第九話 盗まれた杖
「それじゃあだんな、いってきやす」
「……うむ」
光の薄い魔法陣が現れ、スライムが飛び込んでいく。
「……」
そのままぼーっと一分間待っていると、神妙な面持ちでスライムが戻ってきた。
「だんな……シンカちゃんたちでした」
「……なんだと」
ヒザを抱えて座っていたヘルデビルが立ち上がる。
「あの杖、盗まれちゃったんですって」
「……なんだと!?」
「カレーにはごはんより?」
「……ナンだと」
「……」
「……」
「……聞くところによると、学校でちょっと目を離した隙に、なくなっちゃったらしいスよ」
「……許せぬ」
「あの杖、目立ちますからね。しかしアレを欲しがる人なんて変わった人もいるもんですねぇ」
「……どういう意味だ」
「だんなに申し訳ないって、言ってましたよ」
「……」
「さて、どうします?」
「……盗んだ奴から取り返すしかあるまい」
「どうやって?」
アゴに手を当て、しばらく考えた後……。
「……ケルベロスの力を借りる」
「あーケルちゃんッスか。においをたどるわけですね」
「……彼奴の住処に行くぞ」
「へいへーい」
二人はケルベロスの住処に向かった。
「ケールーちゃん!」
スライムが、赤い屋根の犬小屋のような家に、呼びかける。
「はー」
「あー」
「い」
すると、小屋の中からケルベロスが出てきた。頭が三つ生えた、犬のような召喚獣である。
普通の犬と同じくらいの大きさで、尻尾はヘビの頭のようになっている。
「どう」
「した」
「の?」
子供のような声で、左の頭から順番に言葉を発する。
「……力を、借りたいのだ」
「実はこれこれこういう事情でやんしてね……」
スライムはこれまでの経緯を説明した。
「……というわけで。一緒に人間界に行ってもらえんスかね」
「うん」
「いい」
「よ」
ケルベロスは快諾した。
「……すまぬな」
「それ」
「じゃ」
「いこ」
ヘルデビルとスライムが顔を見合わせる。
「それが……今日はもう行けないんスよねえ。レベル10未満の召喚士は、一日一回しか同じ召喚獣を使えないもんでして……そもそも、いつ呼び出されるかもわからないんスけど」
「また」
「明日」
「ね」
ケルベロスは前足を振ると小屋の中に戻って行った。
「いやぁ、焦って忘れてましたね。まあ、明日まで待ちやしょう」
「……」
そして、次の日――。
小屋の前で、ヘルデビルとスライムとケルベロスが、魔法陣を待っていた。
「もふもふー」
スライムが、ケルベロスの背中に乗って平たくなっている。
「りんご」
「ごりら」
「らっぱ」
ケルベロスは一人(?)でしりとりをしている。
「……」
ヘルデビルが腕を組み、あぐらをかいて地面をじっと見つめていた。
そして、本日五度目の魔法陣が現れる。
「さてさて、今度こそシンカちゃんでありますようにっと」
「いく」
「よ」
「」
右の頭のセリフがないままに、三人は魔法陣へと吸い込まれて行った。
飛び出した先はいつもの森。呼び出したのはシンカだった。
「こ、こんにちは。今日は賑やかですね」
もう慣れたのか、魔法陣から三体の召喚獣が出てきても、さほど驚きを見せる様子はない。
「盗まれた杖を、取り返しに来た。ケルベロスよ、頼んだぞ」
「え?」
「ま」
「か」
「せて」
ケルベロスが、シンカに近づき、においをかぎはじめる。
「え? え?」
「春風の」
「ような」
「にほひ」
「ちょっとー! 何よそのモフモフ! なでさせろー!」
前方で、トーチがスライムと一緒に戦いながら、何か叫んでいる。
「……わかるか?」
「こっち」
「こっち」
「こっち」
三つの首が、それぞれ別々の方向を向く。
