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第1話 透明人間

追記:少々修正を加えました。

 小山玲は来客用のソファーに座りながら、せわしなく周囲を見回す。

 

 ここは、私立探偵神谷永介の探偵事務所だ。


 デスクの向こうにいる神谷は、玲には背を向け、ブラインドを下した窓の前で腕組みをしている。玲は悪党どもに追われている可能性があるため、神谷は最大限の警戒をしていた。

 

****************************


 玲は、あの晩火事が起きた会場を逃げ出してから数日、街をあてどなくさまよっていた。

 もはや、どこにも自分の居場所はない。誰も、自分の存在を認識してくれないのだから――まるで、透明人間。

 学校に通っていた頃以上の孤独と絶望に、彼は突き落とされていた。


 今となっては、実の親たちでさえもただの他人だった。

 以前、一度帰宅を試みたが、『お前は誰だ』と言って追い出された。

 だが、それからも何回か、どうしても自宅の前を何度も通ってしまう自分がいた。

 玲は今更、両親に対して謝りたい気持ちになった。


 親なんてどうでもいい、そう思って家を捨てたのに。


 いじめられていたあの日々の中で、実は彼らの存在が自分の心をギリギリのところで支えられていたのだ。

 それなのにあの頃の自分は、彼らは何の助けにもならないと決めつけて、心の壁を厚く張り巡らしていた。

 親の愛なんてくだらないと思っていた。自分を救ってくれるのは、周囲からの称賛と異性からの承認しかないと思っていた――あのいじめっ子たちが持っているもの。自分が一発逆転しそれらを奪い取ることだけが、世界に光をもたらすと信じ込んでいた。


 ……だから玲は、結人についていくことにした。


 ある日突然、底辺の自分に目を留め、手を差し伸べてくれた彼。

 このつまらない日常とは違う、「一発逆転」が実在する異世界を教えてくれた。

 自分みたいな奴にどうして、と聞くと、彼はこう答えた。

『どんな境遇のどんなクズでも、努力すれば勝つチャンスはある。なのに、学校ってのはそれを許さない。っていうか、この『社会』自体がそうだろ。誰か一人が突き抜けるのを許さない。そういうルールは押し付けるくせに、対価はなんも与えない。しかも結局強い奴が勝つのは決まってるのに、『みんな平等』だとか綺麗ごとばっかりほざいてる。……ほんっとにしょうもねえよな?……俺はそれが許せないだけ。別に助けてやってるんじゃねえ。ただ、戦える場所を教えただけだ。』


 結人は怒りに満ちた表情で語った。

 玲にとっては青天の霹靂だった。彼のように顔もよくスポーツもできて人気者の人間が、自分と同じように、社会に対して憤っているなんて。

 自分は彼と、同じ種類の人間なのかもしれない――そんな期待が、玲のプライドをくすぐった。


 結人が言う「タワー」は、いわば新たな「社会」だった。そこでは誰もが自分のやり方で「成果」を上げ、その程度に応じて階級が上がっていくらしい。そして階級がある程度上がった時、人知を超えた「能力」が手に入る。そして最上階に達すれば――死すらも超越した存在、「涅槃」となれる。

 まるでファンタジーの世界だ。玲は初め、からかわれているのかもしれないと思った。だが、結人の態度はどう見ても真剣だった。


 だから――玲は遂に意を決して、あの薬を口にした。


 その瞬間から、世界が変わった。

 薬そのものも素晴らしかった。今まで感じたこともないような満足感と、全能感が得られた。何もかもが虹色に輝き、自分と言う存在の奥底に眠る、素晴らしい「力」に気づくことができた。

 しかも結人の言う通り、副作用などはなかった。


 そして、「兄弟」達の活躍も見えるようになった彼の眼前には、文字通り全くの別世界が広がる。

「五階」に属する男が彼の「仕事」を行うのを見て、彼は「能力」の存在を確信した。

 彼は、霧の中で透明になる力を持っていた。人気のない朝方、濃霧に紛れ、帰宅途中の風俗嬢たちに襲い掛かり、思うがままに彼女たちを犯す――その人数が、彼の成果だった。誰も彼の犯行に気づかないし、止められない。

 警察のような権威でさえ、彼の力の前では無力に等しい。誰も、彼を否定できる者はいない――!


 玲は彼の犯行のおぞましさに衝撃を受けたが、彼がそれより関心があるのは、他人ではなく自分のことだった。彼は「能力」を得て強者となった自分の姿を思い描き、酔いしれた。

 ――さすがに、あそこまでできなくてもいいから……透明より、普通にモテたい。そうだ、魔性体質とか、なれるのか?


