第6話 円卓
追記:ストーリー上のミスがあったので修正をしました。
愛本叶多、高校2年生。
天愛教団の施設で2か月間、身体的拘束を伴う保護を経た後、幹部の能力による「治療」で正気を取り戻した。
今はまず、2か月ぶりのシャワーで衛生状態を取り戻しているところだ。
危険のため拘束を解くこともできず、栄養摂取も排泄の処理もすべて眠らせたまま行っていたのである。
その間、彼女の治療者は教団幹部の円卓会議で報告をしていた。
天愛康祐――ウルフヘアで、話し方がどことなく十代のスポーツ部員のような雰囲気の青年だ。
「――だから本人には、『お前は洗脳されてた』って言っておいた。」
「……それってどうなのぉ?あの子は、自分の罪と向き合わないでも良いって訳ぇ?」
天愛比奈は不満げに言う。
……そう、愛本叶多は洗脳されていたのではない。
潜在的な欲望を、解放されたのだ。
通常であれば意識に上ることも許されない過剰な欲望、破壊的な衝動、他者への憎悪――それらすべてが、理性から解き放たれた。
「……愛本は被害者だぞ。それに、これ以上心の傷を抉る訳にはいかねえだろ。」
「はぁ~、あの子にとって自分は悲劇のヒロインってことで済むわけね。」
「何だよその言い方……。」
「まあ確かに、彼女自身の問題はいつか彼女自身が向き合うべきだとは思う。でもそれはそれ、これはこれだよ。私たちは今、任務が成功したことを素直に喜ぼうよ。」
眼鏡を掛けたポニーテールの女性が穏やかに言う。
天愛優子――リーダー兼外渉役だ。
「そうだな……少なくともあいつは、俺たちの敵じゃなかったってことだ。」
もし、愛本叶多の意識が完全に「治療」を拒否し欲望に身をゆだねていれば――全身の血が沸騰し、死んでいただろう。
康祐の力はあらゆる傷と病に治癒をもたらすが、「悪魔」に対しては死をもたらす。彼らは存在そのものが「治療」対象である病でありウイルスなのだった。
だが、愛本叶多は自分の中の悪魔を浄化される痛みを受け入れ、自我を否定されることを甘受した。その意思が無ければ、治療はそのまま処刑へと移行するしかなかっただろう。
「……で、この後どうするかだけど。とりあえず本人を呼んで話さないとな。」
もし彼女が帰宅できないのであれば、保護の仕方などについても彼女の要望を聞かなくてはならない。
「ていうよりさ~、あの敵のことも聞かないとじゃない?」
「それはもっとあとでだ。トラウマになってるって言っただろ。ちょっとは配慮しろよお前。」
「でもどうせ聞かなきゃいけないじゃない。だったら早い方が良いよぉ?能力が発現してるんでしょ?またすぐなんかやらかすかもぉ。」
「…………それも、そうだね。」
優子は同意した。
「……ああ、しょうがねえか。」
康祐がため息をついた時、会議室の扉が叩かれた。
白装束の一人が両開きの扉を開けると、そこには天愛司に手を引かれた愛本叶多が立っていた。
居心地悪そうに部屋の中を見渡し、うつむく。
脇に控えていた信者が一礼して去って行く。
司が「恐くないよ」と言って入室を促した。叶多はその手を握り返し、ゆっくりと踏み込む。
それを見た天愛烈怒は、心の中で舌打ちをした。
―——調子乗りやがって、クズが。
白装束が扉をそっと引いて閉じる。
叶多は扉の前の空いている席に、司と隣り合って座った。
ちょうどその真正面に座る優子は、にこやかに挨拶をする。
「初めまして、愛本叶多さん。私は天愛優子。一応、教団の代表をやらせてもらってます。よろしくね。」
「……よろしく、お願いします。」
叶多は緊張した面持ちで答える。
緊張と言うより、恐怖の感情も強かった。
彼女は、この場にいる者たちが普通の人間ではないことを知っている。
それに、その内二名が実際に、本物の殺意と共に「能力」を使い、戦う様を見ているのだ。例えそれが正当な暴力だったとしても、彼らを本能的に脅威として捉えてしまう自分がいる。
「本当に、たくさん恐いことがあって、大変だったよね……でももう、私たちがいるから大丈夫だよ。これから叶多ちゃんのことは私たちが全力で守るから。困ったこととか不安なことがあったら何でも言ってね。」
「あ……ありがとう、ございます。」
優子の真摯で慈愛に満ちた言葉が、叶多の心を解きほぐす。
その視線も、そのしぐさも、声のトーンも何もかも――彼女の圧倒的な人間的魅力には、誰でも抗いがたく、警戒を解いてしまう。
「じゃあ取り敢えず、まずは私たちのことから説明するね。」
「天愛教団」。
政府非公認の自警団にして社会活動団体。
宗教法人でも、NPOでもない。
人の力や法では対処できないこの世の闇に対し、同じく人の力や法を超えて介入し、平和を実現するという大いなる使命を持つ。
それ故に非合法・不法な手段も用いる。人々を悪魔たちから守るためには、暴力も辞さない。言うなれば、人間の法をも上回る、天の法の執行者なのだ。
初期は関東地域でまばらに活動していたが、四年前から雨宮県に本部を移動し、「悪魔」狩りを活動の中心に据えた。
しかし長らく、敵の実態がつかめないでいた。数々の怪事件に、次々と存在しなかったことになっていく人々、人知れず散発する怪奇現象――
彼らの使命は、この邪悪な力で歪められた現実を正すこと――雨宮県に平和を取り戻し、失踪者達や事件に関する県民の記憶を取り戻すことだ。
そのためには、あの悪魔どもを一掃しなければならない。
「当然、あなたを洗脳した犯人も罰を受けないといけない。だから、そのためにあなたの証言が欲しいの。そいつの性格とか、経歴の情報とか……思い出すのが辛かったら、無理に話さなくていいよ。」
「…………えっと、ちょっと、待ってください。」
叶多は戸惑った。
今の優子の言いぶりは、いかにも警察が行う正規の事情聴取のようだった。
だが彼らは、警察ではない。と言うよりむしろ……犯罪者だ。
「なんていうか、その……悪魔と戦う、とか、まだ、よくわかんないって言うか……それって、その……。」
悪魔狩り、結人への罰――それはつまり、殺す、ということ。
法律を無視して、私刑を行うということ。
だが、優しくて信頼できる人格者の優子は、ごく自然で合理的な口調でそのことを受け入れさせようとしてくる。それに叶多が協力することが、あたかも当然のように。
叶多もほとんど乗せられかけていたが、不意に迷いと恐れが襲ってきた。
——本当に、良いの?
