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第2話 赤鬼と青鬼

諸事情により今日は早めに投稿します。

なお、「活動報告」にて書いたのですが、物語の中盤あたりに若干の修正があります。全体の流れには影響していませんが、気になる方は「活動報告」の方をご確認ください。

 「泣いた赤鬼」。


 司が幼稚園生の時、何度も好んで読み聞かせをしてもらっていた本だった……恐らく、それを読んでいたのは途ケ吉人志だったのだろうが。

 話の筋が好きだったわけではない。ただ、疑問の答えが欲しかったのだ。


 なぜ青鬼は、赤鬼と離れなくてはいけなかったのか。

 なぜ青鬼は、悪役を演じなければいけなかったのか。

 なぜ人間は、話したこともない赤鬼を忌み嫌うのか。


 父は、その疑問に至極簡潔に答える――『力があるからだ』、と。


『我々は、自分に力があると知っている。ゆえに、他の生物個体にも力があるはずだ。そしてその他者は自分より強いかもしれない。自分は他者より弱いかもしれない。ゆえに、自分は殺されるかもしれない。――ゆえに、先に攻撃するしかない、そう結論する。』


 …………?


 だったら、攻撃しなければいいじゃないか。


 そうすれば、悪くても自分が死ぬだけで済む。争いなど、初めから起こらない――


*********************************


 ……今となっては、司はその話しの意味がよくわかっていた。


 そう、その考えに従うなら、天使と言う存在こそ、最も――


「――おらッ!邪魔だどけェッ!」 

 司の目の前を走る烈怒が、炎を纏った拳で化け物を弾き飛ばしていく。

 人体をいともたやすく破壊する、圧倒的な「力」――脅威、怪異、異常。


 司も力の連発でやや疲労気味ながらも、時折飛んでくる蔦をナイフで振り払いながら、その背になんとか食らいついていく。


 ここまでで司も、もう30人は殺した。

 訓練の通りの動きをするだけ――あまりにも簡単だった。

 罪悪感などみじんも感じない。

 ただ、決められた通りに完璧な動きを、機械的に繰り返せる。


 自分たち天使も、結局は化け物なのだ。

 

 正義の味方でなければ、弱い人間たちには受け入れられることのない存在。


 ……ならばなぜ、彼らは「敵」なのだろうか。


 なぜ、自分たちよりもずっと弱く、人間らしかった彼らが、「力」を得た途端に、悪魔になってしまうのだろうか――


*********************************


 司は高校に入った時にはすでに、園安結人と自分の父――未道信司の関係を知っていた。

 杉山はるかが自分にしたことに対し、不自然なまでに激高した父。

 その理由を康祐に聞くと、こっそり彼の過去のことを教えてくれた。

 かつて結婚した女性が、極度に依存的で偏執的だったから、らしい。

 彼女の名前は、園安(たまき)

 道端で座り込んで泣いていたのを見つけて相談に乗ったのがきっかけで、一種の共依存のような関係になってしまったという。

 当時、未道自身も社会的地位の転落と研究の行き詰まりに苦しんでいたらしい。

 結婚後の彼女は自分が未道の関心を独占したいがために、彼の生涯をかけた研究を否定し、やめさせようとした――それが、彼の逆鱗に触れた。

 未道は彼女とその子供を酷く憎むようになり、しまいには何の躊躇もなく絶縁した。

『っていうのがまあ、博士が自分で言ったことなんだが……。』

 康祐は、何か含みのある言い方をして、目を逸らした。


 ――わかるよ。父さんも間違ってた、って言いたいんだよね。


 ……あるいは、今も間違え続けているのか。


 ようやく、司の長年の疑問が解けた。

 彼をずっと捕らえて苦しめてきた、強迫的な使命感の裏にあったもの。

 それは、自分自身の過去の失敗――あるいは、罪。

 きっと彼は、研究に没頭し天使たちの戦いを援助することで、それを忘れることができるのだ。

 過去の「自分」を否定し、聖戦に身を捧げる「自分」で覆い隠す。

 そしてそれと並行して、かつての自分のような人間たちを断罪し、呪い続ける。

 園安環や園安結人を含めて、全ての愚かな人間たちを。


 司が彼に対して言うことは、何もなかった。


 彼がしていること自体は、何も間違っていない。目的は自分たち天使と同じだ。

 人間の心の中に触れることだけは、できない。

 過去の問題の影響は、消し去れない。


 ならば、園安結人は?

 彼もまた、同じ過去のために苦しんでいるのだろうか。

 ……わからない。

 わからないけれども、少なくともこれだけは確かだ。


 ――彼にも、幸せになって欲しい。


 それが、正しいことなのだ、と。


 それは例えば、同じように理想の相手を求める女性と、結ばれること――


*********************************


 ――それが、なんでこうなるんだよ……!!!


