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ききょうくんとなずなさん  作者: Nas
二年生の頃のお話(後)
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71輪目 アベリアー譲渡ー

 借り人競争も終わり、次の種目は芹さんが出場するパン食い競争。

 次々に順位が決まっていく競技の中で、芹さんが出場したのは──一番最後の方だった。


「位置について、よーい!」


 パンッ、とピストルが鳴り、四人の選手が一斉に走り出す。スタートダッシュのスピードはほぼ同じで、中間地点よりも少し手前に設けられたパンが吊るされた場所を一番に抜けた人が一位だろう──そう予想する。


 三競技目で盛りあがる声援の中、一番に抜けたのは──……


「すごい、芹さん一位だったね!」

「……うん。運動部と被ってなかったのは運が良かったかな」


 席に放り投げられていたプログラムをうちわ代わりに使いながらそう言った芹さんの手には、先程の戦利品のパン。

 それは、予想していた形とは違うものだった。


「…….クロワッサン?」

「ね、クロワッサンだった」

「普通あんぱんとかだよね」

「去年は何だったかな? メロンパンだったかも」


 後で食べよう、と椅子の下に置かれた荷物と共に纏められるクロワッサン。


 次に始まる競技は──


「あ、あれ、藪沢くんじゃない?」


 芹さんが指差したのは、サッカー部のエース、藪沢くん。彼を含めた二百メートル走の第一走者がレーンに並ぶ。


「あ、ほんとだ。チーム違うけど知り合いには一位とってほしいって思っちゃうよね」

「ね、わかる。あっ、始まった」


 ピストルの音と共にスタートする二百メートル走。

 見事なクラウチングスタートを決めた藪沢くんは、序盤から二位以下との差を保ちながら二百メートルという距離を走り抜ける。

 そして、逆転を許さないまま──圧倒的な足の速さを僕達応援席に見せつけてゴールテープを切った。  


「おぉー! すごいね、藪沢くん」

「ね、流石だなぁ」


 隣ではしゃぐ芹さんは、藪沢くんが敵チームだということを忘れているのだろう。

 ……とはいえ、見事な結果に僕も感嘆しか出なかったわけだけれど。


「……あれっ?」


 なんとなく出場者列に目を向けた僕は、その中でも一際目立つ生徒──柳先輩の姿を見つける。


「なに?」

「柳先輩も二百メートル走なんだなって思って」

「あ、そうなんだ」

「ていうか僕、去年の体育祭の記憶全然無いや」

「だってそりゃあねぇ、ずっと日陰でサボってたもん」

「そうだっけ……」


 ふと思い出す、体育祭が終わった後の藪沢くんの「俺知ってるからな!? リレーの最中二人でアイス食べてたの──……」という言葉。今年はちゃんと応援しよう、と、何走目かになる二百メートル走を見守る。

 男子最後の走者には、柳先輩の姿があった。


「柳先輩ってさ、何でもできるね……」

「うん、そうだね」


 僕の言葉に同意した芹さん。それとほぼ同時にスタートした選手達は、ほぼ互角の戦いを繰り広げている。


「やっぱり薬学部に進学するのかな……」


 ぽつり、と漏らした僕の言葉に首を傾げた芹さん。


「……あれ? 話したこと、あったっけ」

「あ、ううん。志木さんから聞いたの」

「あー……苺花。さあ、どうだろうね」


 考えている口ぶりではいるけれど、深くまでは考えていない──そんなような表情の彼女が見守る先は、白いテープの張られたゴール。


「柳先輩って、ずっと親の言いなり……って表現はあれだけど、そんな感じだったのね。でも最近は……」


 ──僅差で切られるゴールテープ。


「なんか、(ありのまま)っぽいからさ、大丈夫なんじゃない? いろいろと」

「そうなんだ。それは──……」


 芹さんのおかげでもあるんじゃないかな、そんな声を掻き消すように発表される結果。


「一位……赤組!」


「おぉー……柳先輩、すごい」

「ねー、ま、背も高いしね……まあ、運動できるよね……って、萩くんそろそろ移動じゃない?」

「あっ、そっか」

「頑張ってね」

「うん、頑張る」


 どちらからともなく交わされる小さなハイタッチ。

 同じ、ムカデ競走出場のメンバーと共に、集合場所へと急ぐ。


「あれっ、なんか萩、やけにやる気じゃない?」

「たしかに」

「えっ、そ、そうかな?」


 ……いつも通り、だと思うけれど。軽く言葉を交わしながら集合場所に辿り着くとそこには、見覚えのある──リヴィの、小鳥(ことり)……いや、小鳥遊(たかなし)先輩の姿があった。


