62輪目 ヘレニウムー上機嫌ー
部活主催の屋台が立ち並ぶグラウンド。去年、焼きそばをやっていたサッカー部は、今年は何故か大きく方向転換をして綿あめを作っているらしい。「俺めっちゃプロだから!」という言葉と共に藪沢くんが巻いてくれた綿あめを食べながらグラウンドを歩く。
「綿あめって途中で飽きるね……」
芹さんがポツリと呟いた一言。飽きてもお腹いっぱいでも残さないがポリシーであるという彼女は、ペースは落としながらも、黙々と白い綿を口に含んでいく。
かく言う僕も、単調で変化のない甘味にあと少しで完食というところで突然飽きが来て、最初よりも随分ペースが落ちていた。
「うん。それは……藪沢くんがサービスしてくれたから……」
自称綿あめ作りのプロである藪沢くんは、僕たちの綿あめを作る際に原材料であるザラメを多く入れたらしい。その結果、僕たちの手に渡った綿あめは通常サイズの1.5倍程に巻かれていた。
形は綺麗だからプロであるというのはおおよそ間違ってはいないのだろうけれど。
「来年は藪沢くんキャプテンなんだろうしさ、あたしたちが食べたいものやってもらおうよ」
最後の一口を割り箸からむしりながら芹さんは言う。
「そんな都合よくやってくれるかなぁ……」
「あたしそうだなぁ……焼鳥? 食べたいかも」
「それは……渋いね」
焼鳥を食べたいのは来年ではなく、むしろ今なのではないだろうか──と左右に広がる食事系の屋台を見ながら思う。甘味に占領された口内は、ひたすらにしょっぱい物を欲していた。
「あ、お好み焼き食べたい!」
手元で弄んでいた割り箸をひとつのテントに向けて芹さんは言う。
そこは野球部のテントらしく、野球のユニフォームに身を包んだ生徒たちが忙しくお好み焼きを焼いていた。
「……他のも買って半分こする?」
「あ、そうしよっか? じゃあ、萩くん好きなの買ってきていいよ。あたし買ったら席取っとくし」
「うん、わかった」
芹さんと別れて、立ち並ぶテントを眺めながら歩く。たこ焼き、焼きそば……なににしよう? とよそ見をしていると、僕の肩が誰かの身体に触れた。
「あっ、すみませ……ん?」
謝ろうと思って振り向くと、そこには柳先輩が同じように少し驚いたような顔をして、振り向いた体勢で立っていた。
「……あぁ、なんだお前か……いいよ、オレも悪かった」
……なんとなく、いつもの雰囲気とは違う気がする柳先輩。いや、気のせいかもしれないけれど。そんなことを思いながら、ついついその顔を見つめていたのだろう。怪訝な顔をした柳先輩は、僕を見て言った。
「なんか用?」
「あっ、いや。なんとなくですけど、いつもと雰囲気違うな……って」
「へぇ」
否定も肯定もせずに、感嘆詞を漏らしたのは、それが当たりでも外れでもないからなのだろうか。
「どう見えた?」
「えっ、えーと」
この話を続けるのか……と、柳先輩を見上げて思う。なんだか、ますます変だ。
「楽しそう……いや、機嫌が良さそう……? うまく言えないですけど、ポジティブなイメージです、かね……こうして話を続けてくるのも意外ですし……」
「いつもはネガティブなイメージだったってことか」
ふぅん、と顔色ひとつ変えずにそう呟いた柳先輩。
「や、いや、そういう訳じゃなくって」
「ま、お前が怖がってんのは知ってたし」
「いや、そんなこと……」
慌てて挽回する僕の背中に思い切り誰かが飛び込んでくる。あと少しで転ぶところだった! と振り返ると、後ろにいたのは、どこかで見たことがあるような……そんな、人物だった。
「そりゃあ、上機嫌にもなるよな柳! ……っと、やあ、こんにちは。ポニーテールがいかしてるね、二年生だっけ?」
