64輪目 インパチェンスー強い個性ー
「へー、萩、手芸部とか興味あるの?」
「うん……去年さ、夏目さんっていう人の作品見てね、すごいなーって思って」
お互いにお腹は空いていないということで、「じゃあ文化部の展示でも見に行こうか」となった僕たちが最初に向かったのは手芸部の展示場所になっている、家庭科室だった。
「去年はウェディングドレスが展示されててね、それがさ、めちゃくちゃクオリティ高くて」
「ふーん……」
軽く飾られた教室の入り口から、室内に踏み入れる。そこには去年と同じような配列で作品が並べられていた。
「わ! 今年は着物のドレスだ」
近年ではそう珍しくもない、上は着物ベース、下はふんわりとしたデザインの和風なドレス。
ベースの色は明るい水色、それにあしらわれた小さな白い花。そして、裾にあしらわれた豪華なレース。
「ね、凄くない?」
「へえ、俺たちと同じ歳でこんなの作れる人いるんだ……すご……」
最初こそ興味無さそうな素振りを見せていた藪沢くんだったけれど、空気に呑まれてなのか、控えめな声量でそう感想を述べる。
藪沢くんが少しでも興味を持ってくれたことがなんとなく嬉しくて、去年のドレスのことも併せて僕はいつもよりも饒舌に語る。
どれくらい話していただろう。ふと背後から感じる視線。振り返るとそこには、色素の薄い長い髪の毛をツインテールにした女の子が立っていた。
「ん? あっ、夏目さん」
「あ、こ、こんにちは……」
藪沢くんの呼びかけに、少し困った顔で軽く会釈をした──ドレスの制作者、夏目さん。
「あれ、藪沢くん、知り合いだったの?」
「夏目さん、昼休みにうちのクラスに来るからさ」
「うちのクラス……あ、志木さんいるから?」
「そうそう」
「あの……」
夏目さんは、少し恥ずかしそうに俯きながら、身体の前で自身の指同士を絡めて言う。
「ドレス……褒めてくださって……ありがとう、ございます……」
「俺初めて見たんだけど、すごいね。他の作品の写真とかある?」
「え、あ、はい……」
夏目さんは、展示スペースに並べられたファイルを一冊持ち上げると、藪沢くんにそれを手渡した。
「一応、これまでの作品がこれに……ファイリングされてるので……」
「あ、ありがとう。これから当番?」
「そう、ですね。なので、何かあれば言ってください……」
入口近くの部員用のスペースに腰を下ろした夏目さんを横目に、オレンジ色の表紙のファイルを開く。一ページ目には、去年飾られていたウェディングドレスの写真が堂々たる面持ちでファイリングされていた。
「あ、これかぁ。へえ、すごい」
「そうそう、白のドレスに、水色のビーズがよく映えてるよね」
「次のページは……あ、これ……」
見開きページに綴じられた五着の服。赤とピンク、それから紫にオレンジ。そして、水色。それぞれのカラーを持つ、ベースカラーが黒のそれらは、去年ステージで見た——セゾンシャルムの衣装だった。
僕は、目の前に飾られた衣装を見上げる。
去年の水色のビーズが散りばめられたドレス。そして、今年のドレス。
これらはもしかして──。
「夏目さん」
「は、はいっ」
「もしかして……夏目さんの作品って、芹さんをイメージしてる……?」
僕の質問に目を丸くした夏目さんは、ずっとどこか強張らせていた顔を綻ばせて答えた。
「は、はい……実は、そうなんです。なずなちゃんは……わたしの、一番のお客さんなので」
*
しばらく三人で話してから、販売品である夏目さん作のブックカバーを購入して、部屋を出る。このまま真っ直ぐに歩いていれば文化部の展示をあらかた見ることが出来るだろう。
隣を歩く藪沢くんもそのつもりのようで、特に話し合いもなく近くの教室へと足を運ぶ。
「ここは……」
「美術部、かな……あっ」
美術室の奥──部員が座るために作られたであろうスペースに、見知ったシルエットを発見する。
ふわふわとした髪の毛を揺らして振り向いたのは、僕の恋心を意識させた張本人だった。
「萩先輩!」
軽い足取りでこちらに駆け寄る小柄な身体。ふわり、と柔らかい髪の毛を揺らして、彼女は僕に微笑みかけた。
「来てくれてありがとうございますっ」
「あ……うん」
思いもよらぬ歓迎に、思わず狼狽えた僕。藪沢くんはといえば、我関せずと言った様子で飾られた作品を順番に眺めていた。
「あ、俺これ好き」
「どれ?」
藪沢くんが見ていたのは、パステル調で描かれた風景画。柔らかい作風のそれには、浮張たんぽぽと名前が刻まれていた。彼女の持つ雰囲気とよくマッチしたその作品を見ながら、僕は口を開く。
「藪沢くん、こういうの好きなんだ……」
「うーん、たまたま目についたと言うか」
「そっか、でもね……」
藪沢くんは気付いていないのだろうか。
先ほどから、キラキラとした目で僕たちを……いや、藪沢くんを見つめる浮張さんの視線に。
「あんまりここで言わない方がいいと思う……」
「え、なんで?」
「なんでも……」
いまいち理解していない様子の藪沢くんを引きずるようにして次に足を運んだのは──着物姿の冬咲さんが受付をしていた、茶道部だった。
「萩さん、こんにちは。いま、ちょうど空いているのですがよければどうですか?」
「あ、そうなんだ。藪沢くん、どう?」
「俺? 全然いいけど……茶道の所作なんて知らないよ?」
それは僕も同感である。その意を込めて冬咲さんと目を合わせると、全てお見通しである、といったように微笑みで返された。
「茶道部では毎年、お茶を知らない人にまずはその味を楽しんでいただこうということで出展しているので、むしろそういう方に来ていただけたら嬉しいんですよ。身内の宅ですし、気を軽くしてご参加いただければ」
「へぇ……じゃあ、お邪魔してみる?」
「うん。そしたら冬咲さん。お願いします」
「はい。それでは、このままご案内しますね」
凛とした立ち姿の冬咲さんに連れられたのは、元は広いのであろう和室をパーテーションで区切った個室。それでも、息苦しさを感じさせない空間だった。
部屋の真ん中に置かれた和紙で包まれた照明を囲んで、僕と藪沢くん、そして冬咲さんで円を作る。
「準備してきますので、少々お待ちくださいね」
静かな動作で個室を後にする冬咲さん。その後ろ姿を見送ってから、ひとつため息を漏らした。
「疲れた? 時間的にここが最後かなって感じだけど」
「いや、緊張するなー……って」
そう笑ってみせると、藪沢くんは「そういうことか」と呟いた。
「緊張することないって。冬咲さんもさ、言ってたじゃん?」
「うん……そっか、そうだよね」
僕を和ませようとしてか、特に意味はないのか。いつも通りの会話をしながら待っていると、しばらくして冬咲さんが道具を持って部屋に帰ってくる。
緊張しなくてもいいとはいえ、少し空気の変わる部屋。
「それでは、立てていきますね」
ひとつに結ばれた黒髪がさらりと揺れる。息をするのも忘れそうな程綺麗な動作で冬咲さんはお茶を立てていく。




