第三話 お詫び
ここは魔界――。召喚獣たちの住む世界である。
今日もヘルデビルは一人ヒザをかかえ、ため息をついていた。
「……ふぅ」
「だんな~」
今日も今日とて、スライムがのそのそと近寄ってくる。
「最近、会えませんねぇ」
「……」
名前を聞いた日から三日が経った。毎度のようにスライムにくっついて、人間界に召喚されているのだが、シンカには会えずにいた。
「やっぱりこの前の事、怒ってるんですかね」
「……」
ヘルデビルはヒザに顔をうずめた。
「まあ、【不在召喚】のパターンもありますけど」
召喚士が使役中の召喚獣は、別の召喚士が呼び出そうとしても、召喚することができない。
これを【不在召喚】と呼ぶが、そうなった場合諦めて時間をずらすか、別の召喚獣に切り替えなければならない。
「なによあいつら、呼んでも来ないじゃない!」
「つっかえないわねぇ。もういいわ! 二度と呼んでやんないんだから! デリカシーもないし!」
「……なんてことになってたらどうします?」
スライムが声色を変えて一人芝居をする。
「……シンカはそのような事、言わぬ」
「……ッスよねえ」
二人そろって空を見上げる。
「とりあず次会えたら、まず謝る事ッスよ」
「……うむ」
「あと、何かお詫びの品とかあればいいかもですねえ」
「……お詫びの品?」
「この間はごめんね。これあげるから許してね? ってやつッス」
「……何をあげればよい」
「んー、女の子ならお菓子とか喜ぶんじゃないですかね」
「……」
二人で辺りを見回してみる。
「……ないッスよねえ。この世界にお菓子なんて」
「……」
「だったら、あの子は召喚士だし、杖とかどうでしょ」
「……ふむ、杖か。それならば」
ヘルデビルは腰を上げ、近くに生えていた、いびつな形の木の前に立つ。
「……魔界の木は、瘴気を栄養として吸い上げている為、膨大な魔力を蓄えているという」
そう言うと、爪を立て、腕を横に振るう。すると、断面が黒い切り株を残し、ズズンと木が地面に倒れた。
「ヒューッ」
そのままスパスパと爪で木を切り裂いていく。
(恋に不器用なのに、手先は器用なもんスね)
「……出来た」
ヘルデビルの手には、長さ1メートルほどの杖が握られていた。
真っ黒な杖の先端は、何かを掴み取ろうとするかのような手の形になっており、赤い血管のようなものが所々に浮き出ていて、時折ドクンと脈打っている。
「……キモッ」
「これを、お詫びの品としよう」
「えぇ……それをあの子にあげるんですかい?」
「うむ」
「ちょっとそのデザインは、芸術性が高過ぎると思うんですが……」
「……いいと思わぬか?」
「……まあ、だんながそう思うなら……いい、のかなぁ」
「そうか」
完成を待っていたかのように、スライムの前に金色の魔法陣が現れる。
「お、きましたぜ。それじゃ今度こそ会えることを祈って……レッツ、ダイブ!」
二人はピョーンと魔法陣に飛び込んだ。
飛んだ先はあの森だった。前方ではトーチが赤い髪を振り乱して二体の魔物と戦っている。
スライムはヘルデビルに親指を立てると、トーチの助太刀に向かった。
「あ、スライム! あの悪魔、シンカになんかしたでしょ!? しばらく元気がなかったのよ!」
「それがそのぉ……ちょっと失礼な事を言ってしまいまして」
「何よそれ」
「まあまあ、とりあえず戦いに集中しやしょう」
その頃、後方では……。
「……」
ヘルデビルが無言でシンカの前に跪く。
「え? あ、あの……」
「……この前は、すまない事をした。デリ……デリバリー? のない事を言ってしまい……」
「デリカシー!」
前方から、すかさずスライムが訂正する。
「……デリカシーのない事を言ってしまい、申し訳なく思っている。どうか……許して欲しい」
ヘルデビルは首を垂れたまま、微動だにしない。
「……あの、そんなに気にしてませんから。どうか頭を上げてください」
「……本当か?」
「本当はちょっと気にしてましたけど、もう大丈夫ですから……」
「そうか……」
すくと立ち上がり、手に持っていたグロテスクな杖を差し出す。
「これはお詫びの品だ。どうか受け取って欲しい」
「え、これ……杖、ですか?」
「うむ」
ヘルデビルの手の中で、杖がドクンと脈打つ。
「わぁ……えっと、その……ありがとう、ございます」
シンカは遠慮がちに、杖を受け取った。
「それと、もし……差支えなければ、なのだが」
「はい?」
「……我輩の事は、デビさん、と呼んで欲しい」
「えっ……はい、わかりました」
「うむ……では、また会おう。シンカよ」
「はい、ありがとうございました。デビ、さん」
ヘルデビルたちはそのまま消えて行った。
「シンカ! まーたあいつ来て……うんわっ! なにそれ」
シンカの持っている杖を見て、トーチが顔をしかめる。
「デビ……さんがくれたんだけど……」
シンカの手の中で、杖がドクンと脈打つ。
「いや……絶対やばいでしょそれ。捨てちゃいなさいよ」
「え、でも、せっかくいただいたものだし……」
「持ってるだけで呪われそうじゃないの、そんな気持ち悪い杖」
「そうかな? 格好いいと思うけど……」
「……そういやあんた、変わったセンスしてたわね」
その時、シンカがトーチの後ろに何かいることに気づく。
「トーチちゃん、魔物だよ!」
「げっ、おかわりなんていらないのに」
「わたしにまかせて」
杖を構え、シンカが呪文を詠唱する。
召喚士は、不在召喚の時の為に、簡単な攻撃魔法と回復魔法も使える、便利屋としての役割も担っていた。
「イダス・ガノツ・ゲンコ……火球!」
詠唱が終わると、杖の先から巨大な炎の玉が現れ、魔物目がけて一直線に飛んで行く。
火の玉が魔物に当たると、声を上げる間もなく、一瞬で消し炭と化した。
シンカとトーチが顔を見合わせ、もう一度魔物がいた場所を見ると、黒く焦げた地面から、プスプスと白い煙が立ち上っている。
「何、今の」
「……火球?」
「火球の大きさじゃなかったけど」
「……だよね」
あっけにとられるシンカの手の中で、杖が誇らしげにドクンと脈打った。
その頃、魔界では――。
「ふぃ~、いやぁよかったッスね会えて。それで、首尾はいかがなもんで?」
ヘルデビルはスライムに親指を立てて見せた。
「許してもらえたんスね。いやぁよかったよかった」
ヘルデビルは空を見上げる。
(……デビさんと、呼ばれてしまった)
「だんな、なんか嬉しそうですね」
「……」
いつもの仏頂面が、その時はなんだか笑っているように見えたという。