 司は息を切らしながら、再びイルミネーションの広場に立つ。

 目の前の烈怒が放つ熱波により、半径10メートル以内の霧は吹き飛んだ。

 中央に立つ歪な巨体の怪物が、白い電光の中に浮かび上がる。 


 ――それはもう、かつての美少年のような園安結人ではない。


 全身が例の蔦で覆い尽くされている――否、それどころか露出した筋組織そのものが、半ば蔦と同化していた。

 髪の毛もすべて蔦に置き換わり、先端の蕾が何かを探すように、宙に浮いてさまよっている。

 顔面は引き攣った醜い瘤に覆われている。

 はちきれんほどに充血した白目を剥き、ナイフのように尖った犬歯を剥く。

 皮膚の内側で、あるいは皮膚から飛び出して、蔦状の大小の血管や組織が複雑に絡まっている。あたかも、粗雑に編んで作った毛糸の人形のようだった。

 全身のほとんどがどす黒い赤色で覆われているが、左半身は部分的に青紫が混じっている。

 右手はショベルのように大きく膨れ上がり、先端に血の付いた大きな爪が光る。

 そして左腕はもはや、人間の本来の身体部位として機能していなかった。

 二の腕は赤色だが、肘から先にかけて青紫色へとグラデーションを成している。

 それに沿って、皮膚が管楽器の先端のように膨らんで広がり、手と思わしき先端には奇怪な「口」が開いている。食虫植物の花のようにも見えるそれは、つながった複数の花弁の先にそれぞれ「歯」を有している。おそらく元々は五指だったのだろう。


 ――何で、こんな風になってまで…………!


 もう、取り返しがつかないことは明らかだった。

 園安結人と言う人格は、もうどこにも存在しない。


 彼のかけがえのない人生は――天使たちの正義の鉄槌によって、幕を閉じることになる。


「おい悪魔ッ、あの時はよくも司をぉッ!今日こそ決着をつけてやるッ!」

 烈怒は拳の炎をたぎらせて、見栄を切るように構える。


 烈怒たちは、悪魔たちを心の底から憎んでいる。あたかも、存在そのものが許されないとでも言うように。

 だが、彼らはもともと人間だったのだ。それが、どこかで道を誤ってしまった。


 その原因は……弱かったから?


 弱かったから、強くなりたがった?


 ……強くなったから、「悪」になった?


 わからない。司には、答えが出せない。


 だが薄々、気づいていることもある。


『――あれは間違ってるとかこれが正しいとか言い散らして、自分では何も責められないで済むように高みの見物してる無責任なクズの話だろ!?』

 

 彼が正義を憎むのは、未道信司の呪いなのか。


『……本当に俺、幸せになれるのかな、って。……また、裏切られるんじゃないかって——』


 彼が女に歪な愛を強いるのは、園安環の呪いなのか。


 司は誰のせいか、などと考えているわけではない。

 そんなことはどうでもいい。


 ――でも……本当に、()()()()()()()()()()のか?


 正義の味方である天使が、誤った存在である悪魔を滅ぼす。

 その他の正常で善良な人間たちのために。

 そんな、既定路線。

 自分が今やっている「これ」は、本当に正しいのだろうか――


「ウ゛……グル゛ア゛ア゛ア゛ァ゛っ!」

 怪物は理性のない雄たけびを上げ、こちらに向かって蔦の大軍を伸ばしてくる。

だがその動きは鈍く、特に激高しているようにも見えない。

 どうやら、烈怒や司のことも識別していないか、思い出せないらしい。

 烈怒は大きく飛びのきながら、多数の火球を空中に生み出す。

 「力」を使い、全身に淡い光と熱気を纏う。こうしておけば、彼に触れた蔦は全て焼き切れる。

「後ろ頼むぜッ!」

 火球がその場で爆ぜて蔦を破壊し、司は通りを徘徊するゾンビたちの方を向く。

 広場には四方から道が通じているが、そのうち三方からはもうすぐ、他の天使たちが入ってくる手はずだ。

 残る一本の道は司の担当だが、あまり力の無駄遣いはできない。積極的な攻撃はせず、ナイフで蔦を防いで時間を稼ぐしかない。


 霧の向こうに複数のゾンビの影が見え、司は蔦に警戒して身構える。


「……………………あっ。」


 彼らが霧を抜け出して現した姿を見て、司は一瞬凍り付いた。


 ――僕が、もう少し一緒にとどまっていれば。


 ……だが、後悔や悲しみに使える時間は、ない。


 司は目を閉じ、二秒で感情の働きを停止する。


「……ごめん、みんな。」


 司がそう言っている間にも、容赦なく蔦の群れが襲いかかってくる――


 司は地面を転がって攻撃をかわす。

 続いて別の蔦をナイフで弾き、一番近い個体の間合いに低姿勢で入る。

 そのゾンビは頭を上に向けたまま、アンバランスな姿勢で前に進もうとする――その視線は、司にさえ向いていない。


 ――さようなら、晴翔……。


…………などと、心の中で言ったりしなかった。


 司はその不自然な角度でさらされた喉笛を、下から跳ね上げるように切り裂く。

 飛び散る鮮血。


 ――次。


 司は素早く身を引いて体勢を立て直した。

 そして無数の蔦をかいくぐりながら、次の個体へと近づいていく。


 次、次、次――とにかく、次の動作、次の標的。


 ――ただ機械のように、殺し続けるだけ。

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