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直哉と出かけた日の翌日のバイトは憂鬱だった。
普段なら最小限のメイクで眼鏡のまま家を出る志保も、その日は洗面台の前で葛藤を繰り返す。
化粧品置き場には、昨日美容院で購入したものがずらりと並んでいる。
「メイクしないなんて勿体ないですよ! すぐに慣れますから」
昨日の美容師はそう言っていた。
実際、昨日は少し気分が高揚した。
もう少しオシャレをしてみたいとも感じた。
でも、今日のバイトでメイクをしていくと、直哉を意識しているようで癪に障る。
「よし……」
悩みぬいた末、志保はその中間を選んだ。
眼鏡をはずしてコンタクト。
メイクはいつもより少しだけ力を入れて家を出た。
「お疲れ様です」
裏口から店内に入ると、店長が料理の下準備を始めていた。
「おつかれ……って厚木さん、髪切ったんだ」
「ああ、はい……」
「へえ、良いね。まるで別人だ」
「あ、ありがとうございます」
「もしかして、コレ?」
そう言って、店長は小指を立てた。
その意味が分からず、志保が首を傾げる。
丁度そこに直哉が姿を見せた。
「店長、それ見方によってはセクハラですよ」
「ええ!? そうなの?」
すると店長は慌てた様子で、志保の方を向いて手を合わせた。
「ごめんね、そんなつもりは一切なかったんだ!」
「え、あ、はあ……」
「まあ、今回の場合は厚木さんが意図を理解できていなかったのが救いですね。店長も気を付けてくださいね」
「ああ、わかったよ」
志保と直哉の目が合う。
志保は少しだけ気まずかった。
「やっぱり良いね」
「……う」
「少しは意識してくれたってこと?」
「ち、違いますから! それに関しては断じて!」
志保の剣幕には、流石の直哉も驚いていた。