第5話 決戦
5分後にもう一話投稿します。
「――バーストフレイム!」
霧の中に烈怒の叫び声が響く。
その直後、彼の周囲に猛烈な爆風が巻き起こった。
霧の海の中に、半径十メートルの円形の穴が開く。範囲内の建物は倒壊し、イルミネーションは消し炭になる。
そしてその中央で煙を上げながら立つ人型の物体は――再び動き始めた。
「……何だとッ!?」
烈怒が驚いている間に、怪物はその「防御」を緩めて動き出す。
灼熱の炎を防ぎ切ったのは、全身に巻き付く青い触手――今まで攻撃に用いていた赤い触手とは違い、太くて硬質、そしておそらく耐火性の新たな武器。
そして一瞬の間も空けず、背中から先ほどと同様に――否、先ほどの倍以上の本数の赤い触手を展開する。
「グラアアァァァァッッッ~~!!!」
「――ふざけんなッ!クソがァッ!」
烈怒は若干おぼつかない動きで攻撃を弾く。
必殺技で無駄に炎を消耗してしまった。
「おい司ッ!戻って来いッ!」
『――私の方が早いよ。』
通信機の向こう側で比奈がつぶやく。
その言葉通り次の瞬間、怪物の背後を白い影が通り抜けた。
十数本の触手がまとめて切断される。
「ガッ――」
怪物がそちらを振り返る間に、別の方角から優成が駆け込んできた。
「おらぁっ!!」
金属製の籠手が、躊躇なく触手の群れに叩き込まれる。
結人の注意が再び別方向に逸れると、その頭上に比奈が回り込んだ。
上側の防御は薄い――だが、彼女の刃は青い触手を通り抜けなかった。
「っ!」
刀を弾かれ敵の間合いに落下しそうになった比奈は、急いで空間を捻じ曲げ、間一髪で反撃を回避する。
「硬すぎる!ヤバいじゃんこれ!」
「青いやつのせいだ!俺の炎も通らねえッ!」
「フィジカルでゴリ押すしかない、か!」
そう言いながら優成は触手を引きちぎり、自身にヘイトを寄せる。
その後方から康祐が、自動式の麻酔銃のようなもので援護射撃を行っている。
「でもきな子もいないし……このままだとジリ貧じゃねーの?」
「……衝撃で潰すなら、『イカロス』でどうだ!?」
「俺の炎がまだ足りねえッ!」
「じゃあ下がってて。時間稼ぐ……司はどお?いけそ~?」
『……いけるよ。こっちも終わった。』
司が小さな声で答えた。
「りょーかい!烈怒、何秒くらい?」
「……二十秒で十分ッ!」
「嘘つくな!」
「チッ……四十秒!」
「長っ。」
「うるせえっ!」
触手と各々の攻撃が入り乱れる中、ほぼ必要最低限の会話でてきぱきと陣形が再編される。
烈怒が前線を離脱し、優成が隙を見て怪物に接近する。
康祐は建物の瓦礫を踏み越えながら、触手の隙間に弾丸を打ち込む――一発ごとに、少しずつ怪物の動きは鈍くなっていく。
怪物は右腕を振るって、優成の体側に叩きつけた。触手の間でしか動けない以上、この攻撃は受け止めるしかなかった。
優成は左腕で衝撃を受けつつ、地面を滑りながら右の拳を引く。
「うおぉぉっ!」
だが、怪物はさらに左腕を振り上げ、その先端の「口」をぐちゃり、と開いた――大の大人一人を、包めるほどの大きさに。
「っ!?」
優成にとって攻撃自体は無害だが、四肢の動きを封じられるわけにはいかない。
急いで後方に飛びのき、噛みつかれるのを回避する。一方、怪物の動きは相変わらず鈍い。彼の攻撃が地面に届いたのは三秒も後だった。
その間に比奈は、できるだけ力を節約しながら、地道に触手を破壊し続ける。
だが、触手は切ったそばから次々と再生していく。
この場にいるものの中で比奈だけは、悪魔の血を弾く術を持たないため、既に返り血で全身が染め上げられている――だが、この化け物に失血死はありえないらしい。
「――グ、ウゥッ、ア、グルウゥゥッ……ガアアアアァァッ!!!」」
継続的に触手を切り落とされる不快感にいら立ちを募らせたのか、怪物はとうとうターゲットを変更した。
「おっと~!」
怪物は空中の比奈に向けて、再び左腕の口を開く――ただし今度は噛みつく代わりに、紫色の未知の体液を噴射した。
