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第3話 高みの見物

本日も諸事情により早めに投稿します。

明日の投稿も同じくらいの時間になります。

 私は、ビルの屋上に膝を抱えて座り込んでいた。

 地上からは、化け物たちのうめき声がかすかに聞こえてくる。

 ずっとそれを聴いていると、頭がおかしくなりそうだった。

 ――お願い、司。早く帰ってきて……。



「――いやぁ、今日はすごい霧だね。」


 不意に、隣から、声が聞こえた。


 私は顔をあげて、凍り付く。


 そこに立っていたのは、途ケ吉人志だった。


「…………っ!!?」

 私は後ずさろうとしたけれど、この距離で逃げられるはずもない。

「だから、僕は君には危害を加えないって……。」

 甘い香りが、叶多の鼻孔をツンと突く。

 再び頭がぐらり、と揺れた。

「…………何、しに来たの……?」

「結人くんの最後を見届けるためさ……まあ、二人で高みの見物と洒落込もうじゃないか。」

 私は鼻を覆って立ち上がりながら、ゆっくりと後ずさる。

 ――駄目だ、ふらふらする……。

 司にもらったお守りも、あまり効果がないらしい。

「――ああごめん、抑えてあげよう。」

 途ケ吉がそう言うとすぐに匂いは止まって、私の息は楽になった。


「そんなに警戒しなくてもいいよ……どうせ下には降りられないだろ?君にはちょっと、話があるんだ。」

「何……?」

 途ケ吉は世間話をするみたいなノリで、悠々と構えている。

 殺意は本当にないのかもしれない。

でも、気まぐれで殺される可能性もある。

 どんな思考回路か、わからない――こいつは、悪魔なのだから。

「叶多君……君は、僕のことを悪魔だと思ってるよね?」

「…………え?」

 途ケ吉はにやりと笑って言う。

「彼らにはそう言われたんだろう……?確かに嘘ではないね。でも、君をだましてる。この際だから、真実を教えてあげよう。」

 私は困惑した。


 ……こいつの言うことを真に受けない方が良い気がする。

でも、わざわざ私をだまそうとする意味があるとも、思えない。


「まず第一に、園安結人は人間だ。君と同じように、僕の血を摂取して変異したのさ。」

「……………………。」

「あれ?そんなに驚かないね。」

「……もう、聞いたから。」

「ああそう。……じゃあそれなら、もう一つ。」

 そう言って途ケ吉は指を立てる。


 途ケ吉は、特に溜めも前置きもなく、さらりとその「真実」を口にした。

「――天使と悪魔は、本当は同じ存在だ。」

「…………え?」

「僕もまた、彼らと同じ天使だってことさ。」

 そう言って途ケ吉は微笑む――天使のように、美しく柔和に。


 ……否定できる根拠は、無い。

 確かに言ってしまえば、どちらも同じ、超能力。

 途ケ吉の方がグロテスク、というだけで。

 どちらも、「血」の力。

 私は、こいつの血を飲まされておかしくなった。園安たちも、同じように欲望が暴走して、化け物に変身した。

 今私が持っているお守りやあのライターも、天使の血を使っている。


「……じゃあ、なんで…………なんで、こんなこと、するの。」

 途ケ吉は首を振った。

「それは質問の前提が間違ってるね。天使はそもそも、人間の味方なんかじゃない。『善』とか『正義の味方』でもない。善悪なんてそもそも、人間がでっち上げた概念だしね――僕たちは天人(アンゲロス)。天界、つまり上位次元に生息する知的生命体にして、生態系のトップに立つ存在さ。」

 途ケ吉は、不敵な笑みと共に宣言する。

 知的生命体――その言い方だとまるで、宇宙人か何かみたいだ。

 もし、それが本当だとして……なぜ優子さんたちは、それを隠しているのか。

「ただし、僕たちが摂取するのはタンパク質じゃない――死んだ人間の魂だ。」

「摂取、って……。」

 ――食べる、という意味。

「特に強い想念や欲望が染みついた魂は、言うなれば栄養価が高いんだ――それに、普通の魂よりよっぽど美味しい。だから僕達は時々こっちの世界に来て、いわゆる『悪魔の誘惑』って奴をするのさ。それに、死者の数も調整する。そうやって需要と供給のバランスを取る役目を果たすのが、僕みたいな『調整者(ピランク)』だ。」

 途ケ吉は腕を広げながら歩き回る。

「――じゃあ、天愛教団の『天使』たちは何なのかって?えーっと……まずそもそも、魂と言うのは、無限から生じて無限に還っていくもの。でも最近の人類は繁殖速度が高すぎて、魂の供給が追い付かない。その結果、天使の魂を持った人間が増えている。……そしてその中から、僕たち(アンゲロス)に逆らう新勢力が現れた。」


