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ききょうくんとなずなさん  作者: Nas
二年生の頃のお話(後)
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84輪目 スイカズラー友愛ー

 年明け最初の登校日。基本的に僕の登校時間は芹さんよりも早い。使用主が居ない机をぼんやりと眺めながら、直近に控えたイベントについて頭を悩ませていた。


「何がいいんだろ……」


 いくら考えても答えは出てこない。インターネットに頼るべくスマホで検索エンジンを開く。

 何度も入力した検索ワード。トップに出てくるウェブサイトは、大方すでに閲覧済みだ。


「はーぎ、何してんの?」

「うっわぁ!?」


 突然後ろから肩を叩かれた僕は、手に持っていたスマホを慌てて隠す。いや、隠す必要なんてどこにもないのだけれど。


「なに? エロサイトでも見てた? ごめんな」

「いや見ないよ。そもそも見ないでしょ、学校で……」

「学校じゃなければ見る、と」

「それは誘導尋問!」


 朝から藪沢くんは絶好調だ、と思いながらふと浮かんだ疑問を口にする。


「部活は?」

「あぁ、始業式の日は午後だけ」

「ふーん。そっか」


 僕がそう答えると、流れる沈黙。


「……ん、あれ、藪沢くんは何か用事があって来たんじゃないの?」

「いや? ただ、姿見えたから来ただけ」

「そう……」


 再び流れた沈黙。用事がないのならば自分のクラスに行ったらいいのに、とは言わず、未だ主人(あるじ)の居ない隣の席に座った藪沢くんを見やる。

 彼なら、もしかしたら答えを持っているかもしれない、けれど……。


「で? そんな真剣に何悩んでんの?」

「えっ!? うーん……」


 少し悩んでから、まあ言ってもいいかと口を開く。


「もうすぐさ、芹さんの誕生日なんだよね。プレゼントあげたいんだけど何がいいかなって……」

「あー……なるほど……萩は? 何貰ったんだっけ?」

「僕? これだよ」


 左手首に着けた腕時計を藪沢くんに見せると、彼は僕の手をぐい、と引き寄せた。


「へー……めっちゃいいじゃん。なんか、アナログってとこが芹さんっぽい」

「芹さん……っぽい?」

「で、なんか候補とかあるの?」

「んんー……それが全くない……」


 良いな、と思うものは大抵高価だし、かといって消耗品ではあまりにも味気ない……というわけで、いまいち決められずにいる。


「藪沢くんはさ、女の子にプレゼントしたことありそうだよね」

「え、俺? いや、俺は別にそんなないよ。そもそもプレゼント送り合うほどの人もいないし」

「え? だって、バレンタインとか……いっぱい貰ってたよね……?」

「え? いや……だって、別にバレンタインって一方的じゃん」


 数十個も貰っている藪沢くんのバレンタインと、一個しか貰っていないバレンタインでは意味合いが違うのかもしれない。ちなみにその一個も芹さんから貰ったものだ。


「じゃあ……例えば藪沢くんが、仲良い女の子に誕生日あげるとしたら何買う?」

「俺? んー……そうだなぁ」


 今藪沢くんは、誰を思い浮かべているのだろう。なかなか出ない答えを待つこと数十秒。藪沢くんは、ようやく質問に答えた。


「まあ……実用的なもの、とかかな」


 物自体は相手が社会人か学生かによるけど、と補足した藪沢くんは、言葉を続ける。


「なんか……化粧品? とかは?」

「一瞬考えたけど……わかんないもん……」

「てかさ、別に本人に直接聞いたらいいじゃん?」

「それは……最終手段かなあ」


 煮え切らない様子の僕を見て藪沢くんは何かを閃いたようにスマホを取り出した。


「じゃあさ、俺らより詳しい人に聞いてみよう」

「? 詳しい人?」

「あ、早。もう返ってきた。んー……ブランドコスメでも安いアイテムあるから、そういうのはどう? って言ってる。色味選ぶのが難しかったらスキンケア用品とか……フレグランスとか……だって」


