第1話 使命(1)
第三章の第一話です。
追記:少し加筆修正をしました。
天愛司。高校一年生(仮)。
高校生――その身分にふさわしく、彼の精神は少しずつ、大人に近づいている。
もう、子供ではないはずだ。
……なぜなら彼は、諦めを知っているのだから。
天愛司は天使である。
天愛司は世界を救う使命を負っている。
天愛司は誰よりも慈悲深く、正義感に満ちている。
天愛司は日々、多くの人間を救っている……。
……そしてそれが、物心ついたときから彼の父に課された「役割」だった。
彼の父――未道信司は科学者である。
彼は人類を救うための研究に、生涯をささげてきた。
そして今も、自分を育て指導することで、その使命を守り続けている。
それから、司の『兄』や『姉』たちも、彼と同じ使命のために戦う仲間だ。
早く自分も一人前になって、彼らと共闘できるようにならなくてはならない。
皆、自分を応援してくれている。
『天愛司は天使である』。『天愛司は世界を救う』。
それらはただの事実でしかなかった。
司にとっては疑う必要もないが、思いこむことも、自負することもない。
なぜなら、父がそう言ったのだから。
自分が世界を救うことは、決定づけられた運命なのだから。
――ではなぜ、僕は失敗するのか。
なぜ、救えない命があるのか?
と言うかなぜ、命を救われても絶望する人間がいるのか?
今まで司にとって、人に褒められるような結果を出すことはたやすいことだった。
特に強く望むこともなく、息をするように、いつのまにか達成されているものだった。
何の苦痛もない代わりに、何の快感情も呼び起こさない。
ただ、大人たちは成果を出した自分を見て誇らしげな顔をする。
司はそれを見て、自分の成功が他人を幸せにするのだ、と思った。
だから、普通に努力した――――そして、超人になった。
だがある時期から、自分の成功が他人の不興を買うことに気づいた。
特に同年代の友人たちからは。
――なぜか知らないが、これではかえって他人を不幸にしている。
そう思った彼は、『普通の努力』に手加減を加えるようになった。
それでも、求められる限りのことは、全てそつなく行うようにする。
それが人間たちの幸せになるのだから。
何も問題はない、はずだった。
自分の至上命題である、人間を救うこと――それも、努力によって「上達」するものだと思っていた。
しかし、ある時から――彼は、努力の仕方がわからなくなった。
初めのころそれは、目に映った迷える人々を一人ずつ救っていくことだと思っていた。
落ち込んでいる人間に声をかけ、金のない人間の生活を助け、子供らしい遊びにつきあわせて心を癒し、犯罪を思いとどまらせ間に合わなければ通報し時には力づくでねじ伏せ……。
だが、年を重ねるごとに、段々と勝率が下がってきているようだった。
自分の立ち回りがわからない。
声をかけた瞬間から自分を敵と見なす人間が増えた気がする。
結局、説教か力業でねじ伏せることになる。
例えばあの時――――「あの子をいじめないで」と「お願い」したつもりなのに、クラスメートたちはおびえて自分に「屈服」したようにしか見えなかった。
そればかりか、そもそも他人に「助けて欲しい」と思わせる方法がわからない。
幼い頃は、見知らぬ人にもただ言葉をかければそれだけで良かった。
それは単に、警戒されにくいというだけのことだったのだが。
司には自分が他人の目にどう映るかがわかっていない故、印象操作など思いもよらない。
そしてこれまでで最大の失敗は――幼馴染の親友を、傷つけたこと。
完全に油断していた。
それまで、目先の目的が達成できているか否かのみで自己反省をしていたのが間違いだった。もっと人間の文化を学んでおくべきだった。
いや、そう言う問題だけではない。
突然キスをされたと言うことに対して、もっと動揺してみせるべきだったのだ。
杉本はるかと同居することに、抵抗感を示すべきだったのだ。
父親が言うには、はるかの中には――一種の「悪魔」がいたらしい。
支配欲と言う、悪魔が。
それは普通、誰しもが他者に対して、警戒して然るべきことだった。
例のごとく「この人は何を考えているんだ」などと困惑している場合ではなかった。
自分も、普通の感性を持つふりをするべきだった。
人間は、自分と違うものを受け入れられないのだから。
……これらの失敗の原因は、どれも明らかだった。
人間の、心だ。
こればかりは、手に余る。
例えば自分自身が不幸だと強く思い込んでいる人間にとっては、具体的な問題が解決するかどうかさえ、もはや問題ではない。
自殺は物理的に阻止すればよい。簡単なことだ。
犯罪は通報すればよい。もっと簡単なことだ。
――だが、人の心に強制は効かない。
そして、天愛司の最大の弱点――彼は、人間の心が理解できなかった。
彼は長らく、自身の「成り立ち」故に刷り込まれていた楽観的性善説から、抜け出せなかった。
なぜ希望を信じない。
なぜ過去に縋る。
なぜ他人のせいにする。
なぜ特定の個人に依存する。
なぜ、現状を変えようと努力しない。
なぜ、自ら不幸に陥ろうとする。
なぜ――堕ちる?
なぜ?なぜ?なぜ?
何がしたい?
何のために?
何を求めてそんな無意味なことを?
司は何度も何度も、「優しい」言葉や「正しい」訴えを繰り返した。
それは確かに本心だった。彼の脳は嘘を吐くことに強い制限をかけられている。
特に感情を偽ることは至難の業だ。
……だが同時に、心の中でこう思い続けていた。
――なんなんだ、この人たちは?
苛立っていたわけではない。純粋な困惑だった。
人間は、幸福を求めるものではないか。
幸福になるように、生まれついているのではないか。
何かが、欠けているのか。
何が、欠けているのか。
なぜ、欠けているのか?
……果たしてそれは、本当に自分が埋められるものなのだろうか。
自分にはそもそも、欠けが生じる余地のあるカタチさえ、ないのかもしれないのに。
人間の――心のカタチが。
5分後にあと一話投稿します。




