第16話 悪魔狩り(3)
今日から最終回にかけて毎日投稿します!
諸事情により投稿時間は少々変則的になるかもしれませんが、基本的に19:00前半です。
園安は触手を使って絨毯をみちみちと引き裂き、隙間から腕や足を出そうともがく。
でもその時にはすでに、無数の刃物が迫ってきている――
――その瞬間、部屋の中で洪水が起こった。
私は水圧で弾き飛ばされて、廊下に背中をたたきつけられる――デジャヴな感覚。
「っ…………!」
息ができるようになってからのろのろと起き上がって見ると、リビングの天井に大きな穴が開いていた。
露出した配管からあふれ出した大量の水が、部屋の真ん中で重力に逆らって、渦を巻いている。
その渦がぎゅっと空中で縮まって、人の形にまとまった。
「――久しぶり、結人君。随分大変そうだねぇ?」
そこに立っていたのは、眼鏡を掛けた銀髪の男。
「…………途ケ吉、人志。」
優成さんが強張った声で言う。
二人も壁際に叩きつけられ、起き上がろうとしているところだった。
陽明さんは窓の穴の近くでうずくまったまま、ゲホゲホとせき込んでいる。
家具はぐちゃぐちゃに散乱し、壁には水圧で弾かれた包丁が二本、ナイフが一本突き刺さっている。
それでも、部屋の中はほとんど濡れていない。ただ、天井の壊れた配管から、びちゃびちゃと細い水流が垂れてくるだけ。
「まったく、結局僕に助けてもらわないと、自分の身も守れないなんて……世話の焼ける子だよ。」
天使たちが彼の攻撃を警戒して動きを止めている間、彼は辺りを見渡して状況を確認する。
「……あれ?もしかしてつぼみ君取られちゃった?あーあ、ダメダメじゃん……ハハッ!」
途ケ吉は園安に向かって失笑する。
――何、この人……あいつの味方なんじゃ、無いの?
「あ゛……先゛生゛っ゛、だず、げで…………!はや、く゛……つぼみ、がぁっ゛……!」
「は?甘えてんじゃねえよ。」
泣きつく園安に対して、途ケ吉はぞっとするような低い声で言う。
「『自分が欲しいものは自分の力で手に入れる』――それがルールだって、知ってるだろう……?まあ、どうせ君には彼女を取り戻すことはできないけどね――たった二人の天使にさえ、殺されかけてるんだから。」
そう言っている間に、彼の後ろから三本の刃物が飛んで来る。
でもそれらは全て、途ケ吉の体をまるで空気のようにすり抜け、私の側の壁に突き刺さって止まった。
「きゃっ!?」
「チッ!その力っ、ウザいっす……!」
陽明さんは、私の方には飛んでこないように調整してくれたみたいだった。それにしても随分ぎりぎりだった――あるいは、私の安全なんて気にしていないのかも知れない。
途ケ吉が攻撃を受けた一瞬だけ、刃物が通り抜けた箇所がゼリー状の得体のしれない物質に変わっていた。
それが一瞬で、元の人間の肉と衣服に戻る。
――気持ち悪い。
文字通りの、化け物。
天使たちとは、「力」の方向性も強さも全然違う。
見えないエネルギーと言うより、変化する肉体。
人間の治癒ではなく、寄生と支配。
園安結人と同じ――――悪魔。
――そして、私の「お母さん」。
そう、自分の体が言っている気がした。
同じ空間にいると、肌でひしひしと感じる。
「私」は、「これ」の一部なんだと。
「私」なんて存在しない。我々が個であることに意味などない。
ただ、本体と体の別の部分が、同じ場所にいるだけ――いや、そもそも「本体」など存在しない。
「これ」は「彼」のほんの一部に過ぎない。
本当の「彼」は、もっと底が知れない、偉大な存在なのだ。
「彼」はどこにでも存在する。そうだ、私はいつもずっと、「彼」を感じていた。
街の空気に。いつも飲む水に。口にする食物全てに。降り注ぐ雨に。朝方の霧の中に。アスファルトに。換気扇に。電光掲示板の煌めきに。すれ違う人々の息に。肉の群れの中に。皆の頭と心の中に――
……「彼」は、私の見ているこの世界のすべてなのだ。
とつぜん私は我に返って、強烈な吐き気を覚える。
「うぷっ、う゛ぅっ……あはぁ、はぁ、はぁ……。」
一瞬、思考のすべてが「彼」で埋め尽くされていた。
私は床に両手をついて、自分の思考を取り戻そうと踏ん張る。
――何、今の……気持ち、悪い……!
「あれ、叶多君じゃないか。――久しぶり、元気だったかい?」
「…………!」
途ケ吉がこっちを振り返ったのを見て、私は慌てて後ずさる。
でも、逃げられる場所はない。今、玄関の扉は、閉まっている。敵の応援を締め出す措置が、裏目に出た。
「っ、やめろっ!」
陽明さんが途ケ吉に殴り掛かった。
途ケ吉は避けない――陽明さんの拳は、彼の顔面を通り抜けて空を切った。
「くっ……おぉっ!はぁっ!」
彼は何度か諦めずに拳をふるい続けたけれど、そのたびに途ケ吉は体を水に変えてダメージを避けた。
「クソッ――!」
「アハハハハッ!」
途ケ吉は笑いながら液状化し、私の目の前に移動してきた。
「きゃぁっ!」
「――怖がらなくても大丈夫だよ。血のつながりは薄いとはいえ、君は立派な僕の妹だ。僕たちが傷つけ合うことはない。」
途ケ吉は私に向かって優し気に笑いかける。
そしてまた振り返って、部屋の真ん中に戻っていく。
陽明さんは、窓際に後ずさった。
途ケ吉は倒れている園安を覗きこんで、軽い調子で言う。
「――あーあ。結人くん、このままじゃ君、死んじゃいそうだね。どうしようか?」
「…………たす、け、て……。」
園安は不自然な方向に反り返った手足を引きつらせ、血反吐を吐いている。
包丁が刺さったままのわき腹の周りには、血だまりが広がりつつある。
もう、手遅れにも見えた。
「しょうがないなぁ、じゃあ――阿修羅態しかないけど、いいんだね?」
「……いい!力をっ、血をくれっ……俺は、つぼみ、をぉっ……!」
途ケ吉はそれを聞いて満足げに笑う。
「――わかったよ。契約成立だ。」
彼は窓際の二人に向かって、紳士らしく腰を折って別れを告げる。
「じゃあ、僕達はこれで失礼するよ。」
「っ!待てっ!」
「――司君にもよろしくね。」
二人が駆け寄ろうとすると、途ケ吉は体を水に変えて園安を包み込む。
そして、小さく一点に集まっていき――パシャリ、と音を立てて弾けた。
そこにはもう、園安結人の姿もない。
地面に残った血だまりの上に、カラン、と音を立てて包丁が落ちた。
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