7、俺が特別なんじゃなくて
本来、俺は王女殿下が帰った後の父親がどんな様子だったかを鮮明に克明に事細かに描写するべきなのだろうが、他ならぬ俺自身がまともに話を聞いていなかったのでそれは不可能だ。
一応補足しておくと、俺が格上の権力者であるはずの父親をそこまでぞんざいに扱えるのは、想像は付くだろうが『誓約書』の効力である。
自身が冷遇されている現状を打破しなければならないと考えた八歳の頃、父親の机の上に誓約書を紛れ込ませておいた結果。
まあ、内容を確認すれば正式な書類じゃないことは一発でわかってしまうので、一か月近くに渡って延べ四十二枚の――表面上はありきたりな書類に見えるよう偽装した――誓約書を仕込むという結構手間のかかることをせざるを得なかったのだが、その甲斐は十分にあったと言える。
酔っぱらったんだか疲れてたんだかは不明だが、ある日の夜中に突然『誓約』が成立した。
それ以来、父親は俺に直接的にも間接的にも危害を加えられなくなった。いい気味だ。
だからまあ、俺が王女に話したことには結構な数の嘘が含まれている。何かしらの見返りを引き出せないかと色々考えていたら、ああいう話の流れになった、としか言えない。
とは言え王女側も、護衛を縛れる俺の誓約書なら父親も縛れるはずという考えに至らなかったわけで、自己責任の範疇と言えなくもない――はずだ。
「この家にお前の居場所などない」
何歳の頃だったか、そう言われた瞬間に、俺の中から家族の情は消え去った。そもそも始めからそんなものがあったかも怪しいけれど。
芽生える前に踏み潰された種は、あったかどうかもわからないのだから。
だから本当は、俺は中間子の悩みに共感なんてできない。
家族と仲良くなりたい、昔みたいに話したい、見てほしい、認めてほしい――なんで? どうしてまだお前らはそいつらを家族だと思ってるんだ?
見切って嫌って振り切って、さっさと他の誰かを見つければいい。一人で生きていく方がいい。ましとか、楽とかじゃなくて、そっちの方が良いなんて誰だってわかる簡単な話――なのに。
どれだけ話を聞いても、わからない。
皆を同類と呼び、上っ面の共感を繰り返して、その場凌ぎで生きているのが俺だ。
誓約書――俺は自分のこれを『誓約魔法』と呼んでいる。『契約魔法』と分類されているものとは別だと考えているが、実際どうなのかは不明だ。学が無いので。
俺が魔法で生成した『誓約書』に署名させることで、その内容を順守させる――というのが簡単な説明。
制限はあるが、もしこれが戦いならば名前を書かせた段階で俺の勝ちが決まる、程度には強制力のある魔法だ。誓約書に名前を書かせるという一手間が、『契約魔法』とは決定的に異なる点。
詳細は省くが、ネットワークについての説明をする前にあの王女と護衛二名に署名させた。魔法由来のものだとバレないよう、鞄から取り出すふりをして。
いざとなれば反故に出来るただの紙切れだという考えをどこかに持ってしまえるよう、あえてちゃっちい作りにするという小細工も加えた。
俺の誓約魔法に、誓約書の出来は関係ない。
何の疑いも無く署名していたが、剣が折れるという実例が目の前で起こった以上、現在の三名は俺を警戒しているだろう。警戒したところで、一度誓約魔法の影響下に入ってしまえば、どうすることもできない。
戦闘能力とは無縁だが、盤上机上の戦いにおいては無類の強さを誇る。
この魔法があるからこそ、俺は家族に大した執着が無いのかもしれない。いざとなれば御しきれると心の中のどこかで高を括っているのだ。
下に見ている。
だから、情が無い。
昨日の『夜逃げ十回の援助』に関しても誓約書で縛っている。
重要なのは、直近十回の夜逃げではなく、俺が王族の手助けが必要だと判断した十回の夜逃げに適用可能だという点だ。期限を定めず、回数だけを定めたのは一応そういう理由がある。
流石にまあ、その目論見は気付かれているだろうが。
これまでの五十二人の中にも、王族の手助けがあればどんなに楽かと思うようなものもあった。力尽くでなんとかしてきたけども。
だからまあ、この確約された十回、かなり大きい。
問題は、その十回と引き換えにしても尚、お釣りすら来ないような大問題が発生しているということなのだが。
放課後、隣のクラスから出てきたヴァレントを呼び止める。
「……これから、少し時間大丈夫か?」
「別にいいけど、何かあったのか? お前から来るなんて珍しいじゃん」
「かなり厄介なことになった。できればコーラルにも声を掛けたい」
「……えぇ、俺? お前が呼びに行けよぉ……」
すっごい嫌そうな顔をされた。
いやまあ、コーラルの性格に若干の難があるのは否定できないけど、立場的に目立ってはいけない俺が声を掛けるわけにもいかない相手なのだからこれはもう仕方ないだろ。
急がないとあいつさっさと下校しちゃうからと急かすが、俺に背中を押されながらブツブツ文句を口にするヴァレント。
「……お前が声かけた方が確実だって。俺だと睨まれて口論になる未来しか見えないから……」
「いや、多少睨まれるくらいはあるだろうけど口論まではいかないだろ」
「そりゃ、お前だったらそうだろうけどさ……」
「……お前、コーラルに何したんだよ」
「何もしてねえよ。俺が特別なんじゃなくてさあ……」
そう言うとヴァレントは俺の顔を見て、やけに大きい溜め息を一発。
そんな無理難題を押し付けたつもりは無いのだけど。まあ、二人の相性が悪いことを知ってはいるのだが、ネットワーク内の立場上もうちょっと歩み寄ってほしいと言うか。
付き合いだってそれなりに長いのにどうしてこうなのかね。
「……何を廊下で男子同士じゃれてんのよ」
目的としていた方向とは逆からそんな声が聞こえてきた。
聞き覚えがあるし、何より心底呆れ果てたような声色だ。主に貴族の通う学園で、そこまで感情を剥き出しにする奴はかなり限られる。
昨日の王女殿下は、どうなんだろう。理性よりは感情寄りな気がするが。
二人して反射的に振り向く。そこには声の通り、鞄を肩から掛けたコーラルが立っていた。
「何でそっちから?」
「先生の手伝いで職員室にね。で? 何してんの?」
「……今から少しいいか? 話がある」
俺の表情からネットワークに関することだと言うのを察したのか、軽く息を吐きながら俺達を追いこしてさっさと歩いて行ってしまう。
コーラルは嫌なことは嫌だとはっきり言う性格なので、何も言わなかったということは談話室に向かっている、と考えていいだろう。
ヴァレントの背中から手を離すと、こっちも再び溜め息を吐いて肩を落として後を付いていく。
なんか、こうも連続で溜め息を吐かれると、俺が悪いような気分になってくるな。どうして目的地が一緒なのに三人別々に歩いてるんだよ。




