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ききょうくんとなずなさん  作者: Nas
一年生の頃のお話
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7輪目 赤いゼラニウムー君ありて幸福ー

「バイト楽しいんだね」


 食べかけのハンバーガーを右手に持ちながらそう言った芹さんは、空いていた左手にジュースの入った動物のイラストのクリアカップを持つと、ストローに口を付けた。その食いしん坊スタイルに僕は思わず笑いそうになり下唇を噛んだ。

 僕らは今日、遠足行事で上野動物園に来ている。しかし到着して早々、お互い朝ご飯を食べていないからという理由でパンダもキリンも通過してカフェに腰を下ろしていた。


「え、そう?」

「うん。だって、楽しそうに話してるよ」


 何も見ていないから、動物についてなんか話すこともなく。無意識のうちに最近始めたばかりのバイトの話をしていたらしい。


「ご、ごめん」

「謝んなくてもさ、いいじゃん? 聞いてるの楽しいから」


 そう言って少し身を乗り出した芹さんは社交辞令でなく本当に興味があるらしい。そんな芹さんの様子についつい乗せられて、僕はバイト先の事についていつもよりも饒舌に語った。

 店内がオシャレで、賄いは美味しいとか、料理長は厳しいけど優しくてとても仕事ができることとか。そして、バイトで料理をするうちに家でも少しするようになったことも。

 そんなことを語っているうちにだいぶ時間が経っていたらしい。スマートフォンで時間を確認した芹さんが「そろそろ行こうか」と言ったのを合図に僕はカップの中に残るドリンクを飲み干した。


「入口まで戻って順番に見よっか?」


 効率的な芹さんの提案に快諾して、現在地とマップを照らし合わせながら歩く。

 入口には、ここの目玉の展示であるパンダが居て、多くの人がその柵を囲っていた。


「わ、久しぶりに生パンダ見たかも」


 僕がそう言うと芹さんはくすくすと笑った。


「生パンダ……なにそれ」

「え? 生で見るパンダ」

「いやうん、それはわかるよ?」


 園内をうまく一周出来るように、地図を見ながら歩いていく。


「平日だから空いてるけど、ファミリー多いね」

「ね。あたし家族で動物園来たことないや」

「僕もないかも。あ、芹さん」

「ん?」

「クマがいる」


 僕の指の先では、黒い大きなクマが地面に寝そべり、時折こちらの様子を伺っていた。時折見せるつぶらな瞳が可愛らしい。


「わー、すご。おっきい」

「クマ好きなの?」

「可愛い」


 僕がそう言うと芹さんは難しい顔をした。


「でも結構凶暴だよ? 怖くない?」

「動物園にいるやつは大丈夫だから。あっ、こっち見た」

「いや無理怖い。最近そういうウィキペディア見たから」

「芹さん……世にも奇妙な物語とか好きそうだね」

「んー、それよりも本当にあった……の方が好きかも?」

「あと、パンダもクマだよ」

「いやパンダは可愛いでしょ?」


 動物にそれぞれ感想を言い合いながら、出口側へと歩いていく。ちなみに、クマを怖いといった芹さんの目には、ライオンが可愛く見えるらしい。曰く、「ネコ科だから」。

 途中にある東西を結ぶ長い橋を渡って、動物園の反対側に着くと芹さんは脇目も振らずに突き進んだ。


「ペンギンだ!」


 橋を渡った先では大小様々なペンギンが陸の上で歩いたり、水の中を泳いだりと自由に遊んでいた。


「へー……ペンギン好きなんだ」

「超好き」


 子供のように目を輝かせてペンギンを見つめる芹さんはいつもより随分と幼く見えて……。


「うん、可愛い」


 無意識のうちに自分の口から出た言葉に自分で驚く。これは、なにに対しての言葉なんだっけ。


「雛鳥も可愛いんだけどね~」


 そう言って、スマホのカメラを起動する芹さん。ベストショットを狙うその姿は、まるでカメラマンのよう。そんな彼女に倣って僕は、一枚だけ写真を撮りその後はカメラマン・芹さんの様子をぼんやりと見つめていた。

