第6話 邂逅
本日2話目です。
ドアをノックして、病室に入る。
「――先輩?」
先輩はベッドで上体を起こして座っていた。
腕に包帯を巻いていたけれど、ギプスとかはしていなかった。
「大丈夫、ですか……。」
「ああ、ちょっと縫っただけ。全然痛くないから。来てくれてありがと。」
「……よかった。」
私たちはお互いに見つめ合った。
話したいことも、聞きたいこともいっぱいあった……でも、それより先に気になることがあった。
「……あの、この人、どなたですか?」
私たちの間を阻むように、ベッド脇の椅子に座っている人がいた。
灰色のベレー帽に灰色のコートを着た男。右手に包帯を巻いていた。
白髪交じりで無精ひげなのに、ずいぶん雰囲気は若々しかった――特に、その見開いた目が。
「ああ、この人はなんか――」
「ただの通りすがりだよ。」
先輩が困惑気味に言おうとするのをさえぎりながら、男の人は立ち上がった。
「彼氏さんへの攻撃に、私も巻き添えを食らったという訳さ。なに、私の傷の方がずっと浅い。――初めまして愛本叶多さん。私の名前は神谷永介。私立探偵さ。」
男の人は、朗読劇のような口調でそう言った。
「……探偵、さん?」
「そう、今朝は不審者を尾行していたんだ。そうしたらそいつが突然、通りすがった
彼氏さんに襲い掛かったって訳だ。」
神谷さんはそう言って、硬い表情の先輩を見る。
「本当に恐いねえ……最近は頭がおかしい奴が多い。」
「……昨日のあいつだ。水族館で会った、刀持った女。」
先輩が強張った顔で言った。
「ああ、その話。私も水族館のニュース自体は知っていたんだが……その、あの女が変な男と戦ったって言う部分がよくわからなくてね……彼女さんも見たのかい?」
一瞬、私たちは沈黙した。
――どこまで話せばいいんだろう……。
私が先輩の顔を伺おうとしたとき、神谷さんが言った。
「彼氏さんの話はどうも曖昧過ぎる感じがしてね!つまり?その男が水槽を破壊して、女が彼と戦った…みたいなことだと思うのだが。でも、君たちに危害は加えられなかったと……なあ、もしかしてなんだが。」
神谷さんは顔を上げ、戸惑うように言った。
「何か、その……『超常現象』みたいなことが起こったのかい?」
「え……。」
先輩は開きかけた口を閉じる。
「話を聞いてると、水槽が人力で壊されたとか、さっきまで通路の話だったのに、いつの間にか水槽の上の話になっていたりとか……というか君たちは水槽のすぐそばにいたのに、溺れなかったんだよね?理解しがたい話だよ。……でも実は、さっきあの女に襲われたとき、私もそう言うことが起きた……ような気がしたんだ。彼氏さんも見ていたしね。……いや、私だって信じられないんだが。」
神谷さんは早口でまくし立てた。
「…………私たちが、見たのは……。」
「ああ、まずは座って。」
私は、昨日の出来事をかいつまんで話した。
「…………なるほど。いや、なるほどと言うか……。」
探偵さんは私の後ろを通り過ぎながら、思わせぶりな顔で宙を仰ぎ、
「……ますます訳が分からんな。」
そうつぶやいた。
「……それで、あの。今日は、何があったんですか……?」
私は二人に尋ねる。
「なんか、急に襲われたっていうか……理由もわかんねえし。」
先輩が小さい声で言った。
「そうそう、あまりに唐突だったんだよ。」
そう言って、神谷さんが話を引き継いだ。
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神谷永介は、自分の脳内の捜査日記をめくり始めた。
しかし、全てを詳しく語った訳ではない……怪我人の様子を見ながら、少しずつ話した。
特に、あの女の発言についてはいちいち詳細に述べなかった。
白づくめの女――正にその通りの見た目で目立っていたから、すぐに見つけられた。
人通りの少ない早朝の歓楽街をつかつかと歩いていた。
白い衣装が大雨の後の霧に紛れているようで、その服装に注目する人もいない。
尾行には気づかれていないようだった。
神谷自身も霧に紛れて目立たなくなっていたのかもしれない。
だが少なくとも、その手のやり取りに慣れている人物ではないようだ。
女は不意に、建物と建物の間へと逸れた。
あまりに素早い動きなので、神谷は勘付かれたか、と焦った。
やや駆け足で後を追う。
女はその隙間を通り抜けて、裏路地に曲がっていった。
神谷は停止した室外機の下、壁に背を押し付けてそっと通りをのぞき込む。
裏路地の向こうの方では、二人の青少年が立って会話している。
奥にいるのは高校生、もう片方、手前の背の高い人物は大学生のようだった。
高校生と思わしき方の少年は、何かを手に受け取ったようだ。
「せっかくの招待状だ――ちゃんと来いよ?」
「はい……。」
「もう学校には戻れないからな。ていうか、戻る必要なんてないんだろ、なあ。……お前をいじめるようなしょうもない奴らのことなんて忘れたいんだろ?」
少年はだまってうなずく。
そしてその二人に、白装束の女が近づく。
――夜遊びに引き込んでるな。
よく見る光景だ。
神谷は彼女がそのまま彼らとすれ違うのかと思っていた――だが、彼女に避けようとする様子はない。
「ねぇ、そのパーティーさぁ――お姉さんも行っていーい?」
「――――っ!?」
背の高い方の青年が振り返り、驚いた顔をする。
「お前っ……!」
――知り合いか?
