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ききょうくんとなずなさん  作者: Nas
二年生の頃のお話(前)
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52輪目 カルミアー大きな希望ー

 二人でああでもないこうでもないと言いながら雑誌を眺めること約一時間。飲み終わって色付きの水になったグラスの中身を、ストローでかき混ぜながら芹さんは言った。


「そろそろいい時間だしご飯でも食べに行く?」

「そうしよっか、なにが良いかな……」

「ここで食べても良いけど、駅前まで戻ってた方が楽だよね」


 立ち上がって伝票を捲ろうとする芹さんより先に、それを奪い取る。


「あ」

「さっき出して貰ったから、ここは僕が払うよ」

「……うん、ご馳走様……です」


 案外すんなりと引き下がった芹さんは、レジに向かう僕の後ろを黙ってついてきていた。

 会計を終えてショッピングセンターの外に出ると、夕方にも関わらず空はまだ明るかった。


「まだ結構明るいんだね」

「ね……夏って感じ」


 駅へと向かって僕の隣を歩く芹さんは、帽子を被っているせいでその表情を窺い知ることはできない。

 ……好きなんだけどなぁ、彼女が歩を進める度に揺れる、綺麗にカットされた髪の毛が。

 身長差故の歩幅の違いなのだろうか。僕の肩の辺りでそれは、忙しなく揺れるのだ。


「あ、そういえばさ」


 そんな事を考えているのが急に恥ずかしくなって、自分の気を逸らすために芹さんに声をかける。


「うん?」


 僕の方を見上げる夏の空にも負けないほどに澄んだ、キラキラとした瞳。

 思わず視線を外してしまいそうになりながらもぐっと堪えて話を続ける。


「前にさ、お母さんの体調が……って言ってたけど、今日出てきて大丈夫だった?」

「あー……うん。大丈夫だよ。もともと決まってた予定だったし」

「そっか……お母さんってさ、料理うまいよね。何してる人なの?」


 僕のその問いに、芹さんはふわっと笑って答える。

 その優しい表情に、彼女とお母さんの、穏やかな関係性が見て取れるような気がした。


「お母さんはね、専業主婦をなんだけど、料理とか……家事全般が好きなんだって」

「へえ……それはいいね……」

「うん。優しくて自慢のお母さんだよ。萩くんのお母さんは? どんな人なの?」

「え? えーっと……」


 どんな人……だっけ。仕事……は前は夜職をやっていたけれど今は何をしてるか知らないし、そもそも普段、あまり喋らない。何が好きだとか、そういう情報を持ち合わせていないことに僕は気が付く。


「えっと……若い……かな……今年で確か三十三歳」

「え!?」

「十六か十七の時に産んだって言ってたから」

「そうなんだ……めちゃくちゃ若いね……」

「うん。だから見た目もあんまり高校生のお母さんて感じじゃないかも」


 肩甲骨の下の辺りで揺れるパーマがあてられたブラウンの髪の毛に、もともとはっきりとした目元を更に際立たせるメイク。そして、年齢よりも少し若く見える服装──うん、お母さんには見えないな。と再確認して頷く。


「萩くんはさ、あんまりお母さんと仲良くないの?」

「いや……仲良くない、訳じゃない、と思う……」

「嫌い?」

「嫌い、ではない……かな。育ててもらってる恩