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2056年、AIに独自権利を持たせる『AI新法』が参院本会議にて可決された。
AI新法とは、人工の肉体に自立思考型プログラムが組み込まれた人型機械、通称『AI』を、人間や動物と同様に法律の下保護されるべき一つの生命として定義するというもの。
その結果、AIは『監督者―人間でいう保護者』の承認があれば、学校に通うことも、就職してお金を稼ぐこともできるようになった。
昨今では、バイトの求人票にも『AI募集』の文字がよく見られるようになった。
数十年前、AIが台頭し始めた頃危惧されていた『職が無くなる』という現象は、実際起きなかった訳ではない。
工場での単純なライン作業、物流、検品などの求人は、今ではもっぱら人間よりもAIが採用される事の方が多い。
しかし一方で、人と関わる接客業においては、AIの起用はあまり行われなかった。
それはAIが『思いやり』を獲得できなかったからだ。
AIは常に学習し、その時々で最も最適な回答をもたらしてくれる。しかしコミュニケーションという土俵になると、最適な回答は時に人をイラつかせてしまう。
ただ話を聞いて欲しい。同情して欲しい。
報酬などの打算が動機で、他人に寄り添う。
その合理性に欠けた人間の行動の数々。
AIは思いやりと合理性は相反するものと結論付けたのだ。
大学の掲示板に張り出された求人票の募集要項は、ほとんどがホールなどの接客関係だった。
人との関わりを極力避けたいと考えていた志保。
人の気持ちを上手くくみ取ることができない。自分はAIなんじゃないか。そんな皮肉を志保は内心抱く。
だが、いくら勉強が出来ると言っても、作業に置いてはAIに勝てるわけがないのだ。
志保は仕方がなくアパートから徒歩で二十分程度の所にある居酒屋のホールスタッフに応募し、採用面接はあっさり合格した。
本当に自分なんかを採用して良いのだろうか。
そんな風にさえ思えた。
初出勤の日、店長から簡単な説明を受けた後、教育は別の人に引き継がれた。
「初めまして。黒潮 直哉です」
そう名乗ったのは爽やかな好青年。外見は志保と一緒くらいの年齢のAIだった。
「え、あ、厚木 志保です」
言葉を探す志保を見て、直哉は察したらしい。
「もしかして、僕がAIでビックリした?」
「……まあ、はい」
「そうだよね。サービス業はAIを起用することを避ける傾向にあるみたいだから」
「は、はあ」
「厚木さんって、ここら辺の大学ってことはT大学?」
「はい」
「実は僕もT大学に通ってる。一つ上の二回生だよ」
「は?」
「僕は恵まれているんだ。店長も良い人だし『父さん』のお陰で大学にも通うことができてる」
その言葉に、志保は自分の耳を疑った。
「お、お父さん?」
「ああ、監督者って言えば伝わるかな。僕の家では僕をAIじゃなくて一人の家族として扱ってくれるんだ。それに僕も答えようと思ってね」
するとホールからバイトの学生とみられる少女が顔を出した。
金髪にピアスの、よく見る大学生といった感じの女の子だ。
「直哉くん! ちょっと助けて!」
「はい、今行きます」
それから直哉は律儀に志保の方に向いて言う。
「ごめん、ちょっと呼ばれたから行ってくる。すぐに戻るから」
「は、はい……」
その後も直哉は色々な人に助けを求められては、都度志保の教育を抜けてヘルプに入っていた。
別にそれに関してはどうも思わなかった。AIの作業効率は人間よりも高いのは周知の事実だ。
ただ志保が解せなかったのは、周囲の人から頼られる直哉の立場だった。
まるで自分よりも立派な人間らしい姿を見て、無性に腹が立つ。
彼は何一つ悪くないが、志保は彼のことをあまり好意的には思えなかった。