77輪目 ブルースターー信じ合う心ー
僕たちの宿泊場所、聖護院御殿荘から程近い平安神宮の参道。
広い石畳の敷地の両端に並ぶのは、りんご飴やチョコバナナ、イカ焼きなどの屋台。
僕たちは、ひとりひとつずつりんご飴を買って、近くにあったベンチへと腰を下ろした。
僕の左右にそれぞれ芹さんと藪沢くん。人に挟まれたことによって幾分寒さが和らいだ僕は、手に握ったりんご飴に歯を立てる。
飴の部分を噛み砕いて出てきたのは、程よくジューシーな甘酸っぱいりんご。
「二人とも部屋で何してたの?」
身を乗り出してそう問いかけた藪沢くんに、左隣に座る芹さんは身を乗り出して答えた。
「あたし苺花たちと足湯行ってて、部屋に帰るとこだったの」
「足湯行ってたんだ。じゃあ外出てきて冷えちゃった?」
「ううん。もこもこの靴下履いてきたから平気ー」
そう言って芹さんは、片足を宙に浮かせる。芹さんの身体に対しては大きく見えるハイカットスニーカー。もともとのデザインと、中で詰め込まれているであろう靴下のせいなのだろうか。
「萩は?」
「僕? 僕はね……部屋でトランプしてた」
「トランプいーじゃん。大富豪? ババ抜き?」
「……七並べ」
「地味ー……」
そう言って藪沢くんはケラケラと笑うと、思い出したように上着のポケットに手を突っ込んで、中から取り出したものを僕に手渡した。
「なにこれ?」
「お土産! 芹さんにも」
「あ、ありがとう……って、これ……」
受け取った瞬間に、怪訝な声を出す芹さん。藪沢くんがくれたものは、三角の袋に入った、恐らくお菓子。
「あ、芹さん分かっちゃった感じ?」
「わかるよぉ……」
若干嫌そうな声を出した芹さんに、藪沢くんはもうひとつお菓子の袋を差し出す。
「あ、ミニオン! 藪沢くん今日、ユニバ行ってたんだね」
「そうそう。あ、萩にもこれあげる」
そう言った藪沢くんが僕の手の上に乗せたのは、キャラクターのイラストが描かれたフィルムに包まれた、ソフトせんべい。
「あ、ありがとう。ところでこの最初のやつ、何?」
赤と白の細いストライプの柄の上に派手な人形のようなものが描かれた全体的にカラフルな三角の包み。振ってみると、カラカラと小気味の良い音がする。
「まあ……それは、食べてみて、としか」
にやにやと笑う藪沢くんは、良からぬ事を考えているに違いない。
部屋に戻って食べよう……とポケットにお菓子をふたつしまって、残りのりんご飴に齧り付く。
「二人はどこ行ってたの?」
「あ、写真見る?」
「うん見る」
スマホの写真フォルダを開いて、藪沢くんにそれを渡す。
慣れた手つきで画面を操作する藪沢くんは、ボソッと「写真下手だな……」と呟いた。
「下手……って」
「いや、下手じゃん。これ、めっちゃブレてるし」
画面に表示されていたのは、銀閣寺で撮ったツーショットの写真……の、僕が撮った失敗バージョン。
「あー! これね、結局あたしが撮り直したから。萩くんにしゃがんでもらってね」
「そうそう、しゃがまないとね、僕入りきらないから」
「ふーん……芹さん自撮り上手いな……」
「ちょっと待って藪沢くん。自撮り上手いって別に褒め言葉じゃないから」
「え、いやいや違うってそんな意味じゃないよ。詐欺とか言ってるわけじゃなくて単純に上手だねっていう」
「むー……」
僕を挟んで何やら議論を始める二人。しかし、その議論は長くは続かず、話題はすぐに変わった。
「あっ、着物じゃん! へー、二人とも似合うなぁ……」
「そうそう、萩くんがね、良く似合ってるよね」
「いやいや、芹さんこそ……」
「そういうのは他所でやってもらっていい?」
しばらく風景の写真が続いた後に表示されたのは、和風パフェの写真。
「これもなんかちょっと……ピントが……」
「いやほら……僕、普段あんまり写真撮らないから……あっ、藪沢くんの方の写真も見せてよ」
「あ、あたしも見たーい」
三人でひとつの画面を見ながら、その日の思い出話に花を咲かせる。
りんご飴も食べ終わり、肌寒さが若干気になってきた頃──芹さんがとある提案を僕等に投げかけた。
「ねーちょっとさ、あったかい物食べたくない?」
「食べたいっ!」
芹さんの言葉に真っ先に返事をしたのは藪沢くん。僕はといえば、やたらとボリューミーだった晩御飯のメニューを思い出しながら、ただ無言で胃の辺りをさする。二人の胃袋の容量は一体どうなっているのだろうと思いながら。
「じゃああたし、なんか買ってくるよ」
「え、一人で行くの? 危なくない?」
「うん、二人で席取られないように確保してて」
一緒に行こうか、と立ち上がりかけた僕を制して、芹さんは人混みへと消えていく。
その後ろ姿を見送った藪沢くんは、視線を前に向けたまま口を開いた。
「二人ってさー……」
「うん?」
「まだ付き合ってないの?」
「まあ、そうだね……」
「まあそうってことはなんかあったの?」
二人きりになってから、初めて交わる視線。
僕をじっと見つめる瞳に嘘をつけないことは、僕自身が一番よく知っている。
「……文化祭の後にね、告白したんだよ」
「え!? へぇー!」
目を輝かせて、先ほどまでの旅の思い出話よりも興味があるんじゃないだろうかというほどに食いついてくる藪沢くん。
「で、まあ……それは、断られたんだけど……」
「えっ?」
「……好きだから、付き合えないって……さ」
自分で言うのは恥ずかしい以外の何物でもないな……と思いながら、ざっくり事の顛末を掻い摘んで説明する。
「えーでもそれ、もう両想いって事じゃん。それも結構なやつ」
「うん……でも、芹さんがまだ友達でいたいみたい」
「萩は? 萩はそれでいいの?」
「え、僕……? そうだなぁ……」
僕は、藪沢くんの問いかけに少し考えて口を開く。
「僕はやっぱり、芹さんがそう思うならそれでいい、と思うし……それに、付き合っても何にも変わらないんじゃないかな、多分」
「あー、それはまぁ、確かに。でもさぁ」
すっと前を向く藪沢くん。その視線の先には、数個のパックを抱えてこちらに向かって歩く芹さん。
「もしも、どっちかに恋人が出来たら? そうでなくても好きな人が出来たらどうすんの?」
「それはね、大丈夫だと思うよ」
「ひぇ〜。すごい自信」
「多分お互いにそう思ってるから」
「二人ともお待たせ!」
ちょっと置かせてね、と使われた僕の膝の上。ほんのり温かい……いやむしろ、熱いくらいのパックから漂うソースの香り。
「何買ってきたの?」
「たこ焼き! ……と、これはおまけでくれたベビーカステラ」
食べよ食べよ、と箸を配る芹さん。ちなみに僕の膝は、そのままテーブルになるらしい。
……その後、僕達が宿に戻ったのは、消灯時間ギリギリの事。
その時の先生との攻防は──また、別のお話。




