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第7話 因果

五分後に次の話を投稿します。

「――よくやったぞ、司あぁっ……!!アハハハハッ!ハァッ、ハッハッハッ…………!!!」

 集会所に司を迎え入れた未道は、高らかに哄笑した。

「遂にっ!遂に園安結人が滅んだっ!私の敵っ、私の罪が産んだ悪魔が……!」

 彼は敵が結人だと知った時から、『何としてでも殺してくれ』と喚き散らしていた。

 司は『殺さずに済む方法もあるのではないか』となだめようとしたが、無駄だった。

 ……そして結果的に、司自身が彼の願いを叶えることとなってしまった。

「司、本当に、本当にありがとう……!お前は私の天使っ、私たちの希望だ!」

 そう言って未道は後ろから司の肩を強く掴み、席に並ぶ信者たちに向かって、手を広げて示す。

「皆さん!遂に私は長年の因縁から解放されました!ご存じの通り、私は彼らに仕える身だが、凡庸で卑怯で傲慢で醜く、弱かった……!だが今!ご覧あれっ!天使がっ、天愛司が私を救ったのです!天使達がいれば、我々に勝てない敵などいない!」


 信者たちが歓声を上げ、司に向かってひれ伏す。

 

 未道も感涙にむせび泣きながら、雄たけびを上げる。


「私と同じように悪魔たちと因縁のある皆さんっ!そして被害に遭った皆さんっ!天使達に祈りましょう!奴らを引き裂き、叩き潰し、一人残らず地獄に葬りさるのです!」


 その涙は、もはや過去への後悔によるものでもなく、もちろん息子の死に対するものでもない。

 彼は徹底的な自己否定の上に、徹底的に無責任な被害者になることに、成功していた。


 司はそんな父を振り返って、無表情で見つめる。

 この男はもはや、司と目を合わせることはできない。同じ言葉も話していない。

 父と子の関係も、どこにもない。

 そこに立つのはただの、アドレナリンに溺れてキイキイと鳴き声を上げるヒトにすぎなかった。


*********************************


 12月25日、午前二時過ぎ。

 ベッドに横たわる匂色つぼみは、枕元の自分の赤子を、ぼんやりと見つめていた。

 ……まだ、この子の存在をどう受け止めればいいのか、わからない。

 望まない妊娠だった上に、文字通りの悪魔の子だ――本当に、まともなヒトとして生まれてくるかも、わからなかった。

 ……だが、死なせるのはあまりに可哀想だと、思ってしまった。

 まして人の命を救うことを志していた自分が、誰かを死なせる等と、決してしてはいけない――そう思って、産むことを決意した。

 どうせ自分には、もう何も残っていない。ならば残りの人生は、この子の幸せのために使い尽くそう――そう、決意した。


 ……だが今になって、途方もない不安が押し寄せてくる。


 本当に、これでよかったのだろうか。

 これからこの子は、この教団の中で育てられる。

 当然、戸籍が提出できない以上、普通の社会で暮らすことはできない。

 それで本当にこの子は、それで幸せになれるのか。

 自分に、この子を幸せにする力など、ないのではないか。

 ただ単に「かわいそうだから」などと消極的な理由で産んだことは、無責任だったのではないか。

 そう、自分は今まで一度も、自分で何かの責任を果たせた試しなどないではないかーー


 そうやって欝々と考え込んでいると、扉をノックして優子が入ってきた。


「――お疲れ様。具合はどう?」

「……大丈夫、です。」

「そう。無理しないでね。…………わあ、すごくかわいい。まさに『天使』だね。」

 優子はニコニコしながら椅子に座る。


 その言葉の通り、この子にはすでに「胎教」を施してある。


『間違っても悪魔の魂を受け継ぐことなんてないよ』――そう言い聞かせられていたが、こうして愛らしい寝顔を目の当たりにしても、やはり一抹の不安が残る。

 ――『クリスマスに生まれた女の子は、魔女になる』。そんな言い伝えがあると聞いたことがある。

 もちろん、ただの言い伝えだとわかっている。だが、今はそんな些末なことでも、自分とこの子を貶める理由には十分だと感じてしまう。

「…………もしかして、恐いの?」

「え?」

 優子はつぼみの目を見つめる。

「この子の将来のこととか……それとも、自分のこと?」

「…………はい。多分、両方……。」

 やはり天使には、何もかもお見通しらしい。そう思ってつぼみは力なく笑った。

「よくわかんないんです…………この子が悪い訳じゃないし、嫌でもないけど……でもどうしても、私の……失敗のせいで、この子が生まれたんだって、思っちゃってっ……私が、私が悪いんです!この子は、何も悪くなくて……!」

 つぼみは嗚咽交じりに告解する。

「この子のためなら何でもしてあげたいって思うし……でも、私が、許せないから……自分を。だから、この子のこと、嫌いになっちゃったらどうしよう、って……本当に、愛してあげられるのかな、って、怖くて……!」