「あ、(そう)のお気に入りの……」

「萩です。萩ききょう」

「ききょう……」


 ふうん、と僕の上から下までを眺めて小鳥遊先輩は緩やかな動きで首を傾げる。


「体育祭ガチ勢なの?」

「え、いや、違いますよ」

「そうなんだ。なんか、やる気そうに見えたから」

「そ、そうですかね……」


 何でそんなに、柄でも無いことを言われるのだろう。そんな事を思いながら競技の準備を進めていく。

 きっと──知り合いがみんな、一位を取っていったから、それに感化されているんだ。

 ムカデ競走、六人一組で行う種目。


「あのさ」


 後ろから二番目に配置されている僕が声をあげると、前にいる四人が振り向く。

 柄じゃ無いな、と思いながら言うのは、たったの一言。


「一位取ろうね」


 それに返ってくるのは、力強い言葉達。


 そして始まった──僕達の競技。


「位置について! よーい……」


 パンッ、と鳴り響いた合図。まず目指すのは、二十五メートル先のカラーコーン。

 スタートダッシュは、僕達青組と小鳥遊先輩のいる緑組の優勢。

 カラーコーンで折り返したところで、緑組が少し先を行く。


 焦る僕の気持ちとは裏腹に、スタートからずっと変わらない調子の掛け声。

 焦りは禁物──着実に一歩ずつ、足を進めていく。

 そして、ゴールテープを切ったのは……。


「一位! 青組! 二位、緑組!」


 僕達は、そのアナウンスを聞いてから足の紐を外して、ハイタッチを交わしていく。


 興奮冷めやらぬまま応援席に戻ると、芹さんが駆け寄ってきて行きと同じようにハイタッチをくれた。


「見てたよ! すごかったね」

「うん、ありがとう……楽しいね、体育祭も」

「もう後は応援するだけだけどね」

「そっか、そうだね」


 この後は、昼休みを挟んでから四組の応援団による応援合戦のパフォーマンス、それから、クラス対抗リレー、運動部対抗リレーの男女、文化部対抗リレー、クラス対抗の大縄をこなして終わりになる。


「今年はさ、ちゃんと応援しよっか」


 昼休みの始まりを知らせるアナウンスと共に教室へと向かう道中、芹さんは言う。


「部活動の対抗リレーってね、アンカーに渡すのは三年生の部長なんだって」

「へぇ……じゃ、アンカーは?」

「アンカーはね、新部長。だから、藪沢くんとか……苺花とかがアンカーで走るかな」

「志木さんって部長だったの!?」

「……意外? 中学生の頃からそんな感じだったけどね」

「そうなんだ……」


 でも確かに、柳先輩とは違う形で人を引っ張っていけそうなあの快活さと、ふいに見せる面倒見の良さは、十分リーダー気質なのかもしれない。


「来年はさ、あたし達も三年生だね」

「うん……あっという間だね」

「あ、感情に浸るのはまだ早いよ。あの行事がさ、まだあるから」

「あの行事……?」

「修学旅行! もうすぐじゃん。そうだ、ご飯食べながらまたパンフレットでも見よっか──」


 早く早く、と急かす芹さんの後を追いかける。

 その瞬間に突然強い風が吹いて、落ち葉が舞い上がる。

 頭上に広がるのは、夏から秋へと移り変わる途中の空。

 季節と共に移ろいゆくそれぞれの立場や人生。僕は、その中で何かのきっかけになれているのだろうか。


「何だかずっと、助けられてばっかりだなぁ……」


 誰にも聞こえないその呟きは、二度目の強風に攫われて消えた。

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