第2話 使命(2)
遅くなりました。本日最後のエピソードです。
追記:前回に引き続き、加筆修正をしました。
人間よ。
なぜお前たちは、不幸になる。
世界は完璧にできているのではないか。
まさに人間が、今の高度に発展した世界を作ったのではないか。人間の意思は力強く、尊いものではないのか。
弱い人間であればこそ、驚異的な成長や変化ができるのに……天使とのその違いが、人間の価値だと思っていたのに。
なぜ、不幸なるものが存在する。
その答えは、自分ではわからない。
だが少なくとも、父親はこう答えた。『馬鹿だからだ。』と。
『知性が足りない。正しさを見極める知性が。まだ我々は猿同然なのだ。人間は時に……いや、かなり多くの場合間違える。だが、この世に間違いが生じたなら、必ずそれは正されるようになっている。そうあるべきだ。だからお前達がそれを行うのだ。世界には何の欠陥もない。人間が賢くなればいい―そのためのお前だ。』
やはり、自分の努力が足りないということか。
一度は、それですんなり納得しかけた。
僕は役目を正しく、成していない。
世界を救え。
もっと努力を。
努力が足りない。
努力が足りない。
努力が―足りない?
―本当に、努力の問題なのか?
―いや、まだだ。もっと、できることがあるはずだ。120%の努力をしなければ。
……だが、それ以上の成果などと言うものは、無かった。
無理もない。なぜなら彼の能力はすでに限界まで発揮されていた。
それでも、道理という壁は越えられない。120%など、そもそもあり得なかった。
人間が自力で空を飛べないように。
彼は自分が、そういった世界の法則に挑戦していることに気づかなかった。
……いや、そう教える人間がいなかった。
今ではもう、十分分かっている。
自分の無力さは、痛感している。
父親が十数年間、あれほど脅迫的に唱え続けた性悪説も、今頃ようやく、少しずつ受け入れられるようになった。
……そうは言っても、彼は人間と言うより、自分自身を嫌っているだけにも見えるのだが。
―大体、「世界を救う」ってなんだ?
父親たちは来るその計画の詳細を、一向に教えてくれない。
ただひたすら、自分たちの存在については「隠せ」と念を押される。
このまま司が小規模に戦い続けても、世界平和にはつながらないことは明白だ。
全人類の意思が結束しないといけないのだから、結局、人間の精神の問題に帰着する。
一人では結局何をしようと、多寡はともかく一人分の功績しか残せないのだ。
……いや、そもそも世界を救うというのは、『世界平和』のことなのだろうか。
『世界を救うって、どうやって?』
父親に何度か尋ねたことはあった。
だが、帰ってくる答えは常に観念的なことばかり。
後はお決まりの、『お前なら必ずできる。』と、それだけ。
でも、司は知っている。
それは、自分が願っていたように、全人類一人一人に完全なハッピーエンドを与えるものではなかったのだと。
そう言うものは、子供のころ読んだおとぎ話の世界にしかないのだと。
自分が救えなかったことを…………父たちが、杉山はるかを切り捨てたことを。
正しさとは、全面的な善さではないことを。
『―天使に対する支配欲を満たさせてはならない。お前はそのような傲慢な、汚らわしい欲望を持つ存在に触れてはならんのだ。』
そんな理解に苦しむ理由で、杉山はるかとの交際は絶たれた。
彼女は学校へは通っていたが、今にも折れてしまいそうだった。
その後の一年間は、遠くにいながら彼女が死のうとしているかどうか探知することに
かなり気を取られた。
だがある日、彼女に新しい恋人ができたと知って、ようやく肩の荷が下りた。
……そして二年後、彼女はバラバラ死体で発見された。
死因は不明。経緯も不明。各種マスコミでの報道も一切なし。
彼女は誰にも知られることなく、自分の手の届かないところで、死んだ。
兄や姉たちは、司のせいではないと言ってなだめてくれた。
――違う。罪悪感の問題じゃない。
『誰のせい』と言う定義ほど曖昧で議論が不毛なことは無いことは知っていた。
ただ――あの時以来、司はどうしようもない無力感に取りつかれている。
彼女が死んだのが、彼女の意思だったのかどうかはわからない。
あるいは、何らか『裏側』の危険区域に自分から身を投じたのかもわからない。
彼女が何を求め、何を間違えたのか―わからない。
ただ、ずっと一つの疑いがつきまとってくるのだ……。
――僕にできるのは、表面的な救助だけで、彼ら彼女らが欲しいものを与えることは、できないんじゃないか。
できなかったんじゃ、無いか……。
それなのに……自分が戦う意味など、あるのだろうか?
本当に、それが正しいことなんだろうか?
父親たちのこの「活動」は、本当に最善なんだろうか?
自分は――何か、間違えているのではないか?
怖い。
間違えるのが、怖い。
また誰かを傷つけるのが、怖い…………。
来る「研修期間」において、司は兄や姉たちの仕事の助手をすることになる。
その内容は、
――人間を、殺すこと。
天愛司の回想編、終了です。




