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第3話 上昇志向

 園安結人。高校三年生(仮)。


 自分が大人なのか子供なのか、よくわからなくなるこの頃。


 自分は大人だという自負は誰よりも強い。

 本当は、高校生と言うのは性に合わないのだ。

 でも周りに合わせて、本当の自分を隠し続けている。

 「友人」達と薄っぺらな会話を繰り返し、恋愛のエキスパートを演じ、青春を楽しむふりをしている。


 その一方、自分がまだ本当は子供なのではないのかと言う恐れも――ある。

 今の自分の身分だって、誰かのおぜん立てが無ければありえなかったのだ。

 自分一人で、これから先も戦っていけるのだろうか。


 だがその不安も、成果を積み重ねることでいつしか払拭できる。

 そう信じて彼は今日も鏡の前で、辛うじて、自信に満ちた笑みを浮かべるのだった。


**************************************


 園安結人は、いわゆる孤児だった。

 

 母親ともども父親と別れ、その母親も自殺した。


 ……父親は、狂人だった。

 彼の名は、未道信司。

 科学者を自称していたが、どこの大学にも研究機関にも属しておらず、毎日無駄に維持費のかかる奇妙な機械と格闘していた。

 そのせいで家族は借金まみれで、母親が必死に働いて金を稼いでいたが、父親は家族を顧みることもない。

 母親がまともな仕事についてくれと訴えると、彼は決まって逆ギレし、母親に暴力をふるった。『人類を救う使命のため』などと訳の分からないことを喚いて自己正当化した。


 奴は、すぐに他人のことを非難し、否定した。

 結人や母親のありとあらゆる些末な言動に難癖をつけ、心中を勝手に推測し裁くべき「悪」を捏造しては糾弾した。

 結人はそんな哀れな母親の、この世で唯一の味方だった。

 だが、結人が母親を慰めているのを見てさえ、父親は『売女に媚を売るな』と言って咎めた。


 ……最低の父親だった。


 それでも母は、父に強く依存していた。

 結人はそれではいけないと思い、なんとか彼女の依存先を自分に移そうと試みた。

 ……その甲斐あって遂に、彼女は離婚を決意した。


 だが、彼女は一年後に過労を苦に自殺する。


 親戚は一人もいなかった。

 結人は元父親の知り合いが運営する、児童養護施設に入れられた。


 施設では虐待に遭い、職員に反撃して怪我をさせたせいで、軟禁された。


 やがて施設が経営難で閉鎖されたとき、あの男がやってきて、自分を拾ってくれた。

 彼は施設を運営団体ごと買い取った、新しい代表だった。


『――久しぶりだね。園安結人君……ああ、やっぱり期待通りだ。前よりもっといい目になってる。』


 彼は、自分のことを知っているらしかったが、結人は会った覚えがなかった。

 何はともあれ、彼は自分に生活費を与え、仕事も紹介してくれた。

 他の子どもたちがどうなったのかは知らない。考えない。


 その時から、結人の第二の人生が始まった。


 自分が生まれた街に舞い戻り、高校に入った。

 幸い体は丈夫だったので、毎日毎晩、仕事と勉強を両輪で頑張った。

 幼いころからよく知っている、夜の街。

 だが、あの頃の苦痛に満ちた日々とは違う――別天地、言うなれば楽園だった。

 配達、飲食業、伝言屋――労働法的には許されないのかもしれないが、結人にとってそれらは単なる仕事以上の意味があった。

 彼は夜の大人たちとのかかわりの中で、確かに居場所を見つけていった。

あの男は傍にはいないものの、相変わらず金銭的には依存していた。


 本当に、いろいろなことがあった。


 思い出したくもない、嫌な思い出も――


 理由があって、友人達とも縁を切った。

 だが、結人はそれらの困難をすべて乗り越えた。


 ――俺の人生は、これからだ。


 これからも戦い続け、自分の力で幸福をつかみ取る。


 そして、本物の幸福な家族を作るのだ。


 お互いがお互いのことを何よりも愛し、何よりも優先する、そんな理想的な家族を――


 理想の花嫁を手に入れ、理想の父親になるのだ。


 それが、結人の夢だった。


 でも……それも、思ったようにうまくはいかない。


 今まで何度も何度も、空回りを繰り返している。


 あの女たちは、顔が好きと言い、性格が好きと言い、一緒に飲んで遊んで笑うのに――その先が、受け入れられないらしい。


 結局彼女たちは、ただ自分を使って享楽を得たいだけなのだった。


 フラれるだけだったなら、まだ良い。


 一生一緒にいようとまで誓った相手が、実はそれほど自分を愛していなかった――そんなことも何度かあった。


 だったら最初から、誓いなどしなければいいのに。


 結人はそうやって、何度もひどい裏切りを経験してきた。


 だから――今度もまた、そうなるのではないかと言う恐れが、襲ってくる。




 ……特に思い出すのは、あの少女――杉山はるかの顔。


 ある大雨の日、街中で偶然出会って、一目惚れした。


 同じ高校に通い、段々と仲を深めていった。


 自分も、誰にも愛されていないのだと言った彼女。


 人気のない橋の下で、一人で雨宿りをするのが好きだった彼女。


 その一人だけの心の部屋に、自分を招いてくれた彼女。


 雨音に紛れて愛をささやき合い、密かな営みを繰り返し――




      ――――そして、自分と共に生きることを、拒絶した彼女。




 次に橋の下で会った時の――最後に見た彼女の顔は。




 胴体から分かたれ、



 冷たく、



 停止した、



 ――――死に顔だった。




 ……彼女は結人に守られることを拒み、




 自ら地獄に飛び込んで――――散った。


10分後にあと一話投稿します。

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