第6話 新世界
文化祭も終わって、11月が来た。
とある肌寒い日曜日。
私、愛本叶多は夜の水瀬市に来ていた。
先輩の友達が主催するパーティー、らしい。
よくわからないけれど、社交クラブ、みたいなことをやっているらしかった。『どうしても来てほしい』って急に言われて結構焦った。
――先輩、最近無理してないかな。怪我も治ったばっかりなのに。
何か――大事な話がある、みたいなことだろうか。
私はそう思ってすごく緊張していた。
そんな大事な時なのに、気が散ることもいくつかあった。
まず、さっきから何故かずっと、司からのLINEがうるさい。
先輩と会う予定があるかどうかとか、やたらと聞いてくる。
面倒臭かったからとうとうブロックした。
――何なのあいつ、今更嫉妬?
司に限ってそんなことはありえないのに、私はそれ以上深く考えずに済ませた。司なんかにかまっている余裕はない。
それともう一つは、両親がうるさいことだ。
私は例のごとく、勝手に行くことにした。
もう最近は、会話もしていない。あとで文句を言われようが知ったことじゃない。
……あと一年弱、実家暮らしに耐えられるだろうか。
大丈夫だきっと。今の私には、この恋の熱情があるから。
何だか最近、私はものすごく浮かれていた。
二人の関係が深まったからか、ホルモンの周期とかの関係かわからないけれど、とにかくもう、先輩の顔を見るだけで『好き』っていう気持ちがあふれ出して止まらなくなってしまう。
――ああ、ちょっとヤバいかも、なんて思って。
今までこんな気持ちになったことなんてなかったから、自分でも驚いている。
本物の恋って、こんなにすごいんだ、って……。
……浮れるのもいいけれど、きちんと服装を考えないといけなかった。
堅い雰囲気ではないらしいけれど、一応しっかりおしゃれしていくことにした。
ドレスコードとして赤系の服を着ることになっているらしいから、この前先輩に買ってもらったワイン色のスカートを履くことにした。……こういう大人っぽい色は、似合わない気がして気が引ける。
上は白いブラウスにした。胸に黒いリボンが付いていて、フリルは控えめ。迷ったけれど、少しだけ可愛い系にすることにした。
先輩は待ち合わせ場所の駅で私の服装を見て、一瞬言葉に詰まったみたいだった。
『ど、どうですか?』
『……いや、ごめんちょっと、見とれちゃって……めちゃくちゃ、良い。』
……一瞬、まずかったのかと思って焦った。
『その色、やっぱりいいな……あんまりタイプじゃないって言ってたよね。』
『あ、はい。でも、先輩が選んでくれたから、もう好きになりそうです。』
『ああ、良かった……その色は、なんていうか……大事な色だから、好きになって欲しい。』
『先輩にとってですか?』
『俺たちにとって、だよ。』
そう言って先輩は私の顎を撫でる。
私はここ数週間で、大分距離を縮めるのに成功していた。
慣れれば全然恐くない――今まで感じていた圧迫感が嘘みたいだった。
当然だ。好きな人を拒む理由なんて、ない。
パーティーの前にも、デートプランが用意されていた。
カフェ行って、ゲームセンター行って……先輩でUFOキャッチャーでウサギのぬいぐるみを取ってもらった。この前行った遊園地のマスコットキャラクターだった。ブサカワ系の。
先輩は今までになくテンションが高かった……どうしたんだろうって思うくらい。
でも時々ちゃんと、『大丈夫、疲れてない?』って聞いてくれた。
この後に社交パーティー、って言うのがけっこうタフなスケジュールだってことは、わかってるらしい。先輩自身も、無理にはしゃいでいる感じがあって、むしろこっちが心配になった。
段々と私は確信するようになった。絶対、大事な話だ。
――どんな話だろう……まさかプロポーズとかじゃ、ないよね?
さすがにそれは早すぎる。
――というか何だか、先輩……焦ってる?