 優子は黙って、ただ頷きながら聞いていたが、やがておもむろに口を開いた。

「……大丈夫。できるよ。つぼみさんは、他人のために尽くせる良い人だもん。」

「違うんですっ、良い人なんかじゃない……私はただ、自分が良い人だと思いたかった、だけなんです……!人を助けるのは、人に褒められたかったから……だから、褒めてもらえなくなったら、自分勝手に逃げて、それで……!」

「うん……うん。」

 優子はつぼみの頭をそっと撫でた。

「そうなんだ。自分の罪が、許せないんだね…………じゃあ、私が許してあげるよ。」

「…………え?」

 優子は聖母のような笑みを浮かべて言う。

「だって、つぼみさんは、()()()()()()()()。過去の失敗なんて関係ない。今からでもやり直せるよ……今から、良い人になればいいんだよ。」

「…………優子さん。」

「お母さんやあの悪魔の時とは違う。私たちはずっと、あなたの味方だから。自信持っていいんだよ。あなたが一生懸命頑張って、みんなのために尽くせば……必ず報われる。自分のことも好きになれる。あなたも、その子も――生きていることで、誰かの役に立てるんだよ。」

「~~~っ…………!!ありがとうっ、ありがとう、ございます……!」

 ――よかった、今度は幸せな涙だね。

 優子は、決意と共に我が子を抱く少女を見て、満足を覚えた。


 ――必ずこの子供は、役に立つ。

 間接的とはいえ、調整者(ピランク)の血を引く者。そこに未熟児(イノセンティア)の魂が加わった時、果たしてどんな「力」が発現するのか。

 いずれにせよ、強力な戦力になるに違いない。

 神谷永介の損失を補って有り余る、思わぬ戦利品だった。


『――これも実験の一貫さ。正直言って、僕にも未知数だ。』

 途ケ吉もそう言っていた。

『いずれ対決することを楽しみにしてるよ――僕の娘とね。』


 ――そう、この子だけじゃない。

 いつか十分な戦力と作戦が整った時、必ずお前を倒す。

 優子はそう、決意する。


 途ケ吉は、現状のほぼ全戦力をもってしても倒せなかった。あらゆる水を傀儡として操る上、本体がどこにあるのかもわからない。

 だが、それでも必ずいつか勝てると信じている。

 同時にヒトとして存在できる調整者(ピランク)の数は限られている一方、未熟児(イノセンティア)はいくらでも量産できる。

 そして、自分たちのように自然に受肉した天使たちは調整者のような「役目」を持っておらず、天使の自覚がないことも多い――つまり、中立だ。

 彼らは基本的には人間の味方だが、できる限りこちら側に引き込んでおきたい。


 天界の破壊と、人類の進化――その、究極の目的のために。


 だが途ケ吉は、あくまでその目的を「実現不可能」とあざ笑う。

『――そもそも、君たちがこの国を『救う』段階からして、うまく行く訳ないのに。天界の未来予知によれば、この国はあと二十年の間に滅亡するんだから。疫病による混乱、社会不安の増大、事件やテロの頻発、そうこうしている内に首都は直下型地震で壊滅――そして仕上げに戦争さ!』

 途ケ吉は謡うような調子で、残酷な運命を宣告する。

 ――だが、優子たちの決意は揺らがない。

『戦争を止めて世界を平和にする――それも私たちの目的だよ!』

『止める?実力でねじ伏せるんだろ?一体それが人間の戦争とどう違うんだい?どの道すべてが終わった後には何もかもめちゃくちゃだ。……そしてその荒廃した世界で人間が信じるのは、侵略者である君たちが喚き散らす『正義』なんかじゃない。大昔からこの島国を支配してきた、不条理で圧倒的な『死』の力――そして同時に、『不死』をもたらす契約者でもある。天と、山と、水と――つまり、僕の方さ。』

『…………昔はそうだったのかもね。そして、またそうなる可能性もある。認めるよ――――だから、あなたは殺しておく。』

 それを聞いて、途ケ吉は吹き出した。

『アッ、ハハハハハハッ…………!全く、物分かりの悪い子たちだ、ああ言えばこう言うっ……!』

 途ケ吉はあくまで、自分たちのことを取るに足らない存在だと高を括っている。

『……いいだろう、せいぜい好きなだけ駄々をこねて、暴れ回ると良い――そして、絶望を思い知れ。』

『――絶望なんてしない。でも、戦いなら望むところだよ。』

 ――あなたのその傲慢さを、必ずぶっ潰して、命乞いさせてやる。

 こうして天愛教団は、途ケ吉人志に宣戦布告した。


*********************************


「――あ、ごめん!苦しかったね……。」

 つぼみは赤子を抱く腕を緩め、慌ててその背をなでる。


 白い病室に、赤子のけたたましい泣き声が響き渡る――優子にはそれが、自分たちの(とき)の声にも聞こえた。


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