比奈はすぐにその場から姿を消し、液体は建物の残骸や地面の上にぶちまけられる。
液体がかかった場所はコンクリートも金属も含め、一瞬で融解した。
周囲に濁った煙と強烈な刺激臭が立ち込める。
「うわっ、えっぐっ!」
比奈は怪物と煙から距離を取り、静かに刀を鞘に納めた。
怪物を挟んだ彼女の反対側に、司が駆け寄ってきたのが見えた。優成もそれを確認すると、戦いながら少しずつ司の方に移動していく。
「あと十秒!下準備、行ってもいい!?」
「ああ、わかった!」「了解。」「っしゃぁッ!」
比奈は、左足を引いて上体を大きく沈めた。
「――『裸の王様』。」
技を宣言した直後、彼女の姿はその場から消える。しかし、その後も別の場所には現れない。
数秒間、怪物の全身の動きが、困惑するかのように止まった。
――そして、せき止めていた何かがあふれ出すように、周囲に猛烈な旋風が巻き起こる。
――ズザザザザザザザザザッ!
全ての赤い触手が切り刻まれ、宙に四散していく。
それに伴う大量の血しぶきが旋風に巻き上げられ、赤い霧のような様相を呈した。
「――――ア゛ア゛アアアアアァァァッッ~~~!!」
全ての触手が地面に落ちた後、怪物は今更痛みに気づいたかのように絶叫した。
その懐に、優成と司が駆け込んでいく。
怪物は目の前の敵に、その白目で怒りの視線を注いだ。
「――ガァァッ!」
――怪物が前屈みに踏み出した瞬間、その動きは停止した。
時間が止まった世界で、優成と司だけが動き出す。
優成は身をかがめて、地面に踏み出した怪物の足の、青い触手に覆われていない部分を殴りつけた ――反発は全く感じられない。彼が拳に込めた運動エネルギーのすべてが、何の抵抗もなく怪物の体に吸い取られた。
続けて二発、三発――
そして司は、時間の流れを正常に戻す。
怪物は三発分の衝撃を同時に右足に受け、バランスを崩して転倒した。
「ガアッ!?」
その背中から触手が再生しかけている最中、再び時間が止まる。
優成は頭上の怪物の巨体を見据え、大きく息を吸った。
――そして、猛烈な勢いでそれを殴打し始める。
「――うおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!」
三十、四十発――制限時間が許す限り、一方的な攻撃が続く。
残り十秒というところで優成は力尽き、両腕をだらりと下げて後ずさった。
代わって司が、おもむろに前に出る。
「……………………。」
――こんな形で、別れるしかないのか。
もう、攻撃は十分なはずだったが、司はあえて自分がとどめを刺すことにした。
これが正しいことなのかどうか、司にはわからない。
もっと良い解決策があったのか。
結人は本当に芯からの悪人だったのか。
未道や兄姉たちの正義は、本当に信じていいのか。
自分が結人や未道やはるかのことをもっとわかっていれば、何かできることがあったのか――
わからない。
何もわからない。
――ごめんなさい。僕にはもう、これしかしてあげられない。
『――あれは間違ってるとかこれが正しいとか言い散らして、自分では何も責められないで済むように高みの見物してる無責任なクズの話だろ!?』
逃げるな――過ちから、逃げるな。
――わかった…………逃げないよ。
自分ができる最善においては、どうしても誰かの血を流すしかない時が、ある。
そしてもし、それが間違っていたとしても――司は、その責任を背負うことにした。
それが結人の叫びに対する、せめてもの誠実な応えだった。
「……さようなら、『兄さん』。」
司は鉛の入った靴の踵で、思い切り結人の腹部を蹴り上げる。
その直後、時間の流れが正常に戻った。
――怪物の巨体が、天高く舞い上がる。
怪物を倒す方法としては、傍から見てあまりにも機械的な作業。
あまりにも、滑稽な処刑ショー。
――それがいよいよ、仕上げに入った。




