78輪目 ブバルディアー親交ー
翌日。目を覚ましご飯の前に朝の準備をしていると、背後から何やら視線を感じた。僕は、恐る恐る振り返る。
「な、なに……?」
その視線は僕の勘違いではなかったらしい。ルームメイトの一人と目があったから。
「いや……後ろ姿が女みたいだからなんか得した気がするなって」
「え、えぇ……得したって? そんな風に見られても僕困るよ……」
「いやいや、冗談だって」
和やかに過ごす朝の時間。程なくして運ばれてきた朝食を食べ、今日向かう先は、京都と隣接しながらもまるっきり雰囲気の違う街である大阪。
「萩くん、そんなこと言われてたんだ」
僕の話を聞いて、芹さんはくすくすと笑う。主に部屋であった話で盛り上がりながら向かう先は、観光名所の通天閣。
「芹さんはあのあと何してたの?」
「んーとね、普通に部屋戻って……恋バナとかしてたよ」
「恋バナ……」
「うん、そう……」
女子らしいなぁ、とほんわかしたのも一転。なんとなく流れる、気まずいような、もどかしいような空気。
……気にならないと言えばまあ嘘になるけれど、ここで内容を聞くのも無粋だろう。
何か他に話題を、と思っていると、芹さんが嬉しそうに声をあげた。
「あ、着いた!」
ずっと前から姿は見えていたのに、その真下までは少し距離のあった目的地。
僕たちは早速お目当ての──最上階の展望台へと向かった。
「わー! すごい!」
「ね、ほんとだ……」
眼下に広がる関西の街並み。観光地といっても、少し離れたところにはオフィスビルも建っていて、東京とそう変わらないな、なんてそう思う。
「ねえ、あっちも行ってみようよ」
芹さんが指差したのは、先端がガラス張りのようになっている、跳ね出し展望台。
「え、ほ、ほんとに行くの……?」
「え? うん」
芹さんに手を引かれて、跳ね出し展望台へと足を踏み入れる。数歩進むと、自分の足の下に景色が広がった。そう、ここは、約百メートルの空中浮遊をしているようなスリルが味わえるような作りになっているのだ。
「萩くん、あれ苦手でしょ」
「あれ?」
「博物館とかにある、ガラス張りの床」
「あー……あれは……そうだね、苦手。芹さんは好きそうだね」
「好きっていうか、怖くないってだけだけどね。でも流石に地上百メートルが透けてるのは怖い〜」
少しの間、二人で景色を楽しんで、次に入って来た人達──恐らく、カップルと入れ替わるようにしてまた室内へと戻る。
「あそこさ、貸切でプロポーズする人もいるんだってー」
「へぇ、それ、僕には絶対無理だな……」
順番に下へと降りながら、ついでにお土産売り場も見て回る。
落ち着いたパッケージが多かった昨日の売り場とは対照的な、派手な色使いのパッケージは、ひとつひとつのお土産が自己主張をしてくるよう。
通天閣を出てその後は、名物の串カツや粉物を満腹になるまで食べ歩き、三日目の観光を終えた。
*
「あれ? 萩くん」
その日の夜。たまたま通りかかった足湯のコーナーに並んで座っていた芹さんと志木さんに声を掛けられ立ち止まる。
二人ともお風呂上がりのようで、館内着を着ていた。部屋の風呂とは別に備え付けられた露天風呂帰りなのか、それぞれ手荷物を持っている。そして、芹さんの顔には、いつか見た眼鏡がかけられていた。
「彼氏さんも隣どうー?」
「え? いいの? あ、でもタオル持ってないから」
志木さんの申し出に快諾しようとして、手元にタオルがないことに気がつく。一度入ったら最後、一生足湯から出られないところだった。
「あぁ、お風呂上がりじゃないんだね。そしたら、持ってきたら? 苺花たちしばらくここにいるし!」
「んー……じゃあ、そうしようかな」
「うん! 待ってるね〜」
走らず、けど少し早歩きで廊下を進む。その途中、僕はこちらに歩いてくるとある人物と出くわした。
「あれ? 萩じゃん!」
「あ、藪沢くん!」
タオル片手にこちらに向かってくるということは、彼もきっと足湯にむかうのだろう。
「藪沢くん、一人?」
「いや、志木さんに誘われて今から行くとこ」
「あっ、僕も誘われてて。これからタオル取りに行くところ」
「あ? そうなんだ? じゃあ俺先行って待ってるわー」
「うん」
部屋に戻る道をまた歩きながら、思う。藪沢くんと志木さんって、なんだかんだ仲良いなぁ、なんて。
「ごめん、お待たせ!」
「ねえっ、ちょっと彼氏さん聞いてよぉ!」
芹さんの隣に腰を下ろすと、その反対隣に座る志木さんが身を乗り出してなにやら訴えかけてくる。
そんな志木さんの隣に座る藪沢くんは「やっちまった」といった顔でこちらを見ていた。
「藪沢くんがさぁ、座るなりお風呂上がりなのにあんまり顔変わんないんだねって! 酷くない!?」
「何度も謝ったじゃん〜ごめん、って!」
「暗黙の了解なの!」
「はぁい、気をつけます」
そんな言い争いを繰り広げていたけれど、志木さんは本気で怒っているわけではないらしい。二人は、その後も話題を変えて楽しそうに会話を続けていた。
場も落ち着いたところで、靴下を脱いでズボンの裾を捲り、お湯に足を浸ける。
ちょうど良い温度に管理されているそれはとても気持ちよく、足元からじんわりと温まっていくのを感じた。
「はぁ……いいね……」
「あはは。萩くん、おじいちゃんみたい」
思わず漏れた感嘆の声に、笑って反応する芹さん。ふと見下ろした足の指の先には、綺麗なネイルが施されていた。
「あ、芹さんネイルしてたんだ」
「ん? あぁ、苺花がやってくれたの」
芹さんの左足が、水面から顔を出す。少しくすんだ色の水色に、散りばめられた黄色のラメ。
「そうそう! お揃いっ!」
芹さんの左足に添えられるようにして並ぶ、志木さんの右足。そこには、ピンク色のネイルに、シルバーのラメが施されていた。
「へー……志木さん、器用だね」
感心したような声を出す藪沢くんに、志木さんは「もー藪沢くんのそういう言葉は信用できませんっ」そう言って頬を膨らませた。
「えーだからごめんって」
「うそうそ! 褒めてくれてありがとう! 苺花さぁ、案外こういうの好きなんだよね〜」
褒められて満足、と言ったようにお湯の中に戻される足。
しばらく四人で話して、キリの良いところでそれぞれ部屋へと戻る。
そして、翌日の修学旅行の最終日。船頭さんの愉快なトークを交えながらの保津川下りを終えて、僕たちは三泊四日の修学旅行を終えた──。




