第4話 水族館(3)/運命の交差点(クロスオーバー)
あまりにも唐突だった。
その人の行為だけじゃない。
その人の存在自体が――私の世界にとって、唐突過ぎた。
よく見れば、彼女の服はレインコートと言うより、マントだった。
縁に沿って金の刺繍がしてある。まるで神父さんみたいだった。
ひらめくマントの下の腰には、日本刀が差してあった――後で本物だとわかった。
そして、一瞬フードの下から露わになった、その異様に見開かれた瞳――
そのすべてが――徹底的に、「異物」だった。
「『羽衣隠し』っ!」
彼女は意味不明な叫び声と共に、私たちに向かってとびかかってきた。
「きゃっ!!?」
私はとっさに腕で顔を覆って身をかがめる。他にどうしようもなかった。
……その時、耳元で何か「パキッ」と言う音が聞こえる。
――次の瞬間、私の体は宙を飛んでいた。
「っ!!?」
何が起きたかすら、分からなかった――白装束の女に、体当たりを食らったのだった。
それだけでは終わらない。
今度は顔に大量の水がかかってきた。
さっきのイルカショーなんて比じゃないくらい――バケツの水を全部ぶっかけられたみたいだった。
文字通り冷や水をかけられて、私の夢見心地な気分はあっという間に吹き飛んだ。
ほんの一秒間に、訳の分からないことが次々と起きる。考える暇もない。
水はあっという間に勢いを増し、水位を増し――私の全身を包み込んだ。
水――確かにさっきから、そこら中にあったものだ。
でもまさか、水槽の中に入ってしまったわけでもない。
私は目を開いて、周りの状況を確認しようとする。
私たちはまだ通路の中にいた――でもそこはある意味、もう通路ではなかった。
ガラスでできた水槽の壁に、大きな穴が開いている。私たちは、そこからあふれ出した水流に押し流されていくところだった。
でも私は、その穴の原因を考える時間もなかった。
その穴から出てきた「何か」を視認するよりも早く、次の異変が起きてしまったから。
「――――っ!」
……私たちの体は、宙に浮いていた。
「っ!!????」
私は、白装束の女に抱きかかえられていた。
もう片方の脇には、先輩がぶら下がっている。
私たちは、いつの間にか水槽の上にいた。
頭上には、無機質な天井の梁に電灯がたくさん並んでいる。
私は明るくて流れのはやい景色に目がくらんで、頭が痛くなった。
「え!!?……浮いて、えっ!?」
「チッ、目立つのも気にしないのかぁ……知性ないタイプぅ?」
女が毒づくように言う。
……その言葉に答えるように、水槽からヒト型の何かが飛び出してきた。
服は着ていたけれど、その顔は人間と言うよりも……魚のそれだった。
髪の毛らしきものは左右に少し生えている。でも、それ以外は完全に魚だった。
ぬらぬらと光る鱗に、真っ黒で大きな眼球――
私たちがさっき見かけた大きな魚影は……多分こいつだった。
針のように鋭い背びれが、黒い革ジャンを突き破って飛び出ている。
そいつはもの太っているのに、すさまじい勢いで空中に跳躍した。
「ゲエッ、グゲエエエエェェッ!!!」
そいつはヒレのような両手を伸ばしながら、こっちにとびかかって来る。
「きゃあっ!」
眼前に化け物が迫ってきて、私はぎゅっと目をつぶる。
……しかしその次の瞬間には、私たちは鉄骨を組んだ通路の上に降り立っていた。
「え……え!?」
「職員用の出入口、あっち。」
白装束の女が目も合わせずに言ってくる。
その視線の先には、空振りをするように歯をかち合わせ、腕を振りかぶる魚男がいる。
そして、そのまま再び水の中に落ちていく。
水槽の水の水位は、ものすごい勢いで下がってきていた。
「クソッ、なんでっ……!」
先輩が私の隣で呆然としている。
「あの……あれ、何、ですか?」
「早く逃げてぇ?邪魔ぁ。」
女はけだるげに私の質問を退けながら、腰の刀に手をかけ、手すりに足を掛ける。
水の量はもう少ない。
当然、魚男が隠れられる場所は、もうない――
その一秒後に、奴はまっすぐ飛び出してきた。
白い女との直線距離は、8メートルくらい。
水流に逆らって跳んだ魚男は、さっきほどそれほど速くなかった。
高く跳躍することで、飛距離を稼ごうとしている――――でも、届かない。
「テキィッ!オレノ、テキィッッ――」
「――『蜘蛛の糸』。」
次の瞬間――白装束の女の姿が、消えた。
そしてその次の瞬間、魚男の右腕が、胴体から離れた。
その傷口からは、その容姿からは想像もつかない、赤い、赤い血があふれ出す。
人間の血よりも、より純粋な赤紫に近い、何かが――
「ゲエエエエェェッッッ!!!」
男は絶叫しながら、通路に頭から着地する。
鉄骨がひしゃげ、私たちの足元にもすさまじい衝撃が走った。
私はよろめいて悲鳴を上げる。
さっきから、体がふらふらしてうまく立てない。
「――叶多っ。」
先輩が私の腕をつかんでくれた。
一方、魚男は傷口を抑えてもんどりうっている。
その真上の空中に、あの女が降って沸いたように姿を現す。
彼女はうつぶせになった男の背の上に飛び蹴りを食らわせながら、着地した。
「グエェッ!」
「早く逃げろってば。」
「か、叶多……早く!」
「あ――はい!」
先輩が私の手を引く。
私たちはびしょびしょで重たい服にとらわれながら、通路の端の扉に向かって走り出した。
「質問に答えてくれたらどいたげる――君、いつからお魚さんなのぉ?」
「ガアァッ、アアアアァッ!アアアアァァァ……ッ!!!」
「チッ、駄目じゃん……。」
「ニゲル、ナ……オレノホウガ、ウエダアアァァッ!」
「っ!!」
再び足元にガンッと衝撃が走り、男の声が、突然こっちに近づいて来る。
私が後ろを振り返ると、目の前にあいつの顔があった。
――あ。
私は一瞬、なんだかよくわからない「止まった」ような感覚に襲われる。
あとからそれが、死の直感だと思いだした――前にも一度、身に覚えがある。
……でも次の瞬間、そいつの頭は床に串刺しにされていた。
「……あ、あ…………。」
「ゲッ……エェェ……………………。」
凍り付く私たちの前で、魚男は息絶えた。
「はいもうぐずぐずすんなし。」
女がそう言う間に、魚男の体から霧のようなものが立ち上り始める。
そしてそのまま、男の体はシュ―シューと音を立てて蒸発していった。
私の視界がブラックアウトする。
「…………っ!!い……いやあああぁぁっ!!!」
「叶多、見るなっ!」
先輩は固まった私の手を無理やり引っ張って、扉の向こう側に引き込んだ。
「……ああ。君もまた後で、話あるから――――」
女がそうつぶやいたけれど、扉はもう閉められていた。
明日は朝9時台に投稿します。




