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第4話 逃避

昨日は諸事情により投稿し損ねてしまったので、本日二日分投稿いたします。

今日の分は19:00投稿です。

 雨が降っていた。


 この街ではおなじみの、土砂降りの大雨だった。

 

 そんな中、一人の少女が傘もささずに走っている。


 行き先も決めぬまま、ただ闇雲に走り続ける。

 

 ……少女には、帰る場所が無かった。


****************************


 匂色つぼみは、追想する。


 一昨年の夏、つぼみの父は死んだ。

 末期がんだった。


 ずっと一人で苦しみ続ける彼の姿を前に、匂色は最後まで、何もしてあげられなかった。

 それ以来ずっと、彼女は自分と言う存在の無力さに気づき、そのことを呪い続けていた。

 

 母親がパートの仕事を掛け持ちして毎日遅くまで働いているのを見て、申し訳なく思った。

 『私も高校辞めて働く』。母親にそう言ったこともあった。

 だが、母は断った。つぼみには、つぼみの将来を大事にして欲しい、と。子供は何も心配しなくていいのだ、と。

 

 思えば、幼いころから同じことを言われ続けてきたのだった。

 だから匂色は言われるがまま、ただ両親に、守られることに甘んじて……甘え続けていた。


 私はただ、勉強を、習い事を頑張っていればいい。そうしていれば、お父さんやお母さんに喜んでもらえるのだから。

 私が嬉しければ、二人も嬉しがってくれる。私の成功が、二人の幸せ。

 それだけで、「自分は価値ある存在だ」と思い込み続けていた。


 だが、父親が死んで今さら、その認識が間違っていた、と気づく。


 自分は、本当は何の役にも立っていなかった。自分は、ただの無力な子供だった。そう気づいて後悔した時には、もう、遅い。


 だが彼女の母は、自分には今まで通り自分の将来のことだけを気にしていろ、と言う。

 もちろん、彼女の期待を裏切るわけにはいかない。匂色は自分の力で、自分の将来をつかみ取らなければいけなかった。今の彼女には結局、自分のことしかできないのだった。

 ――でも、そんなの、おかしい。そんなの……自分、勝手だ。


 ならば、せめて――自分の将来を、誰かの役に立てれば、良いのではないか。


 不意に、そう思い至った。

 助けを必要としている人のために、自分の時間を、力を、人生を使う。

 そうすることで、自分の成功を、文字通り、他人の幸せに変えることが、できるのではないか。


 助けを必要としている、人間――そう考えてすぐ連想したのは、病床に伏す父の姿だった。


『お母さん、私――医者になる。』


 母親は、あまり強くは反対しなかった。どうしてもやりたいと訴えると、聞き入れてくれた。

 勉強はものものすごく得意、という訳ではなかった。

 志す時期が遅いのも、わかっている。

 だが、それでも努力しようと決意した。



 そして、一年後――


 つぼみは、現実の厳しさを目の当たりにしていた。


 自分の家の経済状況等や成績などを考慮すると、公募推薦しか選択肢はなかった。

だがその結果受けることになった推薦の方式は、評定や調査書の内容とともに、センター試験の成績も相当の高得点が要求されるものだった。


 何もかもが、自分が思っていたよりはるかに複雑で、困難だった。


 ――ああ。もっと早く、始めてればよかったかな。ていうかもっと早く、部活もや

めてれば……。

 ううん、そんなこと言っちゃ駄目だ。チームのみんなが、私を必要としてたんだから。

そう、なのに、結局やめちゃった……。


 何も後悔はしていない。してはいけない。あってはならない。

 その分遅れを取った、なんて卑怯な言い訳だ。


 ――ただ、今からもっと努力すればいいだけだ。


 匂色は、部活も恋愛も受験勉強も、全部自分にとって大切なものだと信じていた。人生経験として、将来のために必要なものだと思っていた。

 努力さえすれば、共存させられないわけがなかった。そう思い込んでいた……だが。


 ――推薦って、こんなに大変だったんだ。


 これだったら、一般にしておけばその方が楽だったかもしれない、などとまた思ってしまう。


 ――違う。違う違う違う!


 言い訳はしないと決めたのだ。

 楽な道なんてそもそもある訳がない。それは甘えた考え方だ。私は今まで、自分にできるベストを積み重ねてきたはずなのだから、自分で選んだことは、自分でやり切らなければ――


 そんな風に、何か迷いが生じそうになる度に、自分に言い聞かせ続けた。

 受験期に入るまで待っていられない。かといって、部活の練習も手を抜くことはなく、全力を尽くし、その合間を縫って夜遅くまで勉強していた。せめて、就寝時間は母親と同じくらい遅く、という縛りを作った。


 大会が終わった後、つぼみは更に試験対策に専念し始めた。

 母に無理を言って、高い受講料の講座に通い始めた。

 それでも、元々この低偏差値の学校で、中の上程度の成績だ。思うように伸びない。焦りが強まった。

性に合わないと思いながらも、本をたくさん読むようになった。ネットを開いて目に映る範囲は、全て医療関係の記事や文献で埋まるようにした。


 ――まだ……まだ足りないんだ。もっと、頑張らないと。努力しないと。

 

 もっと欲しい。手に入れないと。

 勉強も、知識も、意識の高さも、人間としての質も、『素質』らしい何かも、もっと、もっと、もっと――


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