表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/71

<幕間>~途ケ吉人志の業務日誌①~

本日2話目です。

 過ぎし9月のある日。


 とっくに日も沈み、暗くなった裏路地に、二人の対照的な男が立っていた。 

 一人は清潔な純白のコートを着て、まっすぐに凛々しく立っている青年。もうひとりは摩耗した汚らしい上着をまとい、太った醜い体を辛うじて支えている中年の男。


「頼むよ!いくらでも貸してくれる約束だろ!返済は俺が死ぬまででいいって…

…。」

 汚らしい男――川上葵はあえぐように言った。


「いや確かに、いくらでもお貸しするとは言いましたけど、あくまで先行投資ですよ?それに見合う成長が見られないようなら……しょうがないですよねぇ?」

 そう言って途ケ吉は、あざけるような笑みを浮かべる。

 川上は食いつくように言い返す。

「……はあぁ!?先月の俺の営業成績見てねえのかよ!?八件だぞ!八件!これ以上どうしろって言うんだよ!」

「それくらい、同じ位階の人はみんなやってますよ。そう言う問題じゃないんですって……向上心ですよ!こぉじょおしん!」

 途ケ吉は大げさに片手を広げながら言う。

「だ、だって、これ以上なんて、そんな……しょうがねぇだろ!俺だって十分努力してるだろうが!十分だろ!なあ!」

「――ハッ、勝手なことを……。」

途ケ吉は突然、慇懃な口調を崩す。


「何が『努力』か決めるのは『上』の人たちですよ。あなたの主観なんて聞いてない。」

「だからっ!しょうがねえっつってんだろ!これ以上!」


 川上はあくまで主張を崩さない。

 その後も彼は不平をあげつらい、訴えつづけた。


 途ケ吉はしばらく黙って聞いていたが、やがてうんざりと言った様子で口を開いた。

「…………あのね、川上さん。悪いけど今は労働条件について話し合う時じゃないんですよ。て言うかもう、そんな必要はない。」

「はあっ!?何っ――」


「――今日私がここに来たのは、あなたの『奈落』行きが決まったことを伝えるためです。」


 途ケ吉は川上の声をさえぎって言い放った。


「…………は?」


 それを聞いた川上は突然、下から頼む姿勢を崩す。

「……何だって!?今なんて言った……!?じょ、冗談じゃねえ、なんで急に!」

「伝えるのが急ですいませんねぇ……予定が早まってしまって。」

 途ケ吉は厭味ったらしく顔を斜め上に傾ける。

 川上は彼の胸ぐらをつかみ、悲痛な声で訴えかけた。

「ど、どういうことだよ……!?てめえふざけんな!ここに来てっ!なんで急になんだよ!お、俺を馬鹿にしてんのか……?」

「そう。僕は君を馬鹿にしてるんだ。よくわかったね!ハハッ!」

 途ケ吉は、笑みを崩さないままそう答えた。

「なっ……!?」

 男は予想もしなかった答えに絶句する。


「僕はね、君が既にどれだけ追い詰められた状況かも知ってる。僕達以外にも昔のつてで、危ない方面に金を借りまくってるのも知ってるよ。それでその金を全部酒と賭け事で溶かしてるってこともね!」

 途ケ吉は丁寧な口調も捨てて、煽るように言う。

「て、てめえぇぇ…………!!」

 男は途ケ吉を突き飛ばす。

 地面に勢いよく倒れた彼は、ヘラヘラと笑いながら上体を起こした。

「痛いなあもう……そんなに怒っても意味ないでしょう。もう一巻の終わりなんだから、あきらめましょうよぉ。アハハッ……!」

「こっの……!ふざけんな!」

 更なる挑発を受けて、男は我慢できずに拳をふるった。

 顔を殴られた衝撃で横を向く途ケ吉。

 しかし、くるりと向き直ったその顔は傷一つなく、例の笑顔を貼り付けたままだった。


「――俺がっ!俺が何したって言うんだよ!このっ……!この裏切もんがぁっ……!」

「裏切者?ひどいなあ……僕が何か悪いことしたぁ?仕事も与えてやったし、あんなにたくさんお金を貸して、精いっぱい友情を示したつもりだったのに。」

 途ケ吉は男にぐいっと顔を近づける。

「――ていうかさ、『俺が何をした』って、心当たりはあるよねぇ?……君は『聖餐』を毎回欠席してるだろ?――戒律違反だ。」

「…………それは。」

 川上の勢いが一瞬弱まる。心当たりがない訳ではなかった……しかしまさか、そんな些細な違反で地下送りになるなど、思ってもいなかったのだ。


「ひどいじゃないか。僕たちの絆の証をないがしろにするなんて……それこそ裏切りだ。傷ついたなぁ。」

「ち、ちがうんだ。聞いてくれ、俺は――」

「『あんなもの、飲めるわけないだろ』だって?」

「…………っ!」

「……田辺から聞いたんだな。もうバレてんだよ……。」

 途ケ吉の顔から表情が消えた。

「そう言えば君たち、昔仲良かったもんね……ああ、彼はもう殺されちゃったけど。いやぁ悲しいなぁ。同時に二人に裏切られるなんて――しかも二人ともお別れだなんてぇ!悲しすぎる!アッハハハハ!」