 聞き慣れない横文字に、なんにも頭に入ってこなかったな……なんて思っていると、カバンの中のスマホが震える。


「あ、それ、送られてきたURLそのまま転送したから」

「ほんと? ありがとう。ところで、誰に聞いたの? 志木さんとか?」

「いや? 母ちゃんだけど」

「母ちゃ……ん? そんな、母親に……?」

「うん。だって、うちの母ちゃん美容部員だし」

「なんか申し訳ない……」

「こういう話は好きだし大丈夫っしょ……あ、芹さん」


 座ったまま教室後方の入口に向かって手を振る藪沢くん。


「あれ、今日部活は?」

「ないよ! 午後だけ」

「そっか」


 芹さんはそう答えると、机の上にリュックを置いた。


「あ、ここ芹さんの席だったんだ。じゃあ俺もう行くね」

「あれ? 知ってて座ってるんだと思ってた」

「いいや? だって萩、なんも言わないんだもん」

「僕も知ってて座ってるんだと思ってたから……」


 教室を出て行く藪沢くんを見送って、時間を確認する。朝のホームルームまであと五分くらいだ。


「あっ」


 リュックを開けた芹さんが小さく声をあげた。


「どうしたの?」

「お土産渡し忘れちゃった……あ、これは萩くんに」

「わ、いつもありがとう」


 手渡されたのは、どこにでも売っているスナック菓子の、ご当地バージョン。


「藪沢くんにはあとで渡しに行こっと」


 そう言って芹さんは、リュックを仕舞う。その瞬間に始業のチャイムが鳴り、三学期最初のホームルームが始まった。



「あたし藪沢くんと苺花のクラス行ってくる。じゃ、また明日ね」

「あ、うん。また明日」


 放課後、教室を出るなりパタパタと駆けていく芹さん。

 僕は、学校を出てそのまま、学校の最寄駅と同じ沿線にある大型ショッピングセンターへと向かった。

 向かう先は、藪沢くんから送られてきたURLに載っているコスメの取り扱いショップ。広い館内を歩きたどり着いたそこは、周りにある雑貨屋よりも高級感のある作りになっていて、一瞬入ることを躊躇う。

 場違い感をひしひしと感じながらも、おすすめされたいくつかの商品を見て回る。


「なにかお探しですか?」

「えっと、誕生日プレゼントを……」

「あら、素敵ですね! 予算や候補はお決まりですか?」


 スーツ姿の店員さんに声を掛けられたので、そのまま相談に乗ってもらう。親身になってあれこれと紹介してくれる店員さんに感謝しながら、時間を掛けて一つに絞った。


「あっ、あの……ありがとうございました」

「いえいえ。喜ばれると良いですね」


 手渡された、手のひらサイズの綺麗なラッピング。誕生日当日まではまだ少し時間があるから、家で大切に保管しよう。



 一月十七日の芹さんの誕生日は、奇跡的に平日だった。

 誕生日といえども早く来るわけではない芹さんは、今日も僕より遅く来た。


「あ、萩くんおはよー」

「うん、おはよう。あのさ……」

「なに?」

「誕生日おめでとう」

「……うん、ありがとう」


 少し照れくさそうに笑う芹さんに、カバンの中からプレゼントを取り出して手渡した。


「わー! ありがとう。開けてもいい?」

「うん」


 芹さんの細い指が、リボンを器用に解き、袋を開ける。中に入っているのは、スティック状の"トワレ"。


「可愛い……萩くんが選んだの?」

「店員さんに聞いたりしてね」


 クルクル、と細い蓋を回して開けた芹さんは、ローラーになっている先端部分を手首の上で回す。


「あ、いい匂い」

「ほんと? 良かった」

「うん、大事に使うね!」


 少し遅れて、辺りに広がる甘やかな香り。

 喜んでくれて嬉しいやら、何となく恥ずかしいやら。香りが薄れるまでの間、僕は何となく授業に集中出来なかった。

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