第3話 上昇志向
園安結人。高校三年生(仮)。
自分が大人なのか子供なのか、よくわからなくなるこの頃。
自分は大人だという自負は誰よりも強い。
本当は、高校生と言うのは性に合わないのだ。
でも周りに合わせて、本当の自分を隠し続けている。
「友人」達と薄っぺらな会話を繰り返し、恋愛のエキスパートを演じ、青春を楽しむふりをしている。
その一方、自分がまだ本当は子供なのではないのかと言う恐れも――ある。
今の自分の身分だって、誰かのおぜん立てが無ければありえなかったのだ。
自分一人で、これから先も戦っていけるのだろうか。
だがその不安も、成果を積み重ねることでいつしか払拭できる。
そう信じて彼は今日も鏡の前で、辛うじて、自信に満ちた笑みを浮かべるのだった。
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園安結人は、いわゆる孤児だった。
母親ともども父親と別れ、その母親も自殺した。
……父親は、狂人だった。
彼の名は、未道信司。
科学者を自称していたが、どこの大学にも研究機関にも属しておらず、毎日無駄に維持費のかかる奇妙な機械と格闘していた。
そのせいで家族は借金まみれで、母親が必死に働いて金を稼いでいたが、父親は家族を顧みることもない。
母親がまともな仕事についてくれと訴えると、彼は決まって逆ギレし、母親に暴力をふるった。『人類を救う使命のため』などと訳の分からないことを喚いて自己正当化した。
奴は、すぐに他人のことを非難し、否定した。
結人や母親のありとあらゆる些末な言動に難癖をつけ、心中を勝手に推測し裁くべき「悪」を捏造しては糾弾した。
結人はそんな哀れな母親の、この世で唯一の味方だった。
だが、結人が母親を慰めているのを見てさえ、父親は『売女に媚を売るな』と言って咎めた。
……最低の父親だった。
それでも母は、父に強く依存していた。
結人はそれではいけないと思い、なんとか彼女の依存先を自分に移そうと試みた。
……その甲斐あって遂に、彼女は離婚を決意した。
だが、彼女は一年後に過労を苦に自殺する。
親戚は一人もいなかった。
結人は元父親の知り合いが運営する、児童養護施設に入れられた。
施設では虐待に遭い、職員に反撃して怪我をさせたせいで、軟禁された。
やがて施設が経営難で閉鎖されたとき、あの男がやってきて、自分を拾ってくれた。
彼は施設を運営団体ごと買い取った、新しい代表だった。
『――久しぶりだね。園安結人君……ああ、やっぱり期待通りだ。前よりもっといい目になってる。』
彼は、自分のことを知っているらしかったが、結人は会った覚えがなかった。
何はともあれ、彼は自分に生活費を与え、仕事も紹介してくれた。
他の子どもたちがどうなったのかは知らない。考えない。
その時から、結人の第二の人生が始まった。
自分が生まれた街に舞い戻り、高校に入った。
幸い体は丈夫だったので、毎日毎晩、仕事と勉強を両輪で頑張った。
幼いころからよく知っている、夜の街。
だが、あの頃の苦痛に満ちた日々とは違う――別天地、言うなれば楽園だった。
配達、飲食業、伝言屋――労働法的には許されないのかもしれないが、結人にとってそれらは単なる仕事以上の意味があった。
彼は夜の大人たちとのかかわりの中で、確かに居場所を見つけていった。
あの男は傍にはいないものの、相変わらず金銭的には依存していた。
本当に、いろいろなことがあった。
思い出したくもない、嫌な思い出も――
理由があって、友人達とも縁を切った。
だが、結人はそれらの困難をすべて乗り越えた。
――俺の人生は、これからだ。
これからも戦い続け、自分の力で幸福をつかみ取る。
そして、本物の幸福な家族を作るのだ。
お互いがお互いのことを何よりも愛し、何よりも優先する、そんな理想的な家族を――
理想の花嫁を手に入れ、理想の父親になるのだ。
それが、結人の夢だった。
でも……それも、思ったようにうまくはいかない。
今まで何度も何度も、空回りを繰り返している。
あの女たちは、顔が好きと言い、性格が好きと言い、一緒に飲んで遊んで笑うのに――その先が、受け入れられないらしい。
結局彼女たちは、ただ自分を使って享楽を得たいだけなのだった。
フラれるだけだったなら、まだ良い。
一生一緒にいようとまで誓った相手が、実はそれほど自分を愛していなかった――そんなことも何度かあった。
だったら最初から、誓いなどしなければいいのに。
結人はそうやって、何度もひどい裏切りを経験してきた。
だから――今度もまた、そうなるのではないかと言う恐れが、襲ってくる。
……特に思い出すのは、あの少女――杉山はるかの顔。
ある大雨の日、街中で偶然出会って、一目惚れした。
同じ高校に通い、段々と仲を深めていった。
自分も、誰にも愛されていないのだと言った彼女。
人気のない橋の下で、一人で雨宿りをするのが好きだった彼女。
その一人だけの心の部屋に、自分を招いてくれた彼女。
雨音に紛れて愛をささやき合い、密かな営みを繰り返し――
――――そして、自分と共に生きることを、拒絶した彼女。
次に橋の下で会った時の――最後に見た彼女の顔は。
胴体から分かたれ、
冷たく、
停止した、
――――死に顔だった。
……彼女は結人に守られることを拒み、
自ら地獄に飛び込んで――――散った。
10分後にあと一話投稿します。




