第8話 力を持つ者
再び神谷永介視点です。
――深夜。
神谷永介は疲れ切った様子で家路を辿っていた。
今週はずっと、澱町で園安結人の動向を追い続けているが、彼のことをまともに覚えている人間は一人もいなかった……今日も、何の成果もなし。
ここまでたどり着くまでの調査は、危険だった分実りも多く、かなりの手ごたえを感じていたのだが……神谷は、ここに来て自分が行き詰ったことを確信した。
事の発端は、緒方重治の殺害に関与しているらしい「天愛教団」の集会に潜入したことだった。
神谷以外は皆、白装束で「天愛」姓……つまり、全員が信者だった。新しく興味を持ったり、勧誘されたりして参加した者はいなかった。
彼らの活動は神谷が想像していたよりはるかに小規模らしい。集会の発見が難しかったのも、単に知名度の問題だった。
その場の全員から入会を勧められながら、神谷はなんとか言い訳をつけて逃げ出した。
――危なかったぁぁ……!
その数日後、神谷は水瀬市の繁華街で白いローブの女の目撃情報を手に入れた。
その女を探し出して尾行したところ、彼女の凶行に巻き込まれて、病院送りになった。
――殺されるかと思ったっ……!
そしてその後は思いがけず、被害者と同じ高校に『天愛』姓の人間がいることを知り、彼とコンタクトを取った――何たる幸運。
彼は――天愛司は親切で裏表がなく、実に実直そうな子だった。神谷は、あまり警戒する必要はないと判断して「捜査協力」を願い出た。
司は素人臭かったが、市民警察(?)を志して探偵ごっこをしているらしい。神谷は情報のおこぼれを得て、あわよくば教団のことも聞き出そうと思った。
園安結人についての調査結果を天愛司と共有しようとしたところ、途中で電話を切られてしまった。
だが、三回目にかけ直してようやくつながったところ、今度は向こうから食いつくように『結人についての情報が欲しい』と言ってきた。
神谷が『今晩開かれる『パーティー』とやらを監視しに行く予定だ』、と言うと、司はその場所を教えろと迫った。
『ちょ、ちょっと待て。何か事件に関わることなのか?事情を聞かせてくれ……警察に相談できないことなら、私でよければ協力する。』
『……………………わかりました。お願いします。』
司はしばし逡巡してから、神谷の申し出を受け入れた。
かくして神谷は思いがけず、天愛司の「兄姉」――あの白装束たちと共に、胡散臭いパーティー会場へと向かったのだった……白装束たちの中には、以前神谷を襲った女もいた。
そして、到着して数分後。
パーティー会場は炎上し、怪奇現象が続発していた。
――ヤバイ。こんな事態は、本当……キャパオーバーだ。
というか、俺が口封じされる可能性もあるよな、これ。
そう思った神谷は我に返り、戦闘が繰り広げられている間にさっさと逃げだそうとした。
……そして当然のごとく、捕まった。
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携帯の位置情報を切られ、身体検査をされ、後部座席に乗せられ、目隠しをされ、車に乗せられ数時間――
もはや誘拐としか思えなかった。
……だが、教団の施設にたどり着いてからの彼らとの会話は、思っていた以上に和やかに済んだ。
――今度こそっ!殺されるかとっ!思ったぁっ!
