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それから何件も洋服屋を回り、そのたびに試着をさせられる。
志保はげっそりしていた。
「さっきの服、凄く似合ってたんだけどなあ」
「いやいや、流石に高すぎますよ……」
「でも全然予算範囲内だよね」
そう言われると、言い返すことができない。
これまでの直哉のチョイスはどれも良かった。
予算も志保が提示した金額に全て収まっている。
だが志保が頑なに買おうとしなかったのは、単に癪に障るからだった。
やっぱり、自分よりも何倍も人間らしい直哉を見ると腹が立つ。
今も器用にスマホを使って、お店を検索している姿は人間そのものだ。
「……AIでもスマホを使うんですね。それとも、それってただのフリですか?」
「フリなんかじゃないよ。スマホは便利だからAIも使う」
直哉はスマホを触っていた手をとめて言う。
「それに厚木さんは勘違いしてるよ」
「勘違い?」
「AIは機械だけど機械じゃない。AIだからって何を聞いても答えられないし、そもそも処理速度と容量は違うからね」
そう話す直哉の声のトーンや態度、表情は普段のそれと何一つ変わっていないはず。
だが、志保はなぜか、直哉が不機嫌で怒っているように感じた。
「あ、見えてきた」
そこには洋服屋ではなく、一件の美容院が建っていた。
「び、美容院?」
「せっかくだし、髪型やメイクの勉強をしてみるのも良いんじゃないかな。ああ、心配しなくても店員は人間だから」
店に入ると、綺麗な美容師の女性に案内され、カルテを記入してから髪を切られる。
「あの人、彼氏さんですか?」
「え、いや……同じ大学の先輩です」
「へえ、凄くカッコいいですね!」
「は、はあ」
今、直哉は待合席でスマホを触っている。
どうやら美容師の女性は、直哉がAIであることに気が付いていないらしい。
襟付きの服でうなじのあたりがはっきり見えないからだろう。
「でも彼……」
直哉がAIであることを伝えようとしたが、志保は言葉を飲み込んだ。
仮に彼がAIだと言えば、むしろAIと出かけている自分が変な目で見られてしまう。
そんな気がしたのだ。
「彼がどうかしましたか?」
「あ、いえ。やっぱり何でもないです」
小一時間ほどでバッサリと髪を切られ、これで終わりかと思ったら、美容師の女性が言う。
「じゃあ、次はメイクしますね」
「え、メイク?」
「はい。今回はオプションでメイクサービスも付けていらっしゃいますよね」
慌てて直哉の方を見るが、返ってきたのは笑みだけだった。
何かの仕返しのつもりだろうか。
あの野郎……。
志保は内心で悪態をついた。
すぐに「動かないでくださいね〜」と顔を固定され、メイク道具が顔を滑り始めた。
色々な説明を受けるが、ほとんど話が入ってこない。
メイク自体にあまり時間はかからなかったが、完成を見て志保は驚いた。
「どうですか、お客様」
「えっと……驚いてます」
「そうですよね。お客様はベースが整っていて綺麗な顔なので、私も張りきっちゃいました!」
「あ、ありがとうございます……」
すると志保の元に直哉がやって来る。
それからまじまじと顔を見て言った。
「うん、似合ってるよ。凄く可愛い」
「う……」
その一言に、不覚にも志保は嬉しいと感じてしまった。