第四話 呼び出し
ここは魔界――。召喚獣たちの住む世界である。
「だんな~」
例のごとくスライムがのそのそとヘルデビルに近寄ってくる。
「さ、今日も張り切っていきやしょう」
「……うむ」
「次はどんな作戦がいいッスかねぇ」
などと言っていると、金色の魔法陣が現れた。
ヘルデビルの前に――。
「おぉ、久々の出番じゃないですか!」
「……」
ヘルデビルは腕を組んだまま、動こうとしない。
「……だめですよ、行かないと。召喚獣のお仕事なんですから」
スライムが人差し指を立てて諭す。
「……ちっ」
「いや、ちってあなた」
少し不機嫌そうに、ヘルデビルは魔法陣に飛び込んで行った。
魔法陣をくぐると、学校の教室のような場所に出た。
「久しいな、ヘルデビル」
背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
振り向くと、見知った顔の召喚士が立っていた。
「……お前か」
白髪交じりの頭に、立派なヒゲを蓄えた中年の男。彼は『ヨダビシ』と言う、かつては名の通った冒険者だった。
今は引退し、テルダーソ学園で召喚科の講師をしている。
「ここは、テルダーソ学園の空き教室だ」
周囲を見ると、椅子が乗せられた机が端に寄せられ、外から吹き込んでくる風でカーテンが揺れている。
「……用件は何だ」
教壇に手を置き、ヨダビシが話始める。
「最近……召喚科の生徒たちの間で、妙な噂が流れていてな」
「……」
「スライムを呼び出したら、巨大な悪魔が出てきて、魔物を倒すと不機嫌そうに帰って行くという」
「……」
「お前のことではないのか?」
「……さあ、な」
とぼけつつ、ヨダビシから目を逸らす。
「その悪魔は、目が血のように赤く、全身紫色で筋骨隆々らしい。そんな召喚獣、私の知るところではお前しかいないのだが」
「……」
ヘルデビルは腕を組んだまま、窓の外を見ている。
指で教壇をトントンと叩きながら、ヨダビシは話を続ける。
「どういうつもりか知らんが、生徒たちを驚かせるのはやめて欲しいのだがな」
「……」
窓の外を見つめたまま、ヘルデビルが重い口を開く。
「……それは、できぬ」
「なぜだ?」
「……」
「言えんのか」
少しためらった後、絞り出すように答える。
「……会いたい人が……いるのだ」
「……何? 召喚獣のお前が……一体誰に?」
「……」
「言えん、か。スライムを利用しているところを見ると、まだ未熟な召喚士といったところかな」
「……」
ちなみに、すでに1分以上経っているのだが、召喚士はレベルに応じて、召喚時間を延ばすことができる。レベルが5の倍数になるごとに20秒ずつ延びて行き、レベル60で最大の5分になる。
「出来る事なら、その会いたいと願う人の呼び出しだけに、応じて欲しいのだがね」
「……呼ばれてみるまでわからぬ」
「いや、そんなこともないぞ」
「……?」
「魔法陣というやつは、個性が出るものでな。召喚士のレベルや魔力、性格等が微妙に大きさや形に影響を与えるのだよ」
「……本当か?」
「本当に微妙な違いだがな。慣れないと見極めるのは難しいだろう」
「お前はわかるのか」
「わからんよ。魔法陣を見比べる機会なんて、ほとんどないからな」
「……」
「ま、とにかく、所かまわず出て来るのは勘弁してくれってことだ」
「……わかった。善処してみよう」
「こんなことを教えるのは、お前が召喚士に危害を加えるような奴じゃないと、信じているからだぞ。まさか、変な事を考えてたりしないだろうな?」
「……」
「おい。黙るな」
「……時間だ。もう呼び出すんじゃないぞ」
「召喚獣が言っていいセリフじゃないぞ、それ」
こうしてヘルデビルは、魔界へ戻って行った。
「……久々に話したな。相変わらず不愛想というかなんというか。しかし、会いたい人というのは……ここの生徒か? いや、まさかな……」
ブツブツと独り言を言いながら窓を閉め、ヨダビシは教室を後にした。
一方、魔界――。
「だんな、おつかれッス。どうでした、久々の戦いは」
「……戦いはなかったが、いい情報を手に入れたぞ」
「へ?」
ヘルデビルはスライムに、ヨダビシに聞いたことを説明した。
「へぇー、魔法陣に個性がねえ。全然気づかなかったッスよ」
「シンカの魔法陣を見極めることができれば……」
「そっすね。あっしの邪……新米の召喚士を驚かせることもなくなって、心の準備もできるようになりますね」
「……うむ」
「しかしその人、一体何者なんです? だんなが素直に言う事を聞くなんて……」
「……古い知り合いだ。それに、最近我輩も自分を見失っていた所があるからな」
「まあ、確かにそうッスね。恋は盲目とか言いますけど、やっぱりだんなはデーンとかまえてないと」
「……」
「あ、出ましたよ」
スライムの前に魔法陣が現れた。
「どうです? わかりますか?」
「……さっぱりわからん」
「比較対象がないですもんね……どうします?」
「……行ってみる」
「ッス。じゃあこの魔法陣をよく目に焼き付けて……ぴょーんと」
二人は魔法陣に飛び込んだ。
「ひ、ひぃぃい!!なんだあんた!?」
外れだった。