第10話 Party Time
エピソードの分割にミスがあったので修正しました。すみません……。
――ようやく、この時が来た。
園安結人はこの上ない幸福感を噛みしめた。
何とか疑われることなく、「聖餐」まで持っていくことができた。
毎回用量を増やして徐々に判断力を奪い、警戒できないようにした、と言うのもある。だが一か月間、はやる気持ちを抑え続けた自分の忍耐のおかげでもあるだろう。自分を褒めてもいいはずだ。
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結人が「四階」に上がって約一年が経ったころ――途ケ吉は遂に『秘密の教え』を明らかにしてくれた。
『僕の血はね、人間の欲を強化し、『力』に変えるだけじゃない。人間の体内に取り込まれ、再生産された血は、その人間の『欲』自体を吸い取って変質するんだ。』
図書室の回転椅子の上で、彼は世間話のように語った。
その傍らの机上には、「ロミオとジュリエット」が放り出してある。彼にとっては、何度読んでも笑える素晴らしい名作だった。
『いわば、僕の血がハードウェア、個々の欲望がソフトウェアに当たる……金が欲しい、名誉が欲しい、性が欲しい、力が欲しい――――愛が欲しい。色とりどり様々な『欲』が人間に『物語』を与える。そして物語の主人公になれば、力が手に入る――どんな苦痛にも耐え、他の全てを犠牲にしてでも、はるか高みの『ハッピーエンド』を目指す力さ!』
途ケ吉人志は――地を這う人間に物語を与え給う天使は、謡うように言う。
『この薬は、かつて君を愛した三人の人間から抽出した、純粋な『園安結人』に対する欲望のみで練り上げられている……どういうことか、わかるよね?』
途ケ吉は、錠剤を詰めた袋を差し出した。
結人は切望と絶望が入り混じった、訳の分からない焦燥感に駆られてそれを受け取
る。
『まあ基本的にはいつもの『試供品』と変わらない。顧客が一袋分摂取し終えたら、晴れて『聖餐』だ――その頃には叶多ちゃんは、天使の血なしでは生きられない体になってるよ。』
途ケ吉は、さわやかな笑顔と共にそう言った。
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「叶多。聞こえてる?」
「はいぃ。ちゃんと聞こえてますぅ……。」
「どう、俺のこと欲しい?」
「うん、欲しい……今すぐ欲しい、どうしても欲しいぃ!あとではヤダぁ!」
叶多は絡みつくような甘い声色と共に、退行したかのように駄々をこねる。
結人は湧き上がってくる欲望を抑えつけながら、恍惚としてつぶやく。
「…………すげえ、マジで、こんな……じゃ、じゃあさ…………俺の家、来てくれ
る?」
「…………は、はい!」
叶多は完全に舞い上がっていた。
結人は叶多の腰に腕を回す。
――もうパーティーなんて知らねえ。さっさと帰ろう、一緒に……。
――やった、やった!先輩が私のものになる、私のもの、私のものに……。
結人の欲することは、全てそのまま叶多の喜びとなる――二人の想いは、まさに一つだった。
「――そのまま、ずっと一緒にいてよ。」
「え……い、いいんですかぁ!?」
「うん。二人で逃げようぜ。親とか社会とかさ、嘘まみれの奴らなんてこっちから捨ててやるんだ……!本物なのは……俺たちの愛だけだ。だろ?」
結人は陶酔したように言う。
「……先輩!」
二人は目を閉じて、もう一度キスを交わそうとした……。
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ちょうどその頃。
一階のパーティー会場には、招かれざる客たちが乱入していた。
奇妙な白装束に身を包んだ、成年の男女たち。
彼らを追い出そうとした警備員たちは、既に全員気絶している。
先頭に立つ真紅の髪を持つ青年は、いきり立って叫ぶ。
「観念しろッ、悪魔どもッ!」
「天愛教団……どうしてここが……!?まさか、『霧隠れ』が破られたのか?」
主催者の男が動揺した声を上げる。
「おいてめえッ、園安結人はどこだッ!」
「っ…………さあ、存じ上げませんね。と言うかそれ以前に――申し訳ありませんが、一般の方のご参加はご遠慮いただいています。」
男は白装束たちをにらむ。
「――速やかに、お引き取り願おうか。」
「フンッ!断るッ!」
赤毛の男が再び怒鳴った。
不意に、赤と黒のロリータに身を包んだ女性が声を上げた。
「ねぇ~、あんたたちなんでしょ?ウサギちゃん達殺したの。」
「ああそうだッ!悪魔どもに天誅を下すのが俺たちの使命だッ!」
「何その言い方ぁ~、ムカつくんですけどぉ?
