【リ・ヴィクトリー②】
「……軽音部?」
柳の予想通り、父は怪訝な反応を示した。
そこで、帰宅するまでに考えていた言い訳を述べる。
「──最初は、運動部も視野に入れていたんですけど、どうしても拘束時間が長いらしく……軽音部なら、息抜きにもなるし勉強に支障をきたさず活動できると思って選びました」
柳のその言葉のほとんどは嘘だ。
運動部を視野に入れていた事実はこれっぽっちもないし、軽音部に入った理由も出鱈目。
しかし、堂々とした柳の様子に父はそれが嘘だとは微塵も思わなかった。否、そんな事、想像もできなかった。
「そうか。まあ、くれぐれものめり込みすぎて学業が疎かにならないようにな」
「はい、お父さん」
「──じゃあ、会社に行ってくる」
父はそう言って立ち上がると、ソファの背もたれに掛けられていたコートを手に取り玄関へと歩いて行った。
そして、リビングを出る直前──振り返り言った。
「そうだ。新入生の代表挨拶、良かったぞ」
「あ、ありがとうございます」
柳は、玄関の扉が閉まる音を聞きそっと胸を撫で下ろす。それが、部活が認められた事に対してなのか、それとも挨拶を褒められた事に対してなのかは柳には分からなかった。
とにかく一仕事終えた柳は、制服を脱ごうと自室へと向かった。
「あっ、柳サンおかえりー」
「は……なんでお前がオレの部屋を自室みたいに使ってるんだよ」
「おばさんが入れてくれたのー」
柳の部屋の座椅子を自分のもののように使っていた人物、志木 苺花。
彼女は柳の幼馴染であり、柳の父が経営する会社の主要取引先である病院の長女である。
「で、その入れてくれた母さんはどこ行ってんの」
「あぁ、ケーキ買ってくるって行ってたよー?」
「で、お前は何しに来たんだよ」
「えー? 柳サンの制服見に来たんじゃん! 似合ってるね!」
立ち上がった苺花は、柳の周りをグルグルと歩き、制服姿の柳を隅から隅まで観察した。
「あーもう」
「あっ、おばさん帰ってきたんじゃない?」
階下からの音を聞き取った苺花は、扉を開けてリビングルームへと下って行く。
人の家を自分のもののように扱う苺花の様子に柳はため息を吐き、ネクタイに手をかける。
そして、苺花の後を追い自らもリビングに着くと、母親に声を掛けた。
「母さん」
「あら、おかえり。苺花ちゃん来てたんだけどリビングにお父さんいたから部屋に通しちゃったわ」
「別にそれはいいけど」
「お昼まだ食べてないでしょ? 今食べる?」
「うん」
「苺花ちゃんもよかったらちょっと食べない? グラタンなんだけど、少し余っちゃって」
「えー! いいんですか! ありがとうございます!」
ニコニコと笑う苺花に笑いかけて、柳の母親はグラタンの仕上げに取り掛かった。既に出来ている具材とマカロニを絡め皿に盛り、チーズを掛けて予熱済みのオーブンに入れる。
「先にスープとサラダどうぞ」
母親はそう言いながら、大皿に入ったサラダを二人の間に置いた。そして、取り皿と二人分のスープも置くと、台所へと戻っていった。
「ねー、柳サンって部活どうするの?」
「あぁ、それなら軽音部に……」
「えー! そうなの? 意外! ちなみにパートとか決まってるの?」
「まだメンバーとかは全然決まってないんだけどドラムをやる事になる、と思う」
「え、そうなの!?」
"ドラムをやる"と言った瞬間に目を輝かせた苺花は、ガタン、と音を立てて椅子から立ち上がった。柳はそれを「行儀が悪い」と嗜める。
「ね、苺花も実はドラムやってるんだよ」
「……は?」
「柳サンはうちに来てもさ、離れの方に近付かないから知らないと思うけど……庭の隅っこにね、お父さんの防音室があるの」
「それは知らなかった」
「苺花嬉しいな〜。ドラム仲間が出来て! そうだ、今度うちで一緒に練習しようよ!」
──こんな、うまい話があるのだろうか。
柳はそう躊躇いつつも、苺花の提案に首を縦に振る。
出来すぎた話だが──これは同時にメリットでもある、と瞬時に想像できたからだった。
「楽しみだな〜!」
苺花はそう言いながら、スープの中に入っていたウインナーを齧った。
──それから、数日後。
中学校には正式に軽音部が出来、部室として多目的室があてがわれる事となった。
そして、一八の思惑通り、柳目当てに入部した女の子が多く、軽音部は校内の文化部の中でも特に新入部員が多い部活となった。
そして──。
「やーなぎっ」
「なんですか?」
五月も中旬になる頃には、柳と一八はそれなりに仲良くなっていた。
登下校中に会えば話しながら歩くし、校内で会えば一八は必ず柳に絡んでいた。
「お前さ、バンド組んだんだろ? どう?」
「あぁ……まだ組んだばかりだしお互い初心者なので。でも……」
「でも?」
「まあ、その、楽しくはあります」
「おいおいっ、照れるとこじゃないだろ」
そう言って柳の背中をバシバシと叩く一八。
柳は、それを止める事なく受け入れる。
「お前らの演奏、楽しみにしてるよっ」
「はは……頑張ります」
一八と別れ、自分の教室に向かいながら柳は、早く先輩たちのような技術を身に付けてステージの上で演奏したい──一人そう、思っていた。
そしてそれは、当然のように叶うと、信じて疑っていなかった。