 手持無沙汰になり地図を開くと、近くに小動物と触れ合える施設があるらしい。

 折角なので、放っておけば閉園までここにいそうな芹さんに声を掛け、そちらに移動することにした。

 到着した後は少しの待ち時間の後で屋内に案内され、注意事項を聞いた後でひとり一匹ずつハツカネズミが配られた。


「わ」


 手の上に乗せられたハツカネズミの小ささに驚く。

 小さくて生温かくて、これも生きているのか……なんて思った。


「握りつぶしちゃいそう……」


 小さな声で呟いた芹さんの物騒な一言。周りの子供達はそれを掻き消す声で小さな命を手のひらの上で遊ばせていた。



「そろそろ時間?」


 触れ合いコーナーを出て手を洗い終わった芹さんがスマホを見ながらそう言った。僕も自分のスマホで時間を確認する。


「あー……そう、かな? 売店だけ覗いてみる?」

「そうしよっか」


 出口近くの売店には、大小様々なぬいぐるみや、キーホルダー、お菓子や動物のフィギュアが売られていた。

 ……母親には、お菓子を買って帰ろうか。そう考えながら店内をうろうろしているうち、ふと目に入ったキーホルダー。

 デフォルメされた動物が揺れるそれが可愛くて、僕は一つ選んで母親へのお土産のお菓子と共に抱え、レジへと向かった。


「楽しかったね」


 動物園を出て、集合場所へと戻る道。余裕を持って出てきたから少しゆっくり目に歩く。


「あ、そうだ。あのね」


 芹さんが鞄の中から何かを取り出す。


「これ、あげる」


 その手に握られていたのは、デフォルメされたクマのキーホルダー。

 少し驚いて、僕も鞄から同じシリーズのペンギンのキーホルダーを取り出した。


「僕も、芹さんに……」

「え、わ、すごい偶然」


 手のひらの上のキーホルダーをお互いに交換する。少しの沈黙を挟んだ後に、芹さんは小さい声でお礼を言った。僕もそれに返事をして、歩きながらキーホルダーを目の前にかざす。

 ゆらゆらと揺れるデフォルメされたクマ。


「……うん。可愛い」


 僕たちが着いた頃、集合場所には半分くらいのクラスメイトが戻ってきていて、各々思い出話に花を咲かせていた。

 程なくして全員が戻ってくると、担任が軽く帰りのホームルームを行い、解散になった。


「萩くん、この後は?」

「あ、芹さん。このまま帰るだけ」

「じゃあ、一緒に帰ろっか。乗り換えまで方向一緒だもんね」


 斜め前を歩く芹さんの丸っこい頭を見つめる。

 ……意外と身長、ちっちゃいんだなぁなんて、そんなことを思った。


「なに? なんか、めちゃくちゃ視線感じるんだけど」

「えっ、ごめん」

「なんかついてる?」

「ううん、なにも」


 慌てて目を逸らして、小さくため息をつく。

 ……なんだか、変だ。


「あっ、ちょっとCDショップ寄ってもいい?」

「うん」


 駅前のチェーン店に入った芹さんは新作売場に直行する。

 迷わず二枚手に取ると、レジへ向かい、会計を済ませた。


「音楽好きなの?」

「ロックバンドとかよく聴く」

「へぇ……」


 芹さんが購入品を鞄に入れ終わるのを待ってから歩き出す。

 電車の中では、各々撮った写真を見せ合いながら、ただひたすらに思い出話に花を咲かせていた。



「ただいま」


 外よりも幾分ひんやりとした家に帰ってくると、さっきまでの楽しかった事がより鮮明に熱を持って思い出されて、なんだか寂しくなる。

 母親は出勤時間ギリギリまで寝ているので、リビングのテーブルに書き置きとお土産のお菓子を置いて自室に戻る。


「……楽しかったなぁ」


 記憶に刻み込むようにして、何度も思い出を反芻する。二人で食べたハンバーガー、並んで見たパンダ、クマを怖いと言ったのにライオンは可愛いと言った芹さんの横顔。それから、ペンギンの前ではしゃぐ芹さんの様子と、ハツカネズミの生ぬるい体温。

 そんな僕を、携帯に付けたクマのキーホルダーが、可愛らしいつぶらな瞳でじっと見つめていた。

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