神谷は何だかまずい空気だと思い、飛び出す用意をする。
「ずっと前から気になってたんだよねぇ……どこでやってるのぉ?」
「……あんたなんか知らない。なんなんだよ!」
青年よりもやや背が低い女は、彼の口元に顔を近づけた。
「――あと、君のことも、ずっと気になってたんだぁ……そう、この匂い。もしかして、飲んじゃってるぅ?」
「っ…………!」
「しかも、みんなに飲ませちゃってるぅ?……やばぁ。悪い奴じゃん。」
「お前っ、一体何なんだよっ……。」
少年が身を引く。
「悪い奴だったら……お仕置きしないとね。」
神谷は女の背から殺気を感じ、駆け出した。
「だ…だから、何言ってんだよ!」
「しらばっくれるんだぁ……じゃあ」
女が右手を左の脇下に構える。
女のマントの下で、かちゃりと金属音が鳴った。
「待てお前っ!」「っ!?」
神谷は後ろから女を羽交い絞めにした。
「早く逃げろ!」
言われるまでもなく、青年たちは駆け出していた。
「あっ……あんた誰よ!」
「それはこっちの台詞だっ、お前の言動は変態そのもの……っておいまさか、銃刀法違反っ……!」
女のマントの下から、日本刀の柄が顔をのぞかせていた。もはや言い訳のしようもない。
「チッ、また一般人か……。」
「ああそうさ、善意の一般市民だっ……うぁっ!?」
次の瞬間、神谷は自分より小柄な女性に、やすやすと投げ飛ばされていた。
宙を回転し、女の目の前にたたきつけられる。
身動きが取れるようになった女は、そのまま駆け出して青年たちを追う。
「げほっ、げほっ……。」
神谷はわざとえずきながら腹を抑え、丸まって見せた……実際、結構きつかったのだが。
「――『蜘蛛のい』っ……!?」
女は突然よろめいて体勢を崩した。
いつのまにか腰のあたりに、低姿勢の神谷が組み付いていたのだ。
だが、 彼女の「技」は止まってくれない。
「!?」
神谷は体がすさまじい勢いで引っ張られるのを感じた――いや違う。引っ張られているのは周りの世界の方だった。
神谷自身は全く動いた気はしなかった。
それなのに、気が付けば周りの景色が変わっている。
女は自分にしがみつかれたまま、青年のすぐ後ろに迫っていた……さっきまで、少なく見て5メートルも、離れていたのに。
女は刀を振るう動きのまま、彼に向かって倒れこんでいく。
「っ!!」
青年の左腕に、ジャンバーの上から斜めに線が走る。
そして、どす黒い鮮血が飛び散った。
服の上からでもこの切れ味……否、女の力が強いせいか。
神谷は女と一緒に地面に倒れこむ。
青年は斬撃を受けながらも、そのまま走り続けて刀の間合いから逃れた。
だが、その傷を庇った拍子に、足元のゴミ袋に躓いて倒れた。
もう一人の少年は、それにも気づかず無我夢中で駆けていく。さっきからずっと叫び続けていた。
「チッ、邪魔すんなし!」
「ぐあっ!」
女は足元を振り返って神谷の腹を蹴る。
女の額に付着した青年の血が、彼女の目の横を垂れていく。
女は刀を持たない方の手でそれをぬぐい、顔をしかめた。
「あぁ、やっぱり――――殺すっ!」
女は前方に向き直り、神谷を蹴り飛ばして再び自由の身になった。
だが神谷も負けじと立ち上がり、はためいている女のマントを掴む。
女はそれを全く予期していなかったのか、あっけなく転倒した。
……マントは凶器を隠すには役立つだろうが、明らかに戦闘向きではない。
神谷はすぐさま青年の下に駆け寄り、彼を介抱する。
「大丈夫かっ……て、いぃっ!?」
神谷は青年の傷口を抑えようとして、手を引っ込める。
その瞬間、その右手から全身にかけて、ビリっと嫌な痛みが駆け抜けたからだ。
「何だっ……!?」
神谷の手は、赤く焼けただれたようになっていた。
――刃に毒物か……!まずいまずい早く救急車――
顔を上げると、女はすでに体勢を立て直していた。
刀を体の脇でゆらゆらと揺らしながら、こちらに歩み寄ってくる。
神谷はとっさに両腕を広げて、青年をかばう。
よけいな挑発はしないし、小細工もしない。
この状況では、これができる精いっぱいだった。
敵は、得体が知れなかった。
意味不明な言動、怪力、手練れのような剣の振り方、瞬間移動のような妙な技、未知の毒物――
何から何まで、これまで神谷が対峙してきた犯罪者とは、明らかに一線を画していた。
明らかに、異質だった。
フィクションの世界にしかいてはいけないような……化け物だった。
――これは、死ぬかもしれない。
神谷は本気でそう思った。
「…………どいて。」
「……………………。」
「そいつは社会の害悪だから。殺さないといけないの。」
「……どんな理由があっても、殺人は許されない。」
「あんたみたいな凡人の正義感じゃ分からないような摂理があるのよ。私はその執行者なの。」
「……………………。」
――やばいやばいやばいやばいやばい。
神谷は表情こそクールだったが、内心焦りまくっていた。
彼女は、狂っていた。全く話が通じそうにない。
――どうする、どうすれば……!?
