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第5話 昔話

 10月。水瀬市(よど)町。

 寂れたテナントビルの四階の一角の、小さなバー。


 結人は既に今月に入ってから二回ほど、行きつけのこの店に叶多を連れてきていた。

 顔なじみのバーテンダーに、いつもの奴をノンアルコールと共に頼む。

 叶多が『夜の街に行ってみたい』と言っていたので、その体験期間とでも言ったとこ

ろか。

 この店はたいてい客は少ないし、知り合いしかいない。叶多が手出しされる心配はなかった。

そのためか、叶多も前よりは緊張が解けた様子だ。

 ただ一度、電車の中で中年の男に『高校生が夜遊びしてるのぉ?』などと言って絡まれたらしい。援助交際だとでも思ったのだろうか。

 それ以降、行き帰りの電車にも結人が付き添うことにしている。


 ただ、叶多曰く、やはりまだ夜の街には馴染め無い感じがあるらしい。


 結人も、無理をさせているという自覚はあった。


 でも……どうしても、一緒にいたかった。


 結人には、ある大きな不安があった。


 その不安に勝つためには、空白の夜を、叶多との時間で埋めなくてはいけなかった。


 ――――もう、時間がない。


 結人はそんな気がしていた。


 あの化け物、あの女――次々と自分を襲ってくる怪異。


 異変が起きている。


 自分の日常が、壊れていく。


 街で安全な場所など、もうない気がする。


 ――次は、殺されるかもしれない。


 じわじわと、追い詰められていく感覚。


 一寸先の未来が、炎に撒かれて消えていく幻。


 ――嫌だ。恐い。


 死にたくない。


 幸せに、ならないと。


 少しでも多く、少しでも長く…………少しでも、早く。


 これが、最後かもしれないと思いながら。


 でもそれは同時に、このまま二人の未来が続くように、と言う努力でもあった。



 ……その日結人は、叶多に初めて、自分の生い立ちの話をした。


 叶多はいつも通り、ノンアルコールを飲んで、ハイになっている……ノンアルコールだが。

 いつ見ても可愛らしい、と思う。


「……やっぱり、私みたいなお子様だと、結人先輩には似合わないかなぁ。」

「――そんなことないよ。叶多は可愛い。」

「えへへへっ……。」

 叶多は頬を緩めて笑う。

 本当はもっと自然体の彼女も見ていたいのだが……これはこれで、悪くない。


「……私ってよく、なんか気ぃ強そうっていわれるんですよ。でも、ただ黙ってるだけで、ほんとはビビりだし……ただ、カッコつけてるだけって言うか。ダサい奴なんです……結人先輩は、こんなにかっこいいのにぃ。」

そう言って叶多は結人の頬をなでる。


「かっこつけてるのは……俺の方だよ。」

「……え?」

「――さっき、このあたり詳しいって言ったじゃん。でもそれさ、遊び友達ができてからじゃなくて、ガキの頃からなんだ。」

 結人は窓の外、西の方を指さす。まばゆいネオンの中で、一画だけ明かりが少ない所がある。

「――あそこらへんにある店で、俺の母さんが働いてた。」

「へぇ、そうなんですか。……お母さんは、何の――」

そう言いかけて叶多は口をつぐむ。聞いてはいけないかも、と思ったらしい。


「……風俗。」

「…………。」

「別にそれはいいんだけどさ……もっとさ、マシな店もいっぱいあったのに、何でもかんでもあのクソ店長の言いなりでさ。拾ってもらった恩があるとか顔が悪いから他に雇ってもらえるところないから、とか言うのを馬鹿正直に信じて……母さんはずっと、あそこに縛られてたんだ。給料も全然挙げてもらえないし、ゴミみたいに扱われてた。」

「……………………。」

 結人の口は止まらない。

 店内には二人以外誰もいないので、気にすることは無い。先ほどから二人に背を向けて皿を拭いているバーテンダーはもう、この話はよく知っているはずだ。


「で、そんな母さんに会ったのが俺の元父親で……こいつもクズ野郎だったんだ。母さんはちょっと優しくされただけで、あいつが救世主だと思い込んじまった。……で、結婚して、俺が生まれた。」

叶多は黙って聞き入っていた。


「親父はキチガイだった。ずっと『人類を救済する研究』とか言うのをやってて、働こうともしなかった。……二人の間にも、最初は愛とかあったのかも知れねえけど……でも俺が物心ついたころには、あいつはもうただの他人だった。父親でも、夫でもない。あいつは母さんを金稼ぎの道具としてしか扱ってなかった…………!」

 結人は無意識に、手に持つグラスに力を籠める。

 グラスがピシリと音を立てたが、バーテンダーは気に留めない。


「…………それで結局、あいつは俺と母さんを捨てた。養育費も何も払わないし、ていうか何なら、母さんに借金をめちゃくちゃ押し付けやがった……。それでも母さんは、俺のために頑張って働いて……でも、耐えられなくて、それで……。」


 結人は震える声で言う。

「……自動車事故で、死んだ。多分、わざと……。」


 叶多は、何も言えずに俯いた。


「ごめん、急にこんな話……気分悪いよな。」

「私は、大丈夫です……あの、その話って、今まで、誰かにしたことありますか。友達、とか……。」

「……ない。」

「……誰かに話したい、って、思ったこと、ありますか?」

「…………ずっと思ってた。」

「……苦しかった、ですか。」

「……うん。」


 二人は黙って目を合わせる。

 叶多の透き通った瞳が、自分の内側の痛みを吸い取って、跳ね返している。そんな気がした。

『明鏡止水』とでも言うほどに、くっきりと映っている――


「……あの、私…………割と普通の人生って言うか。親とは仲良くないけど、でも、先輩の苦しかったこととか、わからないし、慰める資格なんて、無いと思うんですけど……でも。」

叶多は言葉を切った。


「――――私に、初めて打ち明けてくれて、嬉しいっていうか……ありがとう、ございます。」

「……………………叶多。」

「もう、大丈夫、だよ……私が、一緒にいるから。」


 叶多が、初めて敬語を崩した――彼女らしからぬ、他の誰かのような口調だった。

 だが、そんなことは結人にとってどうでもよかった。


 つながれた。


 わかってもらえた。


 受け入れてもらえた――


 その事実だけで、天にも昇る心地だった。


 ここまでくれば後はもう、正式に愛を誓うのも時間の問題だろう。

 あとは一蓮托生だ――そんな風に思えた。


10分後にあと一話投稿します。

なお、叶多ちゃんがハイになっていますが、あくまでノンアルです。

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