「……」
「こっちだよ」
「こっちだってば」
「こっちだもん」
三つの方向に首が伸びるが、足は全く動こうとしない。
「あの、これは……?」
「すまぬ、シンカよ。盗まれた杖は必ず取り戻す」
「え?」
「……さらばだ」
ヘルデビルたちは魔界へと戻って行った。
魔界――。
「ごめ」
「ん」
「ね」
ケルベルスがしゅんとしている。
「いや、付き合わせてしまい、すまなかった。あとはこちらでなんとかする」
「ありがとやんした、ケルちゃん。また遊びやしょう」
「うん」
「またね」
「」
ケルベロスは小屋へ戻って行った。
「さて、どうしますかね。もう一本作っちゃいます?」
「……シンカ以外の者には、使わせくない」
「ッスねえ。まあ、また明日ってことで」
小屋を後にしようとした二人の前に、魔法陣が現れる。
「これ、だんなのお客さんですかね」
「……そのようだな」
ヘルデビルは魔法陣をじっと見つめている。
「だめスよ、行かないと」
「……けっ」
「けってあなた」
渋々、魔法陣へと飛び込んで行った。
「んー……なんか光が強かったような? 気のせい?」
スライムの独り言は、魔法陣と共に消えて行った。
魔法陣を抜けると、どこかの訓練所のような場所に出た。カカシのようなものが横一列に並んでおり、その中の一つは黒焦げになって白い煙が出ている。
「うはは、本当に出たぜ! すげえなこの杖!」
声がする方を見ると、見覚えのある男がはしゃいでいた。見覚えのある杖を持って。
「……貴様、あの時の」
「ああ、ブーモだ。今はお前の主だぜ」
杖を左手にぺしぺしと当てながら、見下ろした態度でブーモが言う。
「魔力が上がるだけじゃなくて、最高位の召喚獣まで呼べるなんで、この杖やばすぎるな」
「……それはシンカのものではないのか」
「ああ、あいつじゃ使いこなせてないみたいだから、俺がいただいてやったんだよ」
「……返せ」
ヘルデビルが右手を差し出す。
「やなこった。こいつはもう俺のもんだ」
肩をトントン、と杖で叩きながら悪態をつく。
「……返せ」
ヘルデビルは上を向けていた手のひらを、ブーモに向ける。
「おい、まさか俺を攻撃しようってのか? 召喚獣が召喚士に危害を加えたら、存在が消えちまうんだろ?」
「……」
「契約のなんとか、ってやつだよな。ははっ、出来るもんならやってみな」
「……」
ヘルデビルの手のひらに、紫色の炎が現れ、次第に大きくなっていく。
「お、おい。冗談だろ?」
「……我輩は冗談は好かん」
炎はすでにブーモの体よりも大きいサイズになっている。
「や、やめろ!」
「……杖を返せ」
「か、返す、返すから」
「……もう遅い」
「わっ、うわっ……うわあああああああああ!!」
「ヘル・フレイム!」
ヘルデビルが叫ぶと、ブーモは白目を向いて気を失い、地面に倒れた。
「……フン」
腕を振り炎を消すと、ブーモが落とした杖を拾い上げる。
「……次は許さぬぞ」
そう言い残し、魔界へと戻って行った。
「おかえんなさーい。ん? だんな、その杖!」
「……ああ」
ヘルデビルは今あったことを説明した。
「はぁー、あの兄さんが犯人で、わざわざだんなを呼び出しちまったんスねえ」
「……」
「なんともはや……ん?」
ふと、スライムが何かに気づく。
「だ、だ、だんな!あの兄さん、直接だんなを召喚したんですよね!」
「……うむ」
「その杖で!」
「……うむ。……あ」
「ということは、シンカちゃんもその杖を使えば!」
「……我輩を、呼び出せる」
「こりゃ大発見でっせ!」
「……」
ヘルデビルとスライムは両手を取り合い、ルンタッタと踊り出した。