そう考えていると、後ろから声が聞こえてきた。
「――お、おい、そこの女!」
神谷が振り返ると、警察官が駆けてくるところだった。
「チッ、最悪っ……!」
女はそう言いながら、あっという間に身をひるがえして走っていく。
「――羽衣隠し(スワンジャンプ)!」
次の瞬間、女の姿が白い流動体のようなものになる。
そしてそのまま、脇の建物の隙間に吸い込まれて、消えていった。
「…………あ、ありがとう、助かった!」
神谷は我に返って、警察官に呼び掛ける。
まだ若い、気の弱そうな警官だった。
神谷は彼に救急車を呼ばせた。
そのあいだに青年を介抱し、自分のネクタイを使って腕を結束し、止血するとともに毒の回りを遅らせる。青年の腕から流れる血は、あまりにも紫色に近く、どう見ても異常だった。
青年の上着のポケットから、錠剤のケースがはみ出している。
「持病があるのかい?」
「あ、はい……。」
「毒で悪化したりしないと良いが……。」
「それはいいんですけど……輸血は、受けられないんです。」
「マジか……。」
――後で救急隊員に教えておこう。
神谷は振り返って、警察官の方を見る。
「あなたはどうしてここへ?」
「さっき走ってきた男の子が、刀を振り回してる女がいるって……。」
「その少年はどこへ?」
「なんか、逃げられてしまって……。」
――わざわざ逃げなくても……恐かったんだろうか。
……となるとあとは、この青年から事情を聴くしかなかった。
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「――と、言う感じだ。逃げ出した少年は行方不明。彼氏さん曰く、彼とは……前に一度会っただけで、名前も知らないらしい。残念だ。」
青年……もとい園安結人少年は黙ってうなずく。
高身長イケメン、と言う奴である。
神谷には雰囲気も大学生にしか見えなかったが、普通に高校生だった。やはりあか抜けているせいもあろう。
「それより、『毒』は大丈夫だったんですか……?」
叶多が不安げに言う。
「――ああ、二人とも検査したんだけれどね、結局毒は検出されなかった。私のこれは……ただの火傷、に見えるそうだ。」
「見える?」
「医者によればね。状況的に火傷と言うのはおかしいから、あまりはっきりとは言えないそうだ。」
――あの刀が「火元」なら話は別だが。……全身が炭にならなかっただけましか。
神谷は怪我の原因については、それ以上考えてもしょうがないと割り切った。
愛本叶多は園安結人をいたわって色々と話しかけている。結人はそれに対して全て、おぼつかない短い返事で返していた。
神谷はその様子を黙って見つめていたが、やがて口を開いた。
「……愛本さん、少し二人で話をしないか。彼氏さんは少し休ませてあげよう。」
そう言って自分の背後、病室の扉を親指で指す。
「は、はい……。」
「あの、あんた、警察じゃないんだろ?そんな協力してやる義務なんて、叶多にないと思うんだけど。」
結人が警戒した目で神谷を見る。
恋人を胡散臭い男から守ろうという意思……なのだろうか。
神谷はこれまで事情聴取のたびに、何十回も同じような目を見てきたので慣れてい
る……この場合は少し事情が違いそうだが。
「そうだね。義務ではないよ……ただ、私も早く犯人と犯行の動機を突き止めたいんだ。私はずっとあの女を調べていたんだが、どうも奴は他にも多くの暴行事件に関わっていそうなんだ……野放しにしてはいられない。彼女は恐らく、狙った人間は必ず殺す。いつまた、彼氏さんが襲われるかもわからない。」
神谷は、それを聞いた叶多の顔がピクリと動くのを確認する。
――それにしてもこの子は表情が薄いな。
「頼む。協力してくれないか。」
「……わかりました。」
「叶多……気をつけろよ。あんまり俺たちのことっていうか、個人情報とか、言うなよ。」
「はい、気を付けます……大丈夫。」
「やれやれ……わかったよじゃあ。こっちも極力、そう言うことは聞かないように気を付ける。」
無表情な少女だが、もはやさほど警戒しているようには見えない。
話を聞くのに苦労はなさそうだった。だが――
神谷はまだ、この捜査をどこまで続けるべきか、判断できずにいた。
――妖怪変化、か。
彼は三日前、冴島警部補から聞いた話を思い出す――——
神谷さん、意外と活躍しますね……。
元旦の投稿はお休みしますが、だいぶ書き進められたので、それ以降はまた毎日投稿再開します。
皆さん、良いお年を!




