5、少ないですけど
「――中間子ネットワークは相互扶助の団体です」
「……相互扶助。愚痴と馴れ合いがか?」
「早合点しないでください。……この国で政略結婚の駒や後妻、後夫として外に出される役割を最も押し付けられがちなのは中間子です。本人が望む望まざるに関わらず。国が正式に統計を取ったわけじゃなく、俺たちが個人的に調査した限り、という注釈は付きますが」
中間子が貴族の中にある全ての不利益を被っているなんてことを言うつもりはないが、兄弟姉妹が三人以上いて、誰に貧乏くじを引かせるかとなった時、一番押し付けられやすいのは中間子だ。
とはいえ当然、家次第でもある。
良識を持った親は子供を生贄にしようなんて思わないし、常識を持った兄は弟を蹴落とそうなんてしないし、見識ある妹は姉を見下したりしないだろう。
それと同時に、中間子に使い道が少ないのも事実ではある。
「大体の場合、長子は家を継ぎ、末子は自由に育てられることが多い。別にそれを悪いことだとは言いませんが、その煽りを受けるのは基本的に中間子なんです」
「……そうなのか?」
「……私には、わかりかねます」
王女は後ろに立つ護衛、比較的大人しかった左側の男にそう声を掛ける。
ネットワークの説明に集中していたからか、あるいは時間の経過か、いつの間にかどちらからも圧は霧散していた。
わざわざ左に聞いたということは、右は中間子じゃないと見ていいだろう。まあどちらにせよ、わからなくて当然だ。
というかこの王女、中間子の扱いについてあんまり知らないのか。あるいは知ったうえでの演技なのか。個人的には演技であってほしいところだ。
「王族の護衛に付けるような才能ある人間と、俺たちを同列にしたら失礼ですよ。能無しのろくでなし、無駄飯食らいの殻潰し。中間子ネットワークはそういう人間の吹き溜まりなんですから」
「随分な卑下だな」
「不当な真実です」
「そうか。それで、それが相互扶助とどう繋がる? 身を寄せ合って慰め合って、肩を寄せ合って息を合わせて生きていこう、なんて結論ではないだろう?」
「当然。いくら俺たちが矮小な存在でも、それでも人間です。嫌なものは嫌なんです。時として、逃げることも選択肢に入るのはご理解いただけますか?」
誓約書の三、『団体の構成員が助力を必要とする状況に陥った場合、可能な範囲で協力すること』は、その逃げのために必要な文言だ。
俺たちはほとんどが家内で冷遇されているが、一切の個人資産を持っていないというわけではない。宝石や装飾品などの価値ある物品を数は少ないが保有している。
当然、質は低い。
高値で売れるような財産じゃない。
でも、それでも。そんな屑みたいな宝石やら装飾品でも、十個あれば。百個あれば。一つ一つは安くとも、しばらくの糊口を凌ぐ糧くらいにはなる。
「……夜逃げか」
「ご明察。夜逃げするための資金集め。それこそが、中間子ネットワークの最大目的なんですよ」
当然、物に限らず、持ち寄ってくれるなら現金だって何だって構わない。窮地を脱するために役立ちそうなものなら、なんでも。
書いてある通り、義務じゃない。ネットワーク内でも個人間の相性の良し悪しはあり、嫌いな奴にも手を差し伸べろとは言わない。
それでも、助けていれば、いざ自分が危機に陥った時、他のメンバーに助けてもらいやすくなるかもしれない。
故の相互扶助。
それは助け合いであり――利用のし合いでもある。しかし別に、称賛される行為ではない。
「……お前、貴族の令息令嬢を国外に出しているのか? どういうつもりだ?」
「アンガル、控えろ」
右の護衛が、俺を睨んだ。思わず口を開いてしまうくらい俺の行動が腹に据えかねたんだろう。
確かに今の話は、貴族家の後継問題がややこしくなる火種をあちこちにばら撒いているのと同義だ。中間子じゃない彼にとって、俺は何とも無責任な人間に映っているだろう。
そうだよな、そう見えるよな。わかってる。別にわかってもらおうとは思わないけど。
それでも俺だって、言われっぱなしでいるわけにはいかない。未だに睨んでくる、この世間知らずに。
「そうだよ、今はお前の出る幕じゃない。王族の護衛ってのが、仕事中に感情を表に出しても務まるような楽な仕事なんだって、そう思われたくないなら大人しく黙っといた方がいい」
「――貴様!!」
反射的に抜かれた剣は、俺に届く前に折れた――というか、抜いた時点で折れていた。
本来の長さの四分の一も無くなってしまった長さの剣――いや、もはや残骸と言うべきそれを見た左右の護衛は直前の怒りを忘れたように目を見開く。
その剣がどのくらい大事なものだったのかは知らないが、俺の誓約書に署名したのに殺意を向けた奴の負けだ。
俺が煽らなければ、と言う批判はご尤もだが、実際護衛に許された権利を逸脱したのは確かだし、誓約書を破ったのは紛れもなく向こうだ。
呆然とした様子を見るに、随分高い勉強代だったらしい。
「……俺の、剣が……」
「……話を戻してもいいですかね?」
「……ああ。遮ってすまなかった」
俺と王女は背後の悲劇を無視して話を進める。
右の護衛は呆然自失と言った様子で短くなった剣を見つめているが、全く可哀想じゃない。どちらかと言えば、こんなのを護衛として連れて来なくちゃいけない王女の方が可哀想だ。
誓約書に署名した以上、守らなければ罰を受けるのは必然。
騙し討ちのような形になったが、刃を突き付けても罪にならない人間と、敵意を向けただけで罰を与えられかねない人間が相対するならば、これくらいの自衛は必要だ。
特に、貴族内でも立場の弱い中間子は。
王女も俺が何をしたか気になっているだろうが、それをおくびにも出さないのは流石ではある。
「五十二。ネットワークを立ち上げてから今までの六年間で、俺たちが逃がしてきた同類の数です。これを多いと見るか少ないと見るかは個人の判断に委ねますが」
「……希望者は全員逃がしているのか?」
「まさか、当然選んでますよ。全員逃がしてたら俺たちが素寒貧です」
「ふむ、選別方法は?」
「信用できる面子十五名の賛成多数、ですね」
例えば結婚を無理強いされているなら、伝手を辿って相手方の事を調べ、この縁で幸せになれるかどうかという投票をし、採決を下す。
賛成多数ならば結婚前にさっさと逃がし、反対多数ならばしばらく様子を見る、という形式を基本的には取っている。
まあ最悪、夜逃げなんか結婚してからでも出来るわけで。
中間子ネットワークに加入制限はない。独身だろうが既婚者だろうが、大人だろうが子供だろうが、学生だろうが労働者だろうが、天才だろうが馬鹿だろうが、同じ悩みを抱えているのならば平等に受け入れる。
逃げても、除名されることはない。
「反対多数の結果、結婚して幸せに暮らしている中間子もいるのか?」
「いますよ。少ないですけどね」
まあ、そもそも反対多数になるような事例は数件しか無かったのだけど。
「……そうか。中間子ネットワークについては概ね理解した。説明に感謝したところで、本題に戻ろう――何故、私は君と婚約すると後悔することになる?」