 その時、霧に沈んだ下界の一点から爆発音が響いた。

 私がそちらを見ると、霧を突き破って黒煙が立ち上っているのが見えた。

 多分、烈怒さんだろう。

「――それが、天愛教団だ。彼らはなんていうかさ、人間の倫理観に毒されて、一種の潔癖症になっちゃったんだよねぇ……『欲望のために悪を行う人間なんて間違ってる。そしてそんな人間を犠牲にしている自分たちも』って感じで?……だから、両方滅ぼすことにした。」

「滅ぼす……?でも司たちは、世界を救うって……。」

「ああ、そうだね。彼らにとってはそれが『救い』なんだよ。つまり、未道信司が作った新種の『天使』で旧人類を置き換えることだ。でも、その過程で逆らう奴らとの戦争は避けられない……だから、そういう奴らは抹殺するんだってさ。天人だろうと人間だろうと、ね……アハハッ。」

 途ケ吉は皮肉気に笑う。

「でも結局その『正義感』も、ただの歪んだ猟奇趣味の言い訳に過ぎない!彼らはね、かつては自動的に提供されていた『悪人』の魂を、今や自分たちで刈り取ることに快感を覚えてるんだから!とんだ正義のヒーローだろ!?ハハハハハッ……!」


 天界への反逆、戦争、抹殺、猟奇趣味――彼らから聞いていた話と、全然違う。


「実際、彼らのやっていることは僕たち天人にとってほんっとうに迷惑なんだよ……今だけでも、死ぬはずだったはずの人間が次々と救われているせいで、魂の供給が減ってきている。前代未聞の食糧危機さ!」

 途ケ吉は初めて、怒りを露わにする。

 私は彼と視線を合わせた瞬間、意識が吹き飛ばされるような感覚を覚えた。

 銀色の瞳の奥から湧き出したのは、身の毛もよだつような「敵意」。

 あるいは、そんな言葉では語れないような、それだけで私の存在なんて簡単に消し去ることができるような、そんな圧倒的な「何か」。


「……………………っ!!は、あっ……はあっ、はあっ、はあっ…………!!!」

 私は地面に両手をつき、辛うじて体を支える。

 でも途ケ吉はそんなことにはお構いなしに、一人で怒鳴り続ける。

「挙句全人類が『天使』に置き換わったら、当然僕達の食料はゼロになる!天使が絶滅してしまう……!至高にして完全である僕たち天使がっ!下等生物が作り出した新種に淘汰されるなど、そんなことは決してあってはならないっ!彼らがやっていることは、自然の摂理に対する許されべからざる反逆にして、これ以上ない大罪だ!」


 そこまで叫んだ途ケ吉は、大きく息をついて口調を元に戻した。

「……だからね、僕が臨時措置として、こうして質の良い魂を量産する体制を作ったって訳さ。……分かるかい?これは元々君たち人間の『天使になろう』なんていう傲慢が招いた結果だ。これは君たちへの『天罰』でもあるんだよ。」

「…………そんな、の……そんなの、おかしいっ。」


 言い返して機嫌を損ねるのが得策でないことは、わかっていた。

 でも、どうしても言わずにはいられない。

「天罰って、何……!?なんでっ……なんでよっ、未道博士が悪いんじゃん!そんなの、私関係ないっ……!罰なんて、絶対おかしい!」

 私の恋が、私の日常が、私の青春が――そんな訳の分からない理由で奪われることが、正当な訳がなかった。

 そんなの、勝手すぎる。

 天使だとか天界だとか、秩序とか戦争とか、食物連鎖とか自然の摂理とか――そんなの、私の人生には全く関係ないのに。


 途ケ吉はいかにも不愉快そうに、私をにらみつける。

 その数秒の間に、私は死を予感した。


 ……でも途ケ吉は、再びにやりと笑って口を開く。


「『私関係ない』、か……へえ、結局自分のことだけなんだ。」

「っ……!違う、そんなんじゃ――」

「君は!自分が受けた損失のことしか気にしてないんだろう!?他の人のことなんて、どうでもいいんだろ?」

 途ケ吉は口角をいやらしく釣り上げながら、私に指を突き付ける。

 その指が一ミリでも動いたら、間違いなく私の命は消し飛ぶ。

 それでも今の私は、言い返さずにはいられない。冷静な判断ができなくなっていた。

「そんな身勝手な奴に、僕たちを裁く資格なんてあるのかなぁ……?」

「……………………違う、そんなの、絶対違う…………!」

 私は涙目になりながら、掠れた小声で抗議する――精一杯の、意地だった。

「――だからまさにそれだよっ!そうやって自分に都合の悪いことを『悪』だとか言ってさぁ!自分たちより強い存在を貶めるためにでっち上げた『正義』とか『道徳』を振りかざす!弱肉強食の原理に逆らおうとする!」

