第七話 男
「行ってらっしゃーい」
スライムに見送られ、魔法陣に飛び込む。
自分のお仕事もちゃんとしないといけない、という理由で、スライムは最近留守番することが多くなっていた。
「こんにちは、デビさん」
「……こんにち……」
挨拶しようと振り向いた瞬間、ヘルデビルの動きが固まる。
「うわ、マジで出てきた」
シンカの左後ろに『男』が立っていた。
ボサボサの黒い髪に、どことなく性格の悪そうな顔をしている。
「すげえ迫力だな。なあ、スライム呼んだのに、なんであんたみたいなのが出てくんの?」
男が何か言っているが、ヘルデビルの耳に入ってこない。
「……」
ヘルデビルはじっと、男を見つめたまま固まっている。
「な、なんだよ」
「あ、彼はブーモ君といって、召喚科のクラスメイトなんです」
「……彼」
「……? ……あ! ち、ちがいますよ。ちょっと一時的にパーティーを組んでるだけで」
「そうそう、変な誤解しないでくれよな」
「……」
「大丈夫? この悪魔。全然動かないけど」
「あの……デビ、さん?」
「……」
「おどれら手伝わんかーい!」
前方でトーチが怒鳴っている。
「……」
魔物に手をかざし、ジュッと消滅させる。
「いきなりやるなー! ビックリするだろー!」
前方でトーチがキレている。
「……」
そのまま無言でヘルデビルは消えて行った。
「なにあれ。いつもあんな感じなの?」
「ううん……どうしたのかな、デビさん」
前方からズカズカと足音を立て、トーチがブーモに近づいて来る。
「あんたねえ! パーティー入りたいっつうから入れてあげたんだから、少しは働きなさいよ!」
「あぁごめんごめん、なんかあの悪魔がずっとこっち見ててさ」
「……あんた、魂狙われてるんじゃないの」
「マジで?」
「あはは……デビさんはそんなことしないよ」
「召喚獣をさん付けで呼んでんの?」
「うん。そう呼んでくれって言われて……」
「ふーん。変なの」
「まぁ、変よね」
「なによぉ……」
――魔界。
「あ、おかえんなさいッス」
「……」
魔界に戻っても、ヘルデビルはまだ固まっていた。
「……だんな?」
「…………男が」
「男が?」
「……男が、いた」
「あらま……。え、まさか、シンカちゃんの?」
「……クラスメイトだと、言っていた、ような気がする」
「なーんだ。それなら一緒にレベル上げとかしてるだけなんじゃないスか?」
「……」
「んもう、心配性なんだから」
「……」
スライムがヘルデビルを元気づけていると、魔法陣が現れた。
「ん、こりゃあっしの仕事ですね。ちょっくら行ってきますぜ」
スライムはぴょーんと魔法陣に飛び込んだ。
(’ん、ここは……)
スライムは、いつもの森に呼び出された。
「なんだ、悪魔来ないじゃん」
振り向くと、見覚えのある男が杖を構えていた。後ろにはシンカとトーチがいる。
「やぁやぁ、こんにちは」
「こんにちは」
「おっす」
三人が気さくに挨拶を交わす。
「あっしを呼んだのは、お兄さんですかい?」
「相変わらずなれなれしい奴だな。気安く話しかけてくるなよ」
「おっとっと、こりゃ失礼」
召喚士の中には、召喚獣をパートナーではなく、ただの下僕として扱う者もいる。シンカ達のようにフレンドリーに接する者の方が多いが、このブーモは後者であった。
「ちょっとあんた、なにその態度。召喚獣あっての召喚士でしょ」
トーチがブーモに食ってかかる。
「なんだよ。たかが召喚獣だろ? なぁ、シンカ」
「わたしも……よくない、と思うな」
遠慮がちに、しかしハッキリと答える。
「なんだよ、お前まで」
(おろおろ)
ピリついた空気に、スライムが体をプルプルさせている。
「ちぇ、もういいよ。帰る」
そう言うと、ブーモはふてくされた態度で、森の出口に向かって歩き出した。
「もうパーティー組んでやんないからな! バーカ!」
ブーモの背中にトーチが罵声を浴びせる。
「ごめんなさい、スライムさん」
「いえいえ、いいんでやんすよ。こちらこそなんかすんません」
「あんたは何も悪くないでしょ。元々なんかいけ好かなかったのよ、アイツ」
「うう、一生ついていきやすぜ姉さん」
「一生なんてゴメンだわ」
「がーん」
「あの、スライムさん」
「へいへい」
「さっきデビさんが来てくれた時……少し元気がない……ような気がしたんだけど、何かあったんでしょうか?」
「ああ、それなら……」
「それなら?」
(……やべ。なんて答えよう)
「じ…………」
「じ?」
「持病の……腰痛が出た、んじゃないスかね」
「ええ、そうだったんですか?」
「腰痛持ちの悪魔なんて、聞いたことないわよ」
「あの人も、年ですからねえ」
こうしてヘルデビルは、腰痛持ちの悪魔という事になってしまった。