 途ケ吉は心底愉快そうに嘆いてみせた。

「――――――――っ!た、頼むぅっ!助けてくれ!」

 おびえ切った川上は、泣きながら叫んだ。


「悪かった!俺が、俺が悪かったって!……な、なんでもする!なんでもするから!」


 それを見た途ケ吉はますます上機嫌になる。

「おいおい、泣いてんのかよ。ハハハッ、あんなに強がってたのに、ええ?」

「な、なあ――」

「やれやれ、君の気持ちはよくわかったよ――」

 途ケ吉はうんうんとうなずいてみせる。



 そして、少し間をおいて期待させてから――


「――――でも決定は覆らない。」


 ――再び川上を、絶望の淵に突き落とす。


「………………ぐっ……ぐぅっ……!」


 打ちのめされた彼は地面に伏して、こぶしをたたきつけ始めた。


「俺がっ……俺が、悪いってのかっ…………なんでっ……なんでなんだよぉ、クソぉ!……!!!」


 途ケ吉は嘲笑することにも飽きたらしく、ただ無感動にその醜態を見つめる。


「なんで、なんでこんなクソなんだよ……っ!何で、こんなゴミみたいな生活でっ、兄貴たちにも裏切られて、こんなわけわかんねえことに巻き込まれて、金も無くなって……終いには地下送りかよ!」


 途ケ吉は何も言わない。


 川上は顔を上げて、縋りつくように叫ぶ。

「……こんなのありかよ!なあ!?何なんだよこの人生!俺が、なにしたって言うんだよ……俺の人生なのに、俺が幸せになっちゃいけねえってのかよぉ!」

「うん、駄目だけど?」

 途ケ吉は言い放つ。

 そして膝をかがめて、絶句している男の目をのぞき込む。

「駄目に決まってるでしょぉ?君に幸福を得る資格なんてない。『自分の人生なのに』ってなんだよ当たり前だろ。この世に不幸な人生がいくつあると思ってるんだよあぁ? 幸福になれる人間なんてほんの一握りだって、知ってるだろ?……あんたはそれに選ばれなかったって、そ・れ・だ・け。天の乱数表はちゃんと平等に機能してるよ。」

「なっ…………じゃあ、なんだっていうんだよ……!なんのためにいきてるんだよっ!おれはあぁっ!」

 男は途ケ吉に泣きついた。自らを破滅させようとしている張本人に向かって。


「そんなの、何の意味もないに決まってるじゃん――あんたが生きている価値なんてない。」


 そのあまりの言い様に、男はプライドが傷つくよりも、もはや恐怖を覚えた。


 ――なんだ?なんなんだ、こいつは?


「あはっ、その顔……!最高だねぇ!いやあ実に愉快だ……これならまあ、多少は投資した甲斐があったかもなぁ。」


 その言葉を聞いた川上の頭を、一つのバカげた考えがよぎる。


 この男はずっと、自分を破滅させて、嘲笑いたかったのか?最初から自分に期待などしていない素振りだったのは……そういうことなのか?この瞬間を、五年間も待っていたのか?


「――ああそうだ。敢えて人間の視点で君の不遇に理由をつけることもできる。簡単なことさ――働かざるもの食うべからず、てね。いや、食うどころか生きることさえ許されない。それがこの社会の真理さ。あんたは社会に求められる義務を放棄したんだ、何の権利も与えられるべきじゃない。」

「は、働かざる……?冗談じゃねえ!俺は、俺はっ!一生懸命働いた……!努力、したんだ……なのに、なんでそんなこと言われなきゃいけねえんだよ……!」

 男はすすり泣きながらみじめに嘆く。


「ああ、じゃあその努力とか言うのが不十分だったのさ。それに、この仕事は元々法律の埒外だ。社会的に認められる努力じゃない。だから他人にご褒美なんて要求してないで、ちゃんと実力でのし上がって――」

「ああああぁあぁぁ!!!黙れぇ!」


 男は体を半分起こして、途ケ吉に向かって半狂乱に両腕を振る。もはや殴ろうとしているようにも見えなかった。


「もう、うんざりなんだよ!どいつもこいつも、義務だの法律だの!くそくらえ!俺のせいじゃねえ、悪いのはお前らだろうが!権利を与えるだって!?何様のつもりだ!俺が楽しく生きる権利は俺だけのものだ!なのに!いつもそれを奪っていきやがる!」