 途ケ吉はいきなり私の頭を鷲掴みにして、自分の顔に思いきり近づけた。

 首がぐきっと嫌な音を立てる。

「…………っ!!?」

「それこそがっ……善悪を判断することそれ自体が!君たち人類みんなの傲慢であり、裁かれるべき最大の罪なんだよ!」


 虹色の眼光が、私の網膜を、頭の中を焼いていく。

 目の前の悪魔の顔が、グロテスクに歪んで見える。

 私は短い呼吸を繰り返しながら、遠ざかりそうな意識の中でもがく。

 絶望に染められた黒い世界の中で、一片のぬくもりを思い出した――

「つ……つか、さ…………。」

「……司君に助けて欲しいのかい……!?そう、君は彼という天使だけは、心が通った気でいるんだねっ。君のその欲は知ってるよ……でも、それもただの幻想!――だって、天愛司と言う人格は、徹頭徹尾偽物なんだから!」

 私は途ケ吉に突き飛ばされ、地面に後頭部を打ち付ける。

 激痛と共に世界が激しく回る。

「…………っ!」

 私は慌てて頭を起こして、後ずさろうとする。

 途ケ吉は相変わらずしゃべり続けるのみ。

「さあお待ちかね、これが三つ目の真実だよ。――未道の発明は、天界の『霊水』から、人為的に人間の魂を生成する技術だ。そしてその思考回路は、完全な聖人君子として恣意的に『設計』できる――『天愛司』は、その成功作第一号だ。」

「『設計』…………?」

「つまり、彼のあの優しさも、正義感も庇護欲も優しいまなざしも何もかも――彼の意思によるものは何一つない!まして君のためのものでもない――!彼は、未道の願望に応えているだけの、ただの意思のないお人形なのさ!」


 ……途ケ吉は、そう言い放った。


 ――違う。


 そう、言い返したかった。


 でも――ここまでの()()()()が、そうさせてくれない。


 私に、希望を信じることを許さない。


 あれがダメなら、これもダメ。


 私はただ、彼の口から流れ出す真実を享受するしかない――


 「天使」も「悪魔」も同じただの化け物で、この世界には善悪なんてない。

 ただ違う勢力同士が、それぞれの都合で争っているだけ――

 

 それに対して、「天愛司」は――ただの、道具。


 実際、そう考えると説明がつく。


 優子さんたちは、人殺しに何の躊躇もない。何人かはそれどころか、むしろ楽しんでいるように見える――それが、彼らにとっての「食事」だから。


 でも、未道博士が作った天愛司は違う。

 むしろ、過剰なほどに人間に対する愛で満ちている。

 その一方で、人を殺せと命じられたら、一瞬で感情を消して従うことができる。


 不自然な「人格」。恣意的な「才能」――


「――つまり君が恋した『天愛司』は、ただの狂人の妄執が生んだロボットだったんだよ!」

「…………~~~っ!」


 ――やめてよ、もう……!


 お願いだから、もう、私から恋を奪わないで。


 お願いだから、大事なものを信じさせて。


 お願いだから、もう――私の世界を、これ以上壊さないで。


「全く、だとしても君も相当傲慢だよねぇ?偽物とはいえ天使に恋だって?なんて悍ましい!しかも、自分もその天使に愛されてると思い込むなんてさ!それだけの価値が君ごときにあるわけないじゃないか!昇天塔(タワー)の奴らと同じ、下等生物特有の誇大妄想さ!」


 ――嫌。もう、何も聞きたくない……!


 私はただ、地面にうずくまって泣き続けるだけだった。



 それでも、


 途ケ吉は、


 にやり、と笑って



 ――――私にとどめを刺す。


「…………あ、そうだ。ちなみにその司くんだけど――ついさっき、君の友達を皆殺しにしてたね。」


「……………………え、」


 途ケ吉は、眼鏡をはずして霧の向こうに目を凝らす。


「君みたいな昔からの幼馴染も、あっさりと切り刻んで殺したのさ。……あそこに死体が転がってるよ、確か……彩音ちゃんと晴翔君、だったっけ?まあ、結人くんの眷属になっちゃったから、仕方なかったってことだねっ!」

 途ケ吉はこれ以上なく爽やかな笑顔で、朗らかに言い放った。

 


 …………………………………………あ。


 あっ、あっ、あっーー




 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!

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