70輪目 ススキー活力ー
「宣誓! 僕たち」「私たちは──」
高い秋空に、選手宣誓が響き渡る。赤、青、黄、緑。それぞれのチームのTシャツの色があしらわれたクラスTシャツが並ぶグラウンドは、いつもより鮮やかで、そして賑やか。
そう、今日は──
「晴れてよかったね」
「あ、芹さん。ね、せっかくの体育祭だもんね」
学園祭体育の部にあたる、体育祭。
一学年の一組から八組の全八クラスを四色に分ける。それが、三学年分で一チーム六クラス分。僕達のクラスは、青組に振り分けられていた。
「まあでも……文化祭のおまけ感は否めないよね」
「あはは……そうだね」
「練習もそんなにしてないしね」
「ね。体育の授業で大縄ちょっとやったくらいで……」
──文化祭のおまけ。
芹さんが何の気なしに発した文化祭という単語は僕の中で未だ処理しきれない出来事としてくすぶっていた。
二人で公園で話したあの日からなんとなく、落ち着くはずだった彼女の隣が落ち着かない。
けれど。
言わなければよかったとは、微塵も思わないわけで。
僕の目に映るいつも通りの姿の芹さんを見て、器用だなぁとは思うけれど。
「あっ、そろそろ最初の競技始まるみたい。知り合いいたら応援しちゃうよねー」
開会式の後に買いに行ったのであろうスポーツドリンクを片手にグラウンドを見渡しながら芹さんは言う。確かに……と同意しながら、僕もグラウンドを見渡した。
第一種目である玉入れの準備がそろそろ終わるらしい。出場選手が指定位置に並んでいるのを見て、知り合いがいないかどうかを確認する。
「やぁ! お二人さん!」
競技が始まっても応援席から動こうともせずグラウンドを眺めていた僕達に掛けられた声。そこには、赤いTシャツを身に付けた志木さんと藪沢くんがいた。
「二人とも、応援席で寛いで参加する気ゼロじゃん」
藪沢くんの言葉に反論したのは、芹さんだった。
「自分の競技まで体力温存してるの」
「ふーん? 芹さんって何に出るの?」
「あたし? あたしはねぇ……パン食い競争。藪沢くんと苺花は?」
「俺は二百メートル走とあとリレーかな。クラスと部活の」
「苺花は借り人競争とと部活リレーだよ!」
二人ともよく走るなぁと感心していると、ピストルの音が鳴り響いて競技が始まる。
より一層賑やかになったグラウンドに視線を向けると、カゴを背負った生徒が敵チームの色に追いかけ回されていた。四チームによるトーナメント戦の、第一回戦目は赤組と青組。ちょうど、僕達の色と同じだ。
「あ、そういえば萩は? 何に出んの?」
「僕? ムカデ競争……」
「走らなくていいやつを選ぶところ、萩っぽいな……」
「でしょ?」
「なんでそんな得意気なの? 別に褒めてないんだけど」
そう言って笑う藪沢くんにつられて僕も笑う。
二度目のピストルが鳴り響いたグラウンドの方を見ると、競技タイムは終わりカゴの中の玉を数えているようだった。
僕と芹さん、そして藪沢くんと志木さんの四人でその様子を見守る。
「第一回戦目、勝者──赤組!」
わぁっと盛り上がる、赤色のTシャツを着た生徒達。今しがた競技を終えた選手達を労うように、両組のチームの応援団がそれを更に盛り上げる。
「やったー! 苺花達も応援席戻ろっか」
「うん……あ、俺達ガチで優勝狙ってるから! じゃ、また後で!」
おまけだと称した僕達とは全く違う温度差の二人。藪沢くんはもともと運動する人だし、志木さんは──普段の様子を見るに、どちらかと言えば運動は得意な方なのだろう。
「あ、苺花、次出番じゃん」
事前に配られていた運動会のプログラムを見ながら芹さんは言う。
「ね。その次はパン食い競争だ……そういえば、去年もそうだったよね?」
「うん。走る距離自体は短いしそれに……」
「……それに?」
「パン食べれるからね!」
キラキラと双方の瞳を輝かせながらそう発した芹さんは、今日一番の笑顔を僕に向けていた。
「そ、そう……」
「あ、いまちょっと引いたでしょ? 食い意地張ってるなって」
「いや、思ってない、思ってないよ」
「そう? あ、競技始まる」
入れ替え時間が終わり、再び競技の始まるグラウンド。次は黄組と緑組。
ピストルが鳴り響き、また同じように試合が始まる。
「あ、緑組のカゴ背負ってる人、風見先輩じゃない?」
「あーほんとだ。よくわかったね」
芹さんは感心したように言うと、グラウンドを眺めながら頷く。
「風見先輩、逃げるのうまいね」
「ね」
黄組に追われて逃げる風見先輩は、競技スペースをうまく使い縦横無尽に走り回る。底無しの体力を見せつけるようにして、相手チームを翻弄した結果は圧勝。競技結果の発表が終わると風見先輩は、クラスメイトからの激励を受けていた。
玉入れの決勝戦は赤組と緑組。三位決定戦は、青組と黄組。
全四回戦の玉入れの競技を終えて次は、志木さん出場の借り人競争。
「借り人競争ってさ」
「うん?」
「ハードル高いよね」
「うーん、そうかな……」
僕の言葉に首を傾げた芹さんは、第一試合が始まろうとしているグラウンドを見ながら言う。
「こう言う日だし、全く知らない人連れてってもノリでどうにかなるんじゃない?」
「そういうものなんだね……」
「うん。そうだよ、あっ」
「ん? あ、浮張さん。黄色なんだね」
黄組の第一走者は、浮張さん。ピストルの音とともに走り出してまず向かうのは、それぞれのレーンに設けられたお題箱。
スタート地点から二十メートル程先に設置されたそれに向かう走り方で、もう分かる。浮張さんは、そんなに足が早くないらしい。
お題を引いた浮張さんが真っ先に向かったのは、ゴールから程近い救護用のテント。そこにいた保健の先生を連れて行くと、スタートダッシュの遅さからは想像もできなかった一番でのゴール。
「えっと、テーマは、女の先生でした!」
一位の人はゴールでテーマを読み上げるのが何故か風習のこの借り人競争。僕が参加したくない理由も、ここにあったりするのだけれど。
次々とゴールしていく、他の選手。そして、借り人競争の中盤で、志木さんが登場した。
「位置について、よーい!」
パンッ、とピストルの音が鳴り響く。走り出した志木さんは、一番にお題の紙を引くと、生徒会と書かれたテントに走る。そこにいた柳先輩を連れ出すと、二人でゴールへ向かっていく。
二人とも、足はかなり早いらしい。そのまま一位でゴールすると、志木さんは意気揚々とマイクを取った。
「テーマは敵に回したくない人!」
テーマを読み上げた瞬間に起こる笑い声。そのテーマに選ばれたのがこの学校の生徒会長だから余計盛り上がったのだろう。
張本人である柳先輩は、やれやれ、といったような仕草を取ってから生徒会テントへと戻る。
その様子を横で見ていた芹さんは腕のストレッチをしながら言った。
「柳先輩も赤組って、ちょっと赤組強すぎない?」
「あ、そういえばそうだね。赤色のTシャツ着てた」
「じゃ、あたしそろそろ集合時間だから」
よいしょ、と屈伸をひとつして同じ競技の女子クラスメイトと合流した芹さんに心の中で声援を送る。
芹さんの背中が小さくなったのを確認して僕は、競技の続きを観戦するためにグラウンドへと視線を向けた。




