第11話 牽牛花の桎梏
今日は諸事情により早めに投稿します。
突然、結人の背中からぶちぶちと音を立てて、真っ赤な蔓が生えだした。
「――――っ!?」
無数の蔓がすさまじい速度であふれ出し、司に向かって伸びていく。その先端の白いつぼみが、鋭利な刃物のようにきらめいた。
司は一瞬ひるんだが、すぐに彼自身の「能力」を発動し、姿を消す。
次の瞬間には、彼は二人の背後を取っていた。
静止した世界で、司は結人に攻撃を試みる……だが、既に彼らの周囲は赤い蔦が覆い尽くしていた。しかも彼らはその檻の中で、固く手をつないでいる。
蔦ごと結人を吹き飛ばそうとすれば、叶多も重傷を負う。
だが、「翼の下」――時間の流れが遅い世界に叶多を招き入れれば、接触している結人も一緒に入ってくる。なすすべがなかった。
司が迷っている間に、時間の流れが等速に戻る。
宙に飛び出していた司は、そのまま自由落下する――そこに、まるで見えているかのように、四本の蔦が飛んできた。
「っ!!?」
司は腕で胴体をかばうが、蔦は容赦なく彼の四肢に突き刺さる。
「うっ……あぁっ!?あああぁぁ!!!」
司は地面に背中から倒れた。
赤い蔦は体内に入った途端、固体の形を崩して手足全体に広がり始めた。体表には、あたかも血管のような蚯蚓腫れが膨らみ、じわじわと二の腕や太ももにと伸びていく。実体のない「蔦」が、徐々に彼の体をむしばんでいく。
「あっ……うぐっ……あああぁっ……!」
想像を絶する激痛が、思考力さえ奪っていく。
腕も足も、まったく思い通りに動かせない。
ただ、体内の「蔦」に操られるようにビクビクと、ランダムに痙攣し続ける。
司はただ、悶絶しながら叫び続けるしかなかった。
結人は司の方を振り返った。
「……ああ、これが…………。」
今度は自分から、司の方に歩み寄ってくる。
「これが、俺の『力』か……!」
結人はこの上ない高揚感に満たされながら、恍惚とした笑みを浮かべた。
その傍らの空中には、既に蔦で雁字搦めになった愛本叶多が吊り下げられている。
「見てよ叶多……!俺、こんなに強くなったんだ!これでお前のことを守ってやる!」
「すごい……これ、全部先輩の体なの!?」
叶多は眼前でもがき苦しむ司のことなど、目に入っていない。自分の体に絡みつくグロテスクな蔦に、惚れ惚れした視線を向けていた。
「いいなぁ……私も先輩の体、欲しいなあ……!刺して!私にも刺して早く!」
叶多は倒錯したことを喚き散らし、嬌声を上げる。
「えぇ~、どうしよっかなぁ……これって気持ちいいのかなぁ?それとも、痛いだけ……?ねえ司くん、どうなの?」
司はそんな叶多の様子を見て、完全に気力を奪われた。
――ああ、駄目か、もう。
彼女はもう、完全に壊れてしまったのだ。「愛本叶多」は、もうこの世には存在しない。
……二人とも殺しておくのが正しかったのだろうか。
――ダメだ。どう考えても、そんなことはできない。
自分はやはり、戦士にはなれないのだった。
視界がにじみ、意識がもうろうとしてくる――脱水症状だった。だが司は、自分の体に何が起きているかさえ、理解していない。
もう、何も考えたいとさえ思わない。
結人の「蔦」は、司の体内の水分を奪って成長していく。
やがて犯された皮膚の一部を、ぶちぶちと音を立て何かが突き破ってくる。
それは、司自身の赤色で染まった純白の花弁――そこに絡みついた粘り気のある水分は、彼の命そのものだった。
花弁は淫らに血の糸を引きながら、徐々に花開き始める。
醜く、美しく、冒涜的に――
――その時、結人の背後から白装束の女が飛び掛かった。
「――――『蜘蛛の糸』ッ!!!」
その一閃で、愛本叶多の拘束が解かれる。
次の一閃で、司の体につながっている蔦も断たれる。
そして最後の一閃は、園安結人の頸部を狙って放たれた。……だが、蔦の壁がそれを辛うじて阻む。
万能感に浸っていた結人は、再び自分の命が脅かす強者の存在が、許せない。
「……てめえ!この前はよくもっ!」
「こっちの台詞だッ――よくも俺の弟をォォッ!」
結人が振り返るとその眼前には、燃え盛る炎の拳が迫っていた。
結人は蔦を使って防ごうとする。
相手もそれらを破壊せんとし、拳にまとった炎を爆発に変える。蔦が身代わりになってくれるはずだった――だが、距離が近すぎる。
顔面の5センチ手前で起きた爆発は、結人に十分強烈なダメージを与えた。
「死ねェッ!」
烈怒はもう片方の拳にも炎を纏わせ、二撃目を放とうとする。
だが、追撃が来るより先に、結人は後方に飛んで避けた。ビルの壁面に刺さった蔦が、彼の体を引っ張っていた。
「あぁっ!あぅっ!ああぁぁぁあ!」
空中で顔を覆って結人は叫ぶ。
「『イグニート・ブラスター』!」
烈怒は容赦なく追撃を加える――豪炎が狭い裏路地を突き抜けていく。
夜空に、炎の柱が立った。
…………炎が消え去った後に、結人の姿はもうなかった。
「…………クソッ、逃げやがったッ!」
「……結人先輩?」
叶多は茫然とする。
「……待って、行かないで!やだ!……戻ってきて!やだ、さみしい!やぁだ!ねえ、ねえ!」
彼女にまとわりついた蔦が、霧となって消えていく。自由の身になった彼女は駆けだそうとしたが、天愛烈怒がその腕をつかみ、ひねり上げる。
「離して!やだっ!い、たい……!」
「このメスガキがッ!おとなしくしろッ!」
烈怒は叶多の首筋に手刀を叩き込み、気絶させた。
「お前のせいで司が……!絶対に許せねえッ!」
気絶した叶多に向かって、烈怒は憎々しげに言う。
一方、刀使いの女――天愛比奈は平静を保っていた。
ペンライトで照らしながら、司の容態を確認する。
彼の体からも例の霧が立ち昇り、汚れたモノが消えて行くところだった。
だが、彼の意識は戻らない。
彼女の医療知識は素人並ではないものの、彼が貧血状態であること以外はよくわからなかった。そもそも、敵の能力の詳細も不明だ。
遠くからパトカーと消防車のサイレンが聞こえてくる。先ほどの火柱も、誰かに見られただろう。
……まずは何より司の治療、それに叶多の精神鑑定もしないといけない。
「レッド、早く行くよ。」
「……クソッ。」
比奈は司を、烈怒は叶多をそれぞれ背負う。
比奈は烈怒の手を掴む――四人は一体化し、白い一枚の羽衣に姿を変える。
亡霊のような白い影は、重い質量を辛うじて支えてよろめきながら、建物の隙間に消えていった。
第3章、これにて終演。




