8、最初からわかってたし
「――昨日、うちに第二王女が来た」
「「はあ!?」」
二人は表情を取り繕うこともせず驚愕の視線を俺に向けている。
こうなるのがわかっていたから、コーラルの申し出を断って今日も俺が紅茶を淹れているのだ。この様子じゃ絶対に溢してただろうし。
俺が三人分のカップをそれぞれの前に滑らせる頃には、表面上落ち着きを取り戻していた。頭が痛そうな素振りはしていたが。
「……第二王女って、一年上の、だよな? え、何の用で?」
「……あんたの父親、遂に何かしでかした?」
「そうだとしても直接王族が来ることないだろ」
じゃあなんだ、とでも言いたげに俺を見る二人。
ここで理由がネットワークにあるという発想に至らないのは、俺の誓約魔法を信用しているから、だと自惚れてもまあいいだろう。
とはいえ、真っ先に出る理由が身内の不祥事だというのは情けないことこの上ないが。王女も叩けば埃が出るとか言ってたな。
外部からもそこまでの小物だと思われているのに、何だかんだと世を渡っていけている辺り、あの父親もありふれた馬鹿ではないのか――あるいは、ただ悪運が強いだけか。
「私と婚約しろ――だとさ」
「ごふぅ」
「ぅわーお! フウレイ、布巾布巾!」
「すまん! そこまで驚くと思わなかった!」
カップを傾けていたコーラルが咽て盛大に紅茶を溢した。
貴族令嬢に無駄な恥を掻かせて申し訳ないとは思うが、口にした通りそこまで驚くとはと言い訳したい。
何を変な冗談を、くらいの反応が返ってきて、ちょっとした笑いどころとして処理される、みたいな流れを想像していたのだ。
机の上に広がる紅茶を拭こうとしたら、今尚咳き込むコーラルに手で制されて布巾を奪われた。確かに口から出してしまったものを俺に拭かせるのは抵抗あるか、気が回らなかった。
「ごほっ、ごほっ! ちょっ、あんた……、いつの間に王女とそんなっ、関係っ、ごほっ!」
「だ、大丈夫か? えっと、使ってないタオルならあるけど、いる?」
「そんなのどうでもいいから! あんたいつの間に王女とそんな仲になったのよ! げほっ! 今までそんな、女の影も形も無かったくせに!」
迫真の問いに思わずたじろぐ。いつの間にかヴァレントは変な顔をしてそっぽを向いているが、どういう状態なんだ。
いやまあ、女の影も形も無かったというのはその通りだが、だったら王女が真っ当な理由で俺に近付いてきたわけじゃないことに思い至ってもよくないか。
魔法と技術の合わせ技による見事な手際で綺麗になっていく机とは対照的に、俺に向けられる圧はどんどん強くなっていく。やはり昨日王女に話した懸念事項は間違いじゃなかった。
「答えなさい! 事と次第によっては――」
「落ち着けって! 違うから! ネットワークを票田として抱え込もうとしてただけだから!」
「……へ? 票田?」
「第二王子の地固めがしたいんだと。だから名目上トップの俺に声かけてきたんだよ」
「……………………へ、へー、あっ、そーなんだー。なるほど、なるほどねー。ま、まあ? そんなことだろうと思ってたけど? 最初からわかってたし? ていうかあんたと第二王女なんか絶対に相性悪いんだから。全然お似合いじゃないし、むしろ全然、何て言うの? えっと……、とにかく! 別にわかってたから!」
何故か勝ち誇ったような顔をしながらボロクソ言ってくるコーラルの情緒がどことなく不安定に見えるのは俺の気のせいだろうか。
助けを求めようとヴァレントの方を見ると、あまりにも不自然な顔。見覚えがある。あれは笑いを必死で堪えているときの顔だ。
「……まだ断ったって言ってないけどな」
「はあ!? 受けてないでしょうね!?」
「受けるわけないだろ! お前適当なこと言うんじゃねえよ!」
ヴァレントを睨むが、全く反省する様子もない。
どころか、もう笑いも隠せてない。
顔を手で覆って上を向いてるけど、肩は小刻みに揺れてるし、細かい呼吸がこっちまで漏れてるし。何だこいつマジで。
コーラルに関してはもう一歩何か間違えたらこの場で戦闘が始まるんじゃないかってくらいピリピリした雰囲気を醸し出している。
こいつら相性悪いわりにこういう絡みはままあるんだよな。なんなの。
紅茶を口に含んで少し落ち着いたらしいコーラルは、軽く首を傾げながら眼を鋭くする。
「……票田、ね。概ね理解したわ。要は、今現在王城内で盛大紛糾中の第二第三王子の後継問題の話でしょ?」
「あれ? 繰り上げで第二王子が自動的に、って感じになったんじゃなかったっけ?」
「ほぼそれで決まりかけてるらしいけどね。最後の一押しにはまだ届いてないのよ。方々で言われてるように、第二王子は性格に難があるから。……そういえばお父様も、声の大きい少数派が面倒だって言ってたわね」
「ふーん。とは言え、そこで足場固めに選ぶのが中間子ネットワークって中々切羽詰まって……、……あれ?」
他人事を語っていた二人の表情が一気に強張り、さっきとは別種の焦りが俺に向けられる。今まで前例が無いことだったから、初期面子のこの二人も何が問題なのかに気付くのが遅れたのだろう。
俺が問題を問題だと始めから認識できていたのは危機回避を一身に担っている立場だったからであり、その恩恵を享受していた二人からすればそれはあり得ない異常事態のはずだ。
かく言う俺も、自分の『誓約魔法』を無敵にして絶対などと思っていたわけではないが、今までの安穏とした平穏が破られた今、正直言って、今後の対応に困っている。
一朝一夕でどうにかなる類の問題ではないので、必要以上に焦ることは無いが。
「そうなんだよな、外部にネットワークの存在が露呈した。一応、王女には俺が口封じしたけど、どこから漏れたのか突き止めないと――最悪、ネットワークを解体せざるを得なくなるかもしれない」