刀使いの女――天愛比奈は、割と素直に神谷に謝罪してきた。
だが、『お前のせいでぇ、また誰かがあいつの犠牲になりかけたんですけどぉ?』と、厭味ったらしく付け加えてきた。
確かに一理あると思ったので、神谷も一応謝罪した。
すると他の団員は彼女をたしなめ、神谷に再度謝ってくれた。
お茶菓子が出され、お互いにデスクを囲んでの和やかな話し合いが始まった。
破壊も暴力も何もない……ただし、あくまで神谷は軟禁されていた。
結論から言えば、神谷と教団は共同捜査をすることで合意した。
ただし、「縛り」はついた。幹部の一人が何やら「お口チャック」と称して、神谷に「自分たちのことを口外できない呪い」をかけたらしい。
……本当に自分の口にジッパーが出現した時は戦慄した。
なお、独り言はおろか、メモやデータへの記入さえ許されないらしい。これでは調査もままならないが……致し方ない。
何はともあれ、お互いに情報を交換した結果――
一向に足取りが負えない犯罪者達や、そもそもいなくなったことに気づかれない行方不明者達、発見がやたらと遅い遺体――これらの謎の原因は、軌を一にしている可能性が高いことがわかった。
すなわち、それが敵の「能力」らしい。
単に超常現象を起こすのではなく、人知れず「認識を操る」力――むしろ、よっぽど戦いにくい。
そもそも、どのように行使されているのだろうか。対処する方法などあるのか?
幹部曰く、悪魔の能力の特性からして、『雨宮県全体程の広範囲の人間に、接触もせずに影響を与えられるはずがない』らしい。
なお、その接触と言うのは間接的なもの――何か特定の物質を介してでもいいらしい。
それを聞いて神谷は、ある仮説を思いついた。
神谷と教団は今、ひとまずその仮説を前提に動いているのだが、神谷としては、今までなぜ誰もこの仮説を思いつかなかったのかが不可解だった。
……おそらく、そうした思考さえも、敵の力で制限されているのだろう。
天使たちですら、敵の術中だったのだ。
だが、それを回避するための方法も、既に神谷が提案済みだ。
――うまく行くと良いが……こんな仮説、推理というよりただのファンタジーだしな……。
それにしても、一体なぜ神谷だけがその術から逃れることができているのかもわからない。
彼自身に、悪魔の洗脳に対抗する何らかの「力」があるのだろうか。少なくとも今の彼は、教団にとって重要な特筆戦力と言うことになっているらしい。
――俺だけじゃなくて、警察にもその「力」があればいいのに。
警察と協力することができれば、どれだけいいか。
「県民全員が洗脳されていること」を、まさに敵の術中にいる警察が気づけるはずもない。
悪魔の存在に気づくのも、よほど運が良くなければ不可能だろう。
天使たちが殺した「悪魔」も今まで何人か、警察に怪死体として発見されているらしい。とうぜん検死もされているだろうが、おそらく異常は見つからなかったのだろう。
挙句、水族館に現れた半魚人のような「異形」の悪魔は、死んだ瞬間から「蒸発」してしまうと言う。
結局、あの「天使」達に任せるしかない。
合理的な結論は、どうしてもそういうことになる。
――だが、本当にそれでいいのか?
確かに一応、彼らの活動の正当性は、筋の通ったものだ。
「悪魔」達は司法では裁けないので私たちが殺すしかない。公に彼らの存在を知らせればパニックになるので秘密に活動している。基本的に暴力は好まず、慈善活動を主に行っている――
……だが、神谷は普通の人間の一人として、どうしても違和感があった。
――彼らは、正しい。正しいとしか、言いようがない……ただ、あまりにも割り切りすぎてやしないか?
大体、彼らが「天使」だとか「悪魔」だとかいう分類は、いったい何に由来するのだろうか。
もちろん、行為の性質を見ればどちらが善で悪かは明白だ。
だが、その明白さがむしろ――危うい気がした。
神谷は司法の世界でも、その危うさが何度も露呈していることを知っている。
まして、司法から独立して善悪の定義を決められる、しかも司法よりも目に見えて圧倒的、そして即物的な「力」は……なおさら制限が効かない。
神谷は彼らを見ていて、「天使」だろうと普通の人間の性格分析が適用できることを直感していた。
そうして見てみると、彼らには各々問題がある……もし自分が捜査一課でこんな同僚と一緒だったら、信頼しきれないだろう。
だが何と言おうと、神谷はただの人間で、弱者だ。
人類は結局、「力」を持つ彼らの庇護を甘受するしかないのだった。
……などと考えながら、神谷は憂鬱なため息をつく。
――そして、そんな彼の背後には、白い霧の奔流が迫ってきていた。