 結人は、「お前が一番望むことが、お前の力になる」と言っていた。ならば、強く願えば実現するはずだ――力さえあれば、どんな夢でも、叶えられる。


 玲は結人に言われるがまま、彼の仕事を手伝った。意味の分からない謎めいた伝言を運び、見知らぬ誰かと待ち合わせて荷物を受け取り、それをまた意味もなく別の場所に放置して去り――

 その仕事に何の意味があるかなど、全く気にすることは無かった。

 ただ、時折出会う美女や美少女に褒められ可愛がられることで、やりがいを感じていた。……だが。


 ある時、玲は新しい「仕事」を任された――見知らぬ男を、他のバイト達と一緒にリンチしろ、と。


 この時初めて、玲は思った。『なんでそんなことを』、と。

 

 だが、結人は答えない。ただ、『とにかくやれ』と言ってすごまれた――彼が自分に見せた殺意は、本物だった。

 

 結局玲は自分が傷つかないために、他人を殴りつけ、蹴り飛ばし、痛めつけた。


 事が終わった時、その男は意識はあったものの、かなり血を流していた。

 その後どうなったのかは、わからない。救急車を呼ぶ必要があったのかもしれないが、玲にその勇気はなかった。


 その時になって、玲は今まで目を逸らしていた事実と、向き合わざるを得なかった


 ――自分は、犯罪者たちに加担しているのだ、と。


 そして、突然怖くなった。


 ……だが、もう遅い。


 結人は自分を救い上げた――そしてもう、捕らえて離さない。


 逃げる先は、助けを求められる相手は、いない。


 その道はもう、自分で切り捨ててしまった――


 彼は悟る。今までの絶望など、本当の絶望などではなかったのだ、と。


 それらはただ、悪いイベントが多発し、進行がグダグダしていただけ。

 

 今のこれは――


                 ――ゲームオーバー。


 ……今度こそ、小山玲の人生は完全に詰んだ。


****************************


 朝から待つこと数時間――探偵事務所があるビルの前に、白装束の男が現れた。

神谷は安堵のため息をつく――これで自分の役目は終わった。


 神谷は深夜の歓楽街、路地裏のゴミ箱の間で小山玲を発見した――神谷達にとっての、重要参考人。教団幹部曰く、愛本叶多の洗脳を解くためのヒントを知っている可能性がある、らしい。

 発見次第すぐさま連絡し、事情聴取のうえ教団に引き渡すことにした。

 本来であれば、その相手は警察であるべきだった。だが、今回は致し方ない。


「――時間だ。玲君、話を聞かせてくれてありがとう。」

「……はい。こちらこそ、ほんとに……。」

少年はうつむいたまま言う。

「助けて、くれて……ありがとう、ございました……あの、」


 玲は何やら口ごもり、震え始めた。

「ご……ごめん、なさい。ほんとに、ごめん、なさい!……俺……悪いこと、して……迷惑、かけて……。」

「……取り返しの付かない罪が無かっただけましさ。君はあの場所から逃げ出せたんだ。私はむしろ、そのことが喜ばしいと思うね。」

神谷は目を伏せながら言う。

「……俺は、ただ、自分のために、逃げた、だけで……あの人に、従ってたのも……怖かったから、で……お、俺はずっと、ただ、勇気が無くて、そのせいで、全部っ……!」

 どうせ、人を殺すなど大それたことをする勇気もない。それなのに、そう言った行為の是非を深く考えず、ただ自分が強くなれるという上手い話に釣られて、ずるずると引きずりこまれていった。

「でも、私からは逃げなかっただろう?」

「…………え?」


 玲は顔を上げる。

 神谷はその瞳をまっすぐ見返しながら、告げた。

「君には、誰かに助けを求める勇気はまだあったんだ。たとえその結果捕まって罰を受けることになったとしても、ね。君の勇気は、人を殺したり強姦したりする方にはいかないで済んだんだ。大丈夫、今からでもやり直せるさ……君なら、その勇気を持てる。」


 玲は、声を殺して泣き始める。

 神谷は刑事時代の、少年犯罪の取り調べを思い出した。


 ――まあ、この場合きちんと裁く以前に、彼の身分を警察が思い出さなきゃならないが。

 

 それもすべて、あの教団の「天使」達にかかっている。彼らにすべて任せるしかない。


 神谷は、今も川上葵の行方を捜査しているであろう冴島のことを思った。 


 この雨宮県で、彼の苦労が報われることは、永遠にない。

 次の事件も、またその次の事件も――警察は解決できない。

 一方市民たちは、事件が起きている事すら気づかない。誰かが消えても気づかない。そして名前のない忘れ去られた死体を手にした警察は、それらをひそかに葬り去る。

 

 市民たちの中では、警察への信頼どころか、自らの危機への関心すらどんどん薄れていく。社会の中で生かされていることを、無意識のうちに当然と感じている。

 

 おぞましい事件の数々も、人の命も、あたかも透明になったかのように、あってもなくても同じものとして扱われるようになる。

 

 あたかもそれが天の法則であるかのように、人間がただ自動的に生かされて、いつか偶然殺されるのを待つ、そんな世界――

 

 もしかするとずっと前から、そうだったのだろうか。

 そして今はただ、彼らを守る役目が、警察から「天使」に移っただけなのか――


 神谷は刑事だったころから優秀だった。

 どんな難事件でも、矜持と忍耐、それに持ち前の推理力で解決に導くことができた。

 

 だが、そんな彼の物語のパターンも、超常現象というイレギュラーの前にはあっさりと崩れてしまった。

 もはや彼は、一人の無力な人間でしかない。人間がどれだけあがいても、無駄だ。

 今となっては真実も正義も、彼ら「天使」に独占権がある。


 ……どうにも、やるせない。


 だがそれでも、神谷は彼らと真実を共有し協力できるだけまだましなのだろう。

 

 そう、自分に言い聞かせるしかなかった。

神谷さん、人探しに関してはとにかく勘がいいみたいです。

ちなみに彼は「未解決刑事事件の名探偵」ではありますが、ぶっちゃけ普段は浮気調査が主です。

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