十分にある。その懸念が、今回浮き彫りになった。
それだけと言えば、それだけなのだが。
「俺の魔法の脆弱性……、問題の根幹がそこにあるなら、このままネットワークを何事もないみたいに続けていくことはできない。今回、存在が広まる前に口止めできたのは運が良かっただけだ。表沙汰になれば、俺たちの立場はさらに悪くなる」
「だからって解体……、誓約の見直しとかはできないの?」
「……誓約の書き換えは出来ないんだよ。俺が指示してるわけじゃなくて、各々が遵守する、って形の魔法だから」
簡単に説明すると、『誓約書に署名した人間に俺が指示を出している』わけではなく、『誓約書そのものに命令が仕込んであり、署名した人間の魔力にそれを植え込む』、というのが誓約魔法の原理だ。
つまり、発動後は俺の手を離れた自立型の魔法であり、解除は出来ても変更は不可能。
文言を修正しようとすれば面倒臭いことに、新しく作った誓約書にもう一度署名してもらい、以前の誓約を破棄する、という手順を経る必要がある。
「……それって、解体なんかしたら全員ネットワークについて喋りたい放題になっちゃうんじゃねえの? 解体ってつまり『誓約の破棄』だろ? 他言を封じておきたいなら、むしろ逆効果なんじゃね?」
「書き換えは出来なくても解除は出来る。全部じゃなく、部分的にも」
ネットワーク加入時に署名させる誓約書の三と四、これを解除すれば、実質的にネットワークは解散だと言っていい。後に残るのは他言を封じる文言のみ。
そういうつもりで四つを前後に区切ったわけじゃないんだが、結果的にそうなっている以上言い訳も何もどうしようもない。
「一と二だけ残ったネットワークはただの茶飲み友達の集まりでしかない。存在が表沙汰になってもそこまで問題にはならないはず。最悪、四さえ無くなってれば、どうとでも説明できる」
「その四が一番重要なんでしょうが。解除したら、もう一度同じ規模で再建なんか絶対不可能よ」
「……とはいえまあ、気持ちはわからんでもないのがな」
雑に紅茶を飲みながら、ヴァレントは珍しく落ち着いた様子で俺に目線を向ける。前のめりになっていたコーラルも、溜め息を吐いて頭を押さえた。
そう、もし何らかの形で現状の誓約書が流出すれば、俺たちがただの愚痴仲間ではなく、いざという時は助け合う相互扶助の関係であることもバレてしまう。そうなれば、今以上に不遇な扱いを受けることになる奴も出て来るだろう。
最悪、学園すら辞めさせられるかもしれない。
不当から逃げる手段を失う。
もし家に監禁、なんてことになれば、俺たちもおいそれと手は出せなくなる。実際、一度あった。俺たちの不手際で、必要以上の窮地に追い込んでしまったことが。
その時はどうにかなったしどうにかしたが、次もまた上手くいくとは限らないし、何人もそうなってしまえば完全な解決は絶望的と言う他ない。それだったら、先んじて解散するというのも手の一つ、のはずだ。
「――まあ、あくまでこれは最悪の場合だ。犯人捜しは当然するし、いなかったとしても別の方法を考える。そもそも解散なんて極論、賛成多数になるわけないしな。確実に荒れる」
「……だとしても、現状で他の奴にこの話しないでよ? 内部で不和が起こるだけでも面倒なことになるのは目に見えてるし、犯人捜しで血眼になりそうなのが私の頭の中にはもう何人か……」
「俺も何人、いや、何十人か……」
ネットワークの女子取り纏め役であるコーラルと、実質的な男子取り纏め役であるヴァレントの表情が見る見るうちに曇っていく。ここですぐに何人かの顔が浮かぶからこそ、俺はこの話をする相手に二人を選んだ。
犯人を捜すにしても、ネットワークを進退させるにしても、この二人の協力は絶対に不可欠。
付き合いが長いという面でも、俺の中で信用度が相当高く、最悪この二人に裏切られたのならば仕方ないと思える。俺に人を見る目が無かっただけの話だ。
ネットワークの重要な役割を任せているのも、二人の人格と能力を信頼しているからこそ――とは言っても、ここまで疲れた顔をさせるつもりはなかった。想像しただけでそんなになるか。
俺は日頃、面倒な部分を二人に任せすぎているのかもしれない。
「……あー、そういえば、いいニュースもあるぞ」
「……何だ?」
「第二王女と交渉して、十回、夜逃げを手伝ってもらえることなった。って言っても、罷り間違って犯人とか逃がしてもあれだし、暫くは様子見なきゃだけど――」
『――そういうのも合わせて話せ!! 出し惜しみすんな!!』
こういう時だけ息ぴったりな二人に死ぬほど怒られた。ごめんて。