 途ケ吉は身を引いて押し黙る。


「――俺ばっかり見下されて、軽く扱われて!どこ行って同じだった!稼いだ金さえ毎日不細工なメスとガキの飯に変わっちまう!その上俺がなけなしの贅沢をしよう ってのに、自分たちの生活のために金をよこせと喚きやがる!人の金で生かしてもらってるくせに、偉そうに!」


 自分勝手な理屈を叫び散らして地を這う男。


「どいつもこいつもっ!俺の敵ばっかりだ!」

「……へぇ、君は家族も愛してないの?」

「あ!?ああ、そうだよ、愛してなんかねえよ!……なんだよ、それも義務だとか言うつもりか!?……知ったことか!家族なんかじゃねえ、あいつらも俺の敵だ!」

「『敵』かぁ……そんなに嫌いなんだぁ?」

「ああ、嫌いだ、大嫌いだよ。いっそ殺してやりてえ!」

「――でも、それもやっぱり社会のルールが許してくれないんだよねぇ……可哀想に。」

「はあ?」


 川上はもはや純粋に困惑した。この男は自分にこんな仕打ちをしておいて、道徳を説くつもりなのだろうか。


「君は自分しか愛せない人間だ。でも、純粋に自分のために生きるには、この世界ではあまりにも障害が多すぎる。それは社会だ。それは法律だ。この世のすべての人間が――君の敵だ。」

「…………ああ、そうだよ。」


 ――なのに、俺はそいつらを――お前らを、倒せない……!


「だから結局、君がそれなりに楽しく生きてきたつもりでも、それはただの妥協の連続だった。」


 ――そうだ、俺は今まで、何も満足に望みをかなえられたことなんてなかった。


「……もういい!もういいだろ!もう俺にかまうんじゃねえこの気ちがい野郎!」

 川上はやけになって答える。

 もうどうせ破滅だ、もうじき自分は消される――何もかもがどうでも良い。そう思いながら。


 ……だが、途ケ吉は、


「――ようやく、『悟った』みたいだね。」


と、突然親しみのあふれる笑顔に顔に戻った。


「自分がいかに弱いかを――自分がいかに、低レベルで純度の低い『欲』にとらわれているかを自覚した。それが悟りの第一段階だ。」

「はぁ……?」

「つまり、あなたにはまだ活躍のチャンスがあるってことですよ。」

「…………ほ、本当か!?」


 彼は一瞬、自分の耳を疑った。


「ええ。川上さん――川上葵さん。あなたは、自由と力が欲しいですか――この敵だらけの世界からの、自由が。」


 川上は言われるがままにうなずく。


「素晴らしい。では、僕があなたを助けてあげましょう。」


 途ケ吉は川上の手を取った――そしてもう片方の手には、おもむろに小さな噴霧器を掲げる。


 ……次の瞬間、川上の視界は真っ白になった。


「!!?」


 強烈なめまいに倒れこんだところに、途ケ吉が顔を勢いよく押さえつけてくる。


「があっ……!」


 続けて、左腕に鋭い痛みを感じる。


 ――なんだ、なにをされた!?


 途ケ吉は、容赦なく注射器のシリンジを押し込む。

 赤紫色の液体が、川上の血管に吸い込まれていく。


「ん、んぐぅ!んぅ~うっ!!!」


 巨漢の男がいくら抵抗しても、細身の途ケ吉の手をどけることはおろか、起き上がることすらできない。彼は、見た目からは想像がつかないほど力が強かった。

 だがそれだけでなく、次第に川上自身の力が別の理由で弱まってきていた。


「――さあ、僕の目を、見て。」


 抵抗する力を失った川上は、彼の言いなりになってしまう。


 すると突然、すべてがその目の中に吸い込まれ始めた。


 自分の体の大きさがなくなる――いや、無限に広がっていく。


 軽くなる。


 何か――虹のようなものが見える。


 何もかもが輝きだす。


 呼吸が安らかになる。


 地面からどんどん離れていく。


 楽しい。


 心地よい。


 途ケ吉の声が、四方から反響して響く。


 魂の奥底に刻み込まれる。


 湧き上がってくる、強い思い。


 ――欲しい、力が欲しい……!


「――そう、あなたには力を求める権利がある。自由に生きる力だ。それさえあれば、どこまでも、飛んで行けるんです……!」


 ――そうだ、俺は何でもできる。


「どんな敵だって、怖くない。」


 ――そうだ、俺は誰にも負けない。


 俺は、俺の自由を取り返すんだ……!


 自由……!力……!


 欲しい、欲しい、欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しいホシイホシイ…………!


「『我が血の下部よ、我が安寧の為、その身を慎んで事を為せ』――――隠蔽結界『霧隠れ』。」


 ぼこぼこと異音を立てて変化する川上の体から、白い霧が噴き出してくる。


 それはあっという間に広がり、町内を埋め尽くしていく。


 途ケ吉はそれを見届けると、黙ってその場を立ち去った。




 …………次に目を覚ました時、川上は全く新しい自分に生まれ変わっていた。

字数が、本編より多い……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