75輪目 フクシアーつつましい愛ー
繁華街からは少し離れ知恩院や八坂神社に続く道の近くにある、最近人気のきな粉パフェのお店。
こじんまりとした和風の店構えのそこは、一階がお土産売り場、二階がカフェスペースになっていた。入店するとすぐに気付いてくれた店員さんによって二階の窓際の席へと案内された。
和風な作りだけれど、席は座敷ではなくテーブル席。着慣れない服を身につけた僕……いや、芹さんにとってもきっとそれはありがたいことだろう。
モダンな落ち着いた雰囲気の店内は、程よく自然光に照らされていて、ついうっかり長居してそのままうたた寝してしまいそうなほどに居心地の良い場所だった。
「萩くん何にする?」
キラキラした目でメニューを見る芹さんは、事前に調べた一番人気の──焦がしきな粉パフェのページで手を止めていた。
「僕も……これかな」
「うんうん、あたしも。じゃあ注文しちゃうね」
芹さんが店員さんに注文している間、おしぼりで手を拭きながらなんとなくぐるりと辺りを見渡す。
そう広くない店内に設けられたテーブルの数もそんなに多くなく、座席数の八割ほどは埋まっているだろか。
標準語の飛び交う店内は、季節柄観光客が多いのだろう。各々、そこそこの高さがあるパフェを食べながら京都の思い出話に花を咲かせていた。
「あ、実物……すごいね」
トレーの上に置かれたパフェを運ぶ店員さんの様子を見ながら呟いた芹さん。
「ね、思ってたより大きいかも」
僕もそれに同意して、自分達の分はいつくるのだろう、と心を躍らせる。
窓際の、暖かな席でゆったりと二人で話していた時に、不意に聞こえてきた他の席の会話。
普段なら気にならないけれど、僕達のことを言っているのであろう言葉に自然と耳が傾く。
「……どうしたの?」
「……あ、ごめん」
後ろの会話に耳を傾けるうちに目の前の会話に疎かになっていたらしい。全く僕は器用じゃない……と苦笑いをして、事情を話す。
「いや、どっかの席の人がさ、着物可愛いって、言ってて」
「あ、そうなんだ? うん、確かに可愛いよね」
頬杖をついて、にこりと笑った芹さんがこちらに真っ直ぐに視線を向ける。
なんとなく直視出来なかったその瞳から目を逸らすと、タイミング良くこちらへパフェを運ぶ店員さんの姿を見つけた。
「お待たせいたしました」
運ばれてきた二つのお揃いのパフェ。
きな粉やわらび餅を基調としたそれは、素朴な色合いをしていて、東京で見かけるパフェとは全く色味の違うものだった。
パフェ一つにつき一枚ついてきた、小さな和風のトレーもその上品さを演出しているように思える。
「一番上の層はメレンゲになっていますので、スプーンで砕いてお召し上がりください。テーブルにあるきな粉はかけ放題となっていますので、ご自由にお使いください」
粗方の説明を終えた店員さんが立ち去ると同時にスマホを取り出し、写真を撮る芹さん。
それに倣って普段あまり食べ物の写真を撮らない僕も、目の前のパフェをスマホのカメラに納める。
「いざ目の前に来るとすごいボリュームだね」
メニューを見ていた時と同じくらい、いや、それ以上に目を輝かせて、長いスプーンを握った芹さんは、パフェの一番上の層を一思いに砕く。
器の縁よりもほんの少しだけ高いところに掛けられていたきな粉がハラハラと舞うのを見て、なるほど、このトレーはその為にあるのだ──と納得して同じように目の前のパフェにスプーンを突き立てる。
サクッと小気味良い音を立てながら割れたメレンゲを口に含むと、香ばしいきな粉のかかったメレンゲはさくさくほろほろと口の中で溶けていく。
上から順番に色々な味や食感を楽しんだところで、お待ちかねのきな粉かけ放題。
「あ、次あたしにも貸して」
「うん、はい」
遠慮なしにパフェにきな粉を入れていく芹さんの手つきは、いっそ清々しいほど。
追加したきな粉は、繊細な和風のパフェの味を更に引き立ててくれるようだった。
「美味しいね」
残り半分で無くなってしまうパフェを名残惜しそうに見つめて、そう言った芹さんに同意する。
「ね、来てよかった」
「食べ終わったら下のお土産も見ていい?」
「あ、うん。僕も見ようかな」
「でもさ、みんな京都にいるわけだからあんまりお土産買う物ないよね」
ここでいうみんな──とは、恐らくだけれど志木さんや藪沢くんのことを指しているのだろう。確かに、他に買うというと家族かバイト先くらいしかないかもしれない。
「うちのお母さんさ、お土産いらないって言うからちょっと困っちゃう」
「あ……そういえば前にも言ってたよね」
「うん。だから、どうしようかなって」
どうしよう、と悩みながらもぱくぱくと食べ進める芹さんに追いていかれないように僕も、パフェを食べ進める。確かに、いらないと言っているのに買っていくのも芹さん的には抵抗があるのかもしれない。何かいい解決策はないかな……と悩んでいると、あっという間に最後の一口にたどり着く。
もう食べ終わってしまう──そんな、少しの寂しさを感じながら食べ終えて、同じく食べ終わっていた芹さんと一緒に一階へと下りる。
会計は一緒でいいとのことで、会計を済ませる前に僕と芹さんは各々お土産の物色をしていた。
「んー……」
「何かいいのあったの?」
「ううん、いいのっていうか……」
迷っている様子の芹さんの手に握られていたのは、本わらび餅のパッケージ。商品近くに貼られたPOPによると、このお店の一番の推し商品らしい。
「パフェに入ってたわらび餅美味しかったから買いたいけど、食べきれないな……っていう……期限が……」
「……あっ、じゃあさ、こういうのどう?」
「え、なになに?」
「大したことじゃないけど、それお母さんと食べながらお土産話したらいいんじゃないかなって」
「お土産話……改まってするの恥ずかしくない?」
「そう? お母さん喜ぶと思うけど……」
僕の提案に少し悩んで芹さんは、結局わらび餅を買うことにしたらしい。
「萩くんは? 決まってる?」
「僕はね……家用のきな粉と、バイト先のお土産のクッキー」
「家用にきな粉?」
「うん。あのさ……バニラアイスの層ときな粉の組み合わせが最高で……」
そう言いながら、思い出すのは少し溶けた濃厚なバニラアイスと、香ばしいきな粉の和洋折衷な組み合わせ。
もちろん、わらび餅やほうじ茶ゼリーも美味しかったけれど、そこが一番印象に残っている僕はきっと、子供舌なのだろう。
会計を終えて外に出る。まだ時間に余裕もあるし、せっかくなら清水寺まで歩こうか──と歩き出したところで芹さんが僕を見上げる。
「……それを、お母さんとお土産話と一緒に?」
「……どうだろう」
「萩くんって、不思議だよね。他人の家庭のことはよく考えられるのに、自分の家庭にはあまり執着ないみたい」
「そう、かな? いや……うん、そうかも」
「それが悪いってことを言いたいわけじゃないけど……あっ、ねえ」
「どうしたの?」
「パフェ食べたらさ、お茶飲みたくなっちゃった。渋くて熱いやつね」
「それいいね……! 何処かにいいお店ないかな」
「うん、調べてみる。あ、あっちの方にあるって」
少し早歩きになる芹さんの後ろ姿を追いかけながら、僕は、きな粉バニラアイス、お母さんと一緒に食べてみようか──なんて、そんなことを考えていた。




