第7話 瞳の中の虹
よくわからない演説の後、私は先輩に連れられて二階のバルコニーにやってきた。
夜のネオン街が一望できる――美しい虹の世界が。
「どう?いつものバーの景色とどっちが好き?」
「う~ん、先輩と一緒に見る景色なら、どこでも綺麗です!」
「アハハッ……。」
本音だった。前はそんなに景色で感動したりしなかったのに、今こうして先輩と一緒
にいると、全てが輝いて見える。
「……実は俺、このあたり詳しいんだ。小さいころからいたからさ。」
「あぁ……。」
「そう、昔の友達にはさ、俺が夜の街に詳しいからって、なんか強い奴だと思われてさ……ほんとは、違うのに。それで一緒につるんでてさ。」
中学生とかの時の話だろうか。
「でもほんとはただの虚勢っていうか、イメージに合わせてるだけって言うか……前に叶多が言ってたのと一緒。ほんとは、弱かった……。一人じゃ何もできない。何にも勝てない。自分の身も守れない……。でもみんな、気づかなかった……そう言う表面的なことでしか、俺のことを見てくれなかった。」
先輩はこちらから顔をそむけたまま、震えた声で言う。お酒が回っているのかもしれ
ない。
「それでなんか、ある時からむなしくなったって言うか……みんな、そうやって仮面つけて慣れ合ってるだけみたいな感じでさ……結局、ほんとに俺のこと好きになってくれる人なんて、いなかったんだよな。」
「そんなこと…………。」
「実際、みんないなくなったんだ……もうあいつらは、誰も俺の傍に残ってない。母さんだって、最後まで俺の面倒見てくれなくて、全部投げ出して勝手に死んだし……!」
――それは、違うと思う。
そう思っても、口には出せなかった。
私は第三者だ――何も、知らない。
「……………………。」
「だからさ……時々、すげえ怖くなるっていうか。俺って……誰にも愛されないんじゃないか、って。なんだろ、俺が悪いのかな?俺なんか、愛される資格無いのかな……?」
「
そんなことない!」
私は自分の声に自分で驚いた。
「――先輩が愛される資格ないなんて、そんなことない!誰かが先輩のことを愛しきれなかったとしても、それはその人が弱かっただけ――先輩の弱さを受け止められるくらいの強さが、なかっただけと思います。」
自分が何を言おうとしているのかわからない。ただ、全身を熱い何かが支配している感覚があって、それに突き動かされていた。
「……私だって、弱いです。先輩より、ずっと弱いです。自覚してます。失恋だって、したことあるし…………でも、ていうか、だからって言うか……。」
私は目を泳がせながら、勢いでものすごくカッコつけたことを言う。
「結人先輩が弱い人だって言うなら……その、弱い人同士で支え合えば、いいかなって――」
「……………………。」
無言だった。
私は思わず、先輩の腕に触れてしまう。
「――先輩、大丈夫、ですか……?」
……先輩は、こっちを振り向いた。
その頬には、涙が伝っている。
「叶多っ……!」
抱きつかれた。
「~~~っ!! ……先輩っ、あの、ちょっと……息、できないです!」
「ごめんっ……抑えられなくて…………ていうか、ねえ、ほんとに、いいのかな?」
「え?」
先輩は荒い息をつきながら、私とまっすぐ目を合わせる。
涙で潤んだ瞳は、宝石のようにきれいだった。
「叶多は、本心から俺のこと、受け入れてくれるのかなぁ……?」
「――――もちろんです。私、結人先輩のこと、好きですから。」
――そうだ。私はこの人が好きなんだから。
私たちは、お互いの目を見つめ合う。
――きっと、この人の為ならなんだってできちゃう。
そんな気がした。
だから次に訪れるその瞬間も、すんなり受け入れられた。
先輩と私の唇が、重なる。
心がつながる。
わかりあえる。
私たちは、一つになれる――
ほんの一瞬、昔のことが脳裏を横切ったけど――でも、そんなことはどうだってよかった。
――ああ、良かった。
頭の中を、体の中を、幸福感がいっぱいに満たしていく。
温かい。気持ちいい――
そのことが、この愛が本物だという何よりの証明だった。
二秒、三秒、四秒――
まだ、まだだ。
二人の顔は離れない。
先輩が離してくれないのか――それとも私が離れたくないのか。
それとも、その両方なのかも知れない。
「ん、ん……。」
またちょっと息苦しくなる。でも、そんなことはどうでも良い。
人生で初めての、『恍惚とした』って感じだった――
口の中に、何かあったかいものが入ってくる。
驚いたけれど、私はもう逆らう気にはなれなかった。
――欲しい、もっと、欲しい……。
段々と意識が朦朧としてきた……というか、普通に息が止まりそうだった。
「んん~~!ん~ん!」
私は本気で体をよじってヘルプサインを出す。
「ん、あ……ご、ごめん叶多!大丈夫か!?」
「えほっ、えほっ、うえっほぉ……!大丈夫、です。」
「ごめん、ほんとに……。」
「いや、先輩のせいじゃないです……私も、離れるの忘れちゃって……。」
自分で言っているうちに恥ずかしくなってきて顔が真っ赤になる。
「――叶多。」
「は、はい……。」
先輩の顔が直視できない。
「今の叶多、すっごくかわいいよ。今まで見た中で、一番かわいいし……。」
「…………かわいいし?」
「……めちゃくちゃ、欲しくなる。」
「へぇっ……!?ほ、『欲しい』って……。」
私は動揺しまくった。
「ねえ、叶多?俺はどう?今、俺のことどう見えてる……?」
「えっと……。」
「俺のこと、どれくらい欲しい?」
私の目に映った先輩は、今まで見たことがないくらい綺麗だった――かっこいいとか、イケメンなんて言葉じゃ安っぽく感じる。
ただ、綺麗としか言いようがなかった。
何だろう、例えるものが思いつかない。この世のものじゃないみたい。目が眩む。まぶしい。体がふらふらする。先輩の体中のすべてが輝いて見える――なんて言い方したら、いやらしいかな。でも事実だし仕方ない。特に、特に、その涙でキラキラ輝いた瞳が、その奥に輝く虹が、私の、理性を、理屈を、奪い去っていく。
――ああ、やばい。
――――――――――――――――大好き。
もうほんとに好き。
好き――ほんとに好き。
好き、好き、好きなの好き好き愛してる大好きかっこよすぎマジで最高好きすきスキ早く欲しいその唇が欲しい体が欲しい魂が欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しいホシイホシイ…………!
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……水瀬市から遥か遠く、とある隠された場所で、途ケ吉人志は監視用のモニターを眺めている。
パーティー会場周辺の監視カメラの映像は、全てここで見ることができた
戸惑いながら赤い液体を口にする、行き場のない人間たち。
愚かで可愛い、途ケ吉の子供たちだ。
その中の一人――園安結人はフィアンセを連れて、二階へと姿を消す。
「――よかったね、結人君。これで叶多君も僕らの仲間だ。」
途ケ吉はそう呟いた。
二人の恋模様も、書いていて楽しかったです。お付き合いいただきありがとうございました。
次回からもよろしくお願いいたします。