気のせいかも、知れないけれど……。
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タクシーを使って着いた会場は、二階建ての洋館だった。
深い霧の中で、ホラー映画みたいにそのシルエットが浮かび上がる。
「…………うわぁ。」
そういうデザインのレストラン、とかではなくて本当に明治か大正くらいに建てられたような。
白ペンキで木造の古めかしい、でも綺麗な、なんか、すごい……。
建物の前の通りは、大きな川に面している。
入口の両開きの扉の前に、執事風の服を着た警備員?みたいな人が立っていた。先輩が声をかけると、『お待ちしておりました』と言って扉を開けてくれる……余計に緊張した。
「先輩……?」
「大丈夫。普通にしてればいいから。」
会場には若い人が多かった。
先輩が言っていた通り、みんなおしゃれの仕方はそれぞれだった。
……赤い蝶ネクタイをつけているだけの、浮浪者みたいな身なりの人もいた。目が合ったら睨まれた。
「……なんか、怖い人いません?」
「……気にしないで。メンバーっていうか、いろんな奴がいるからさ。……でも、叶多にちょっかいは出させないから。」
そう言って先輩は私の背に手を回す。そうしてもらえると、絶対大丈夫な気がする。
――ビッフェ形式って確か……時計回りで取るんだっけ。
そんなこと考える必要はないって先輩は言っていたけれど。
確かに、どっちかと言うと無礼講と言うか、飲み会みたいな雰囲気まであった。
私は近くの人たちの下品な会話に耳をふさぎつつ、先輩に寄り添って小さくなって歩く。
「おーユイちゃん、久しぶり!え、その娘が新しいカノジョぉ?」
先輩に男の人が話しかけてきた。金髪でピアス――って言うとなんか不良っぽいけどそんなことはなく、服装はラフだけど上品な感じだし、高そうなアクセサリーをいっぱいつけている。
私が生涯関わることがないと思ってたタイプの人だった……。
年は結構離れてそうだけど、先輩とは親し気な雰囲気だった。
「そう、叶多って言うんだ。ああ、叶多、こいつ『トシ』。」
「初めまして、よろしく。」
そう言ってトシさんは私の手をさっと取る。
「あ、ど、どうも……。」
「いや~、ユイちゃんのカノジョにしてはって言うとあれだけど、めずらしくカワイ
イ系なんだねぇ。お近づきに慣れて光栄だよ。」
「近づかせねえよバカ。」
そう言って二人は声高に笑う。
――待って、このノリちょっと、ついていけないかも……いや、これぐらい我慢できないとダメでしょ!
私は心の中で自分の頬をたたく。
私もせめて、隣に立ってて恥ずかしくないようにしたいとは思うけど、こういうのに慣れるには時間がかかりそうだ。
その次に先輩が話しかけたのは、一人でキョドっている男子だった。私たちと同じ高校生らしかった。黒いパーカーとジーンズ……ドレスコードを無視していた。
風邪をひいてる訳でもないのに、マスクをつけている。余計感じ悪い。
名前は「小山玲」って言うらしい。
「ちゃんと来たんだな。良かった。」
「あ、はい……。あ、あの、怪我、大丈夫、ですか……。」
「ああ、たいしたことない。……ていうかお前さ、あの時なんで逃げたんだよ。」
「っ……ご、ごめん、なさい……。」
「いや別に、責めてないし?」
「あ……あの、すいません。あ……あの変な女……逮捕、されましたか……?」
「いや、逃げた……ていうか、もうあんまり気にすんな。ビビりすぎなんだよお前。」
先輩はいい加減な感じで言う。
どうやらこいつは、あの白装束に先輩と一緒に襲われた人らしい……いかにも自分だけ逃げそうな顔だった。
「あの……この、人」
「叶多。俺の彼女。」
「あ……愛本、さん。やっぱり。」
「あ、知ってんのかよ?」
「えっと、そ、きょね、同じ、クラスで……。」
「え?……違うと思うけど。」
顔も見たことない。
「えっ、あっ……。」
「気のせいだろ。……ていうかお前、女子の友達なんて居ねえだろ。」
先輩がそう言って小山くんをにらむ。
「あ、すいません……。」