本当に、この人たちに任せても、良いのだろうか。
結人を殺すために協力しろと言われるのは、暗に彼を殺すことに同意しろ、と言われるに等しい。
叶多にはそんな勇気はなかった。良心が咎めるのではない……ただ、怖かった。
いくら優子さんのお願いでも、少し不安になってしまう。
その不安を自覚した途端、今更別の疑問も湧いてきた。
――あれ?私、優子さんのこと、そんなに好きだったっけ?
初対面なのに、まるでずっと前から知り合いだったかのような安心感で話を聞いていた。
だが、そのことをいぶかしく思っても、不思議と警戒心は湧いてこない。
それもそうだ。警戒する必要などない……だって、優子さんなのだから。
「うん、そうだよね。急にこんな話されても、難しいよね。……私たちがやってるこれは、はっきり言って殺し合い。私にとっても、これは難しいことだよ。悪魔だからって、殺していいのかって。人間の法律に、そんなこと書いてないし。本当に正しいことなのかどうか、保証してくれる人は誰もいないから。」
「……………………。」
「でも、悪魔たちと戦えるのも、私たちしかいない。人間たちに彼らの存在を明かしてもどうしようもないし、そもそも誰も気づかない。だから……何もしない訳にはいかないんだ。」
優子は本音で話していた。誤魔化しも強制もない。純粋に、叶多の主体的な判断に訴えている……ただし、少しの間「戦意と危機感を奪っている」だけだ。
「こうしている間にも、多くの人が犠牲になり続けている。悪魔たちを止めたかったら……やっぱり、生かしてはおけない。」
「……悪魔って……何なんですか。人間、じゃないんですか。」
「……実は、私たちもよくわかってないんだ。でも、そういう生き物っていう解釈が一番合ってると思う。私たち天使のような、超越的存在――ただし、性質は天使と真逆。天使は人間を困難や不幸から救い、進歩へと導く存在。でも悪魔は、自分の欲望のために全てを破壊する存在。人間たちを誘惑して、堕落させる。彼らには、人間的な良心の欠片もない。」
そこまで言われると、もはや殺さない理由が無いように思える。
だが……叶多は、結人が「それ」だと考えるのには激しい違和感があった。
本質は、悪でしかない――本当に、そうなのか?
結人の感情の動きも、自分に向ける愛も、悩みも――すべてがあまりにも、人間らしかった。
あれらもすべて、ただのよくできた演技だったのだろうか?
それとも、叶多がまだ、彼に対する願望を捨てきれていないだけなのだろうか……。
叶多は黙ってうつむいた。
「…………ごめんなさい、ちょっと、頭痛いです……。」
「……じゃあ、さっきの部屋で休もっか。……優子さん、」
司が優子に同意を求めると、彼女は黙ってうなずいた。
「ごめんね、叶多ちゃん……とりあえず、しばらく悪魔のことは考えなくていいから。後で、お家とか学校のことで相談しようね。」
「……はい。」
「でも、一つだけ教えて……あの悪魔の名前って、覚えてたりする?」
「……園安結人、です。」
「覚えてんのかッ!?」
突然烈怒が叫び、机に両手をつく。
全員の飲み物のコップが激しく揺れ、水が飛び散った。
「なんで覚えてんだッ、お前、治療——」
「おい。」
康祐が低い声で制する。
「康祐ッ、こいつも悪魔なんじゃねえのかッ!?」
「……ちゃんと検査はした。愛本は人間だ。」
「…………チッ。」
烈怒は黙って座り直した。
「ごめんね叶多ちゃん、なんでもないから……じゃあ、お大事に。」
優子がそう言うと、再び別の白装束が扉を開く。
叶多は司に促され、気まずい思いで席を立った。
この場にいる者たちが何を考えているのか、自分に何を求めているのか、まったくわからない。
自分はただ順応するしかないのだ、と言う感じがして、終始居心地が悪かった。
一方、叶多に寄り添って歩く司も、かすかな疑問を抱いていた。
――本当に、叶多に「これ」を隠していても、良いのか?
廊下に出た二人の後ろで、付き添いの信者の手によって扉が閉められる。
司が振り返った視線の先では、優子がいつも通り慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
キャラクターが少々渋滞していますね……。
天使たちの役割を簡単にまとめると、
・優子:リーダー/外渉担当
・康祐:メディック担当
・烈怒:タンク担当
・比奈:隠密・暗殺担当
・司:見習い
みたいな感じです。基本的に全員戦えます。