――――ていうかぁ……マジ許せないっていうかぁ?」
女性は素人にもわかるような殺気を放つ。
「お前、やる気か……ッ!」
青年の周囲の空間に、無数の火の球が出現する。
それを受けて、その場にいる全員が臨戦態勢に入った。同じように殺意を抱いた者もいれば、戦いを避けられないと判断した者もいた。
「かかってこい悪魔どもッ!全員焼き尽くしてやるぜッ!」
「ダメだよ烈怒くん!普通の人たちだっているんだから……!他のみんなも、巻き込まないように気を付けて!」
「え~、難しいんじゃなぁい?」
「善処しよう。」
「――いい子ぶってんじゃねぇよカス共がっ!」
白装束たちが話している間に、一人の敵が先に動き出した――戦いの火蓋が、なし崩し的に切って落とされる。
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いっぽう監視カメラの向こう側、映像を受信している途ケ吉は、想定外の事態に困惑していた。
――第三者が協力したのか。認識阻害への『免疫』持ちの何者かが……。
彼は監視カメラの映像を二階外壁に切り替え、建物の周りを探る。
――いた。こいつか。
建物の裏、テナントビルの屋上に、双眼鏡を持った男が立っている。
――やはり人間か……よりにもよって、最悪の計算外だ……。
途ケ吉は舌打ちをする。
……数秒後、華やかなパーティー会場は一転して、この世のものとは思えない戦場となった。
ある者は物理を捻じ曲げ、ある者は変化する。
空中で火球と氷塊がぶつかり、刀と鞭が火花を散らす。
監視カメラはすぐに破壊され、映像は途切れた。
途ケ吉は再び監視カメラを切り替え、周辺を捜索する。先ほどビルの屋上にいた男が、路地裏を走り去っていく。至近距離で顔を確認できた。
「…………全く。よくもやってくれたね……。」
途ケ吉人志は、暗い怒りを抑えながら言った。
――絶対に、許さない。
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結人と叶多がキスをしようとした瞬間、轟音と共に激しい衝撃が二人を襲う。二人は折り重なって床に倒れた。
「っ!!」
「――っ、ご、ごめん叶多!大丈夫――?」
そう言いながら、結人は建物の中に視線を向ける――そして、言葉を途絶えさせる。
「……は?」
「……火事!?」
一階からは、たくさんの怒鳴り声や悲鳴が聞こえてきた。それに続いて、大きな物が壊れる音や、何かが爆ぜるような音がする。
「いや、なにぃっ!?」
――せっかくいい所だったのに、どうして邪魔するの!?
叶多は恐怖など全く感じていなかった。代わりに湧き上がってきたのは、騒ぎを起こした何者かに対する純粋な怒りだった。
叶多は結人に手を貸してもらい、立ち上がる。廊下の方から、真っ黒な煙があふれ出してきた。
「クソッ、なんで見つかったんだよ……!?」
結人は震え始めた。
――まずい。どっちの方が勝ってるんだ?
敵の力がわからない。
殺される?焼き尽くされる?嫌だ、嫌だ嫌だ絶対に――!
少し迷った末、叫ぶ。
「叶多…………!飛び降りるぞ!」
「は、はい!」
叶多は結人に抱きかかえられて夢見心地になる。
すぐそこに命の危険が迫っていることなど忘れてしまいそうだった。むしろ、このまま二人で死ぬのもいいかもしれない。
たかだが二階程度の高さ――着地には難なく成功した。
「こっちだ!」
結人に手を引かれて、叶多はよろめきながら駆け出す。パンプスとスカートだと、とにかく走りにくい。
そんな二人を、一人の少年が叫びながら追い越していく。先ほど会った結人の後輩だった。
建物の一階では、既に炎が回り始めている。
割れた窓の向こうで、誰かが叫ぶ。
「――まずい!炎で結界が壊れた!サツが来るぞ!」
何人かの人たちが、白装束の人物たちに連れられて建物から逃げだしていた。だが、結人たちは目もくれない。
「……おい、そこの君たち!」
白装束が二人に気づいた。
「早く!」
結人が捕まるまいと叶多を急かす。
……次の瞬間、地面の脇の排水溝から、唐突に大量の水が噴き出した。
それに続くように、建物周辺のあちこちで噴水が舞い上がる。
それらの水はひとりでに空中でとぐろを巻き、建物に向かって飛び込んでいった。二人を追いかけようとした白装束は、水流で行く手を阻まれる。
結人と叶多は路地を曲がり、姿をくらました。
結人は必死だったが、叶多は俊足の彼に腕を引かれて辛うじて体勢を保っているのにもかかわらず、愉快でしょうがなかった。二人で危険から逃げ、息を合わせて走っているというこの劇的な状況が、愉快だった。自然に笑みがこぼれてくる。
――二人なら、どこまでも逃げて行ける。そんな気がしていた。
……だがそんな二人の目の間に、突然何かが煌めいた。
「っ!何だ……?」
光の残像と共に、その場に降って湧いたように人影が現れる。
「――ちょっと待って!襲ったりしないから……悪人じゃない人もいるって知ってる。だから保護しに来たんだ。」
「……なんで、お前が。」
神速で天を駆け、人間を悪から救い出す天使――天愛司が、舞い降りた。




