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ききょうくんとなずなさん  作者: Nas
二年生の頃のお話(後)
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72輪目 紫のムスカリー失意ー

「京都、楽しみだね」


 早々にお昼ごはんを食べ終わった芹さんは、先程獲得したクロワッサンを食べながら何度も繰り返し読んだパンフレットを眺める。

 そのパンフレットには、いくつもの付箋が貼られていた。


「うん、僕行ったことないしね。楽しみだなぁ……」

「ここのパフェとか、ほんとに楽しみ!」


 ピンク色の付箋が貼られたページを開くとそこには、祇園にある最近人気らしいお店の特集が組まれていた。

 目玉メニューは、所謂"映え"を意識した、派手さはないけれど京都らしいシックでわびさびのある盛り付けのきな粉パフェ。ちなみに、自家焙煎きな粉がかけ放題らしい。


「ね……着物でもパフェ入るかなぁ?」

「入るか、じゃない。入れるの」

「そ、そっか……」

「あっ、食い意地張ってるなってちょっと引いた?」

「……引いてないよ?」

「……そお?」


 そう言いながら手元のクロワッサンの最後の一口を詰め込んだ芹さん。……前言撤回。その小さな身体の、どこにそんなに食事が詰め込まれているのかは多少は気になるかもしれない。


「萩くんはさ、何が楽しみ?」

「僕? なんだろう……清水寺とか……楽しみかな。あとはやっぱり……」


 ちらり、と芹さんを見やると、キラキラとした瞳を僕に見せつけていた。


「……いや、なんでもない……」

「なにそれ。ま、いいや。あたし川下り楽しみだなぁ」


 深入りされなくてよかった、と少し安心する。言えるわけがない。いつもラフな格好の彼女の、着物姿が楽しみだなんて──。


「あっ、チャイム」

「わっ、もう? 早いね」

「うん。でもさ、午後はあたし達出番ないから」

「それもそうだね」

「ま、みんなの応援でもしてよっか──」



 その後三時間ほどで午後の競技も終わり、体育祭は結果発表をもって閉会となった。

 総合優勝は赤組、応援賞は緑組。なににも掠らなかった僕達青組の面々は、打ち上げに行こうという提案すら出ることもなくそのまま帰りのホームルームを終えて帰宅していた。


「萩くんちょっといいかしら?」


 そんな僕のことを呼び止めたのは、クラスの担任。


「……? はい……」

「あっ、もしかして用事あった?」


 担任は、僕の隣に視線を落とすとそう問いかける。


「いや、何もないんで大丈夫ですよ」

「そう? ごめんね、急に」

「じゃあ、あたし先に帰るね」

「あ、うん。また明日……それで、何の話ですか……?」


 担任から呼び出されるようなこと、何かしただろうかと思考回路を巡らせる。


「お説教とかじゃなくてね。進路のことで……」

「進路の……」


 立ち話では何だからと、連れられた先は進路指導室。


「文化祭明けに提出してもらった進路希望調査なんだけど……」

「えっと……何か、変な事書きましたっけ」

「ううん。ちゃんと書いてある。書いてあるんだけどね」


 目の前にスッと差し出された二枚の紙。

 同じ様式のそれは、一学期に書いた進路希望と、二学期──つまり、文化祭明けに提出した進路希望だった。


「夏休み、オープンキャンパスとかもたくさん行ってたのに就職にしたのは何か理由があるの?」

「あ、えっと……」


 担任の質問を受けて、目の前の二枚の紙に視線を落とす。

 一学期──第一希望、進学。下のフリースペースには、希望の学科や、オープンキャンパスの予定などがみっちりと書き込まれていた。

 そして、二学期。第一希望、就職。


「何か、言いづらい事?」

「……そう、ですね……」

「最終的に決めるのは萩くん自身だけど、もしもお金の事とかなら、奨学金を借りる手もあるのよ?」


 差し出された三枚目の紙。そこには、奨学金の事がわかりやすくまとめられていた。


「……」


 無言でプリントを見つめる僕に、担任は更に続ける。


「それとも、就職したいところが見つかった?」

「あ、はい。えっと……今のバイト先の料理長が、うちに就職すればって言ってくれてて」

「そうなのね……うん。でも、もう一度よく考えてみてね。言わなくても、わかってると思うけれど……」

「はい……」


 その後二言三言雑談を交わして学校を出た頃には、太陽が傾きかけていた。

 先ほどまで賑やかだったグラウンドはすっかり片付けられて、どこか寂しさすら感じる。


「はぁ……」


 溜息をついて、一人きりの通学路を歩く。


 ──金銭面……それも少しは理由になるけれど、なにもそれが一番の理由ではない。


 担任に言えなかった一番の理由──それは、夏休み中のあの、オープンキャンパス後の出来事にある。


 未だに中学生時代の出来事がトラウマになっている僕。そして、そのせいで大切な人──芹さんの事を傷付けた。

 あの日、芹さんと二人で花火を見上げながら密かに僕は、夢の終わりを感じていたんだ。


 "こんな僕では、誰かを救う事なんて出来ない"


 だから、これで良いんだと、そう思うしかなかった。



「萩くんっ、すごいね。京都!」

「ね、わぁ……京都駅ってすごく近代的な建物なんだね……」


 体育祭も終わり、間髪入れずに次の行事──修学旅行当日を迎える。

 昨日は、広島・原爆ドームで平和について学び、今日明日は京都、大阪で自由行動。そして明日は、芹さんが楽しみにしていた川下りに学年全員で参加して嵐山の散策、そして帰宅──という日程。


 二日目の今日。僕たちは、京都駅へと降り立っていた。

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