「もう学校のことなんか思い出さなくていいんだよ――お前も新しい居場所を見つければいい。」
――先輩って、結構面倒見良いんだな。
小山くんはぼそぼそと、先輩と一言二言交わした後、その場に一人でとどまった。
……全く楽しそうではなかった。
何で来ちゃったんだろう。背伸びしたかったんだろうか……私もああならないようにしないと。
「あ~ら結人くん、またJKなの~?お酒なんて飲ませちゃっていいのかしらぁ?」
次に会ったのは、律子と言う女の人だった。
「ああ、叶多は別に、無理して飲まなくてもいいよ。……途中で『乾杯』って言うの
やるんだけど、叶多のはノンアルにするから。」
「あ、わかりました。すいません……。」
「まったく、結人くんったら、年上の女には興味ないのよねぇ。」
律子さんは愛おしげに言う。
「――無垢なお子様なんかより、自力で生き残れる女の方が良いと思わない?」
……ちょっとしつこくなってきた。
「うるせぇよ。」
「――三回も。」
律子さんが唇の端をキュッと釣り上げて言う。
「――あ~んなに残念なことになっちゃったじゃない。でも懲りないのね。」
「…………っ!!!叶多の前で、その話すんなっ……!」
先輩は本気で怒っていた。
「あらごめんなさい。ちょっとからかっただけなのよぉ。……じゃあ彼女ちゃん、楽しんでね。……結人くん、焦ると良いことないわよ。」
律子さんは私たちに舐めるような視線を送って、去って行った。
……本当に、夜の世界には色々な人がいるらしい。
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会食が始まる前に、来客一人一人にグラスが配られ、ワインみたいな飲み物が注がれた。
私の奴は特別に用意してもらった。ただのブドウジュースらしい。
給仕係の人の服装はホテル風だった。けっこうたくさんいる……人件費がすごくかかってそうだった。
壇上に主催者の男の人が立つ。オールバックでダンディな人だった。
成人なんだろうけれど、先輩と同じくらいの年齢にも見えた……と言うか、先輩が大人っぽいからそう見えるのかもしれない。
「皆様、今日はお集まりいただき――」
と、定型文的な挨拶がなされる。
私はほとんど聞き流していた。
なんでも、「みんながやりたいことをやりたいようにやる」クラブらしい。
貧乏そうな人も何人かいるけれど、その人たちはお金を貸してもらえるそうだ。……どの道、お金持ちの遊びって感じだ。
「――まだ初めて来られた方で、何もわからない、と不安に思っている方もいらっしゃるでしょう。ですが大丈夫、心配しないで。」
男の人は優しく言う。
「みんなすぐ慣れますから――――皆さんはこれまでの人生で、様々なこと――辛いことも悲しいことも、たくさんあったことでしょう。ですが、ここでは過去など関係ありません。望みをかなえるチャンスは、みな平等に与えられるのです。……あなたたちの新しい人生が、今、ここから始まろうとしています!」
「いつも同じこと言ってんだよな……。」
先輩がつぶやく。
「さあ、今宵、皆さんはこの一杯から!見たことのない新た世界へと足を踏み出すの
です!皆さんのタワーへの入場を心より歓迎し!そしてその素晴らしい前途を祝して
――――乾杯!」
「「「乾杯!」」」
「――――え。」
私は一口飲んでから思った。
――めちゃくちゃ美味しい……!
深みがあって、甘辛くて、今まで飲んだことがないような味わいだった。
でもそれだけじゃなくて、一口飲んだ瞬間から、ものすごく気持ちよかった……。
体の奥が熱くなって、なんだか楽しくなって……。
でも、ノンアルコールだから当然だけれど、酔っぱらうのとは何だか違う気がする。
何だか、馴染みのある感覚だった。
でもそれを、何倍にも強くしたような……。
そう、それはまるで……。
「…………ああ。」
隣に立つ先輩が、飲み干したあと艶っぽい声を出す。
それを聞いて私の肩がピクリと跳ねる。
――まるで、恋、みたいな……。
新世界にようこそ、愛本叶多。