「あ……二年生、ですけど……えっと」
「キミと話すのは去年ぶりだね?」
「……え?」
「ボクは、リヴィのギター兼メインボーカル風見 草キミを去年──ステージにスカウトしたじゃないか」
「……あ!」
去年、ステージ。その言葉で僕は、思い出す。ステージ企画に一人穴が開いたから……とその代打を押し付けに……いや、頼みに来た人物だ。
黒髪に緑のアクセントカラーを加えた彼は、僕に一枚の紙を差し出した。
「それでね、明日。体育館でライブやるから是非見に来てくれたら嬉しいな。きっと楽しんでもらえると思うから」
「一回ライブ見たことありますよ。新歓の時に……すごく、かっこよかったです」
「二年生っ!」
ガシッと僕の肩を掴んだ風見先輩は、瞳をキラキラと輝かせながら言う。
「キミは今日からブラザーだ!」
「えぇ……?」
「それはそうと、ファンなら嬉しいだろう? 今年で活動を辞めるはずだった、柳がこれから先も続けてくれるなんて事実──あー! 痛い痛い!」
「余計なこと言うな馬鹿」
風見先輩の右耳を引っ張りながら柳先輩は、不服そうな顔をしていた。しかし、その表情はどこか柔らかで──。
「あっ、そういうことか」
思わず声を出してしまった僕を、二人が見つめる。
柳先輩の雰囲気がいつもと違う理由、そして、辞める予定だったバンドを続けること。
二つの事実が、結びつく。多分柳先輩は、それが嬉しかったのだろう、だなんて、僕の中での勝手な想像でしかないけれど。
「なにがそういうこと?」
風見先輩は、柔和な笑みを浮かべながら僕に問いかける。
「あ、いや、こっちの話……です」
「そうなんだね……あっ」
僕の後ろに視線を移した風見先輩。一体、なにがあるのだろう──と思って後ろを見ると、目にかかるほどに長く黒い前髪を揺らしながらこちらに歩いてくる人物。
その人は、僕たちの輪の前で足を止めた。
「草、鳳李。こんなところに居たんだ」
「そっ、面白い子見つけてちょっと話してたの」
「面白い子……」
前髪の隙間から覗く、真っ黒な瞳。
この人はきっと……。
「紹介するよ。こいつはうちのバンドのベーシスト、小鳥遊 楊。通称、小鳥ちゃん」
「……小鳥ちゃんなんて呼んでるの、草だけ」
呆れたようにため息をついて小鳥遊先輩は、柳先輩の方へと向き直る。
「鳳李、そろそろリハーサルの時間だけど」
「ん、あぁ。もうそんな時間か……あ、そうだ」
体育館へと歩き出した柳先輩は、僕に振り向くと言葉を続けた。
「なんか食べるもん探してるなら生徒会のテントにでも顔出してみたら?」
「え?」
「ま、なずなによろしく」
ひらりと手を振って歩いていく柳先輩。
この夏、僕が色々経験したように——彼もきっと、何かがあったのだろう。
その場面には、きっと、芹さんがいた……だなんて、考えすぎだろうか。
「芹さんっ、お待たせ」
「随分長かったね」
「途中で柳先輩に会ってね……」
ことのあらましを話しながら、柳先輩の言う通り生徒会テントで買ってきたものをテーブルの上に置く。
それは、唐揚げとフライドポテトの入ったミニバーレル。
「え! 何これ美味しそう~!」
キラキラと目を輝かせる芹さん。これをおすすめしてきた柳先輩は、芹さんの食の好みまで、全部覚えているのだろう。
なんだか、心の中がモヤモヤとする。
「……あたしの顔になんか付いてる?」
「いや、美味しそうに食べるなーって」
「そう? あっ、萩くんこっちも食べてね」
差し出されたお好み焼き。それは、少し冷めていたけれど、とても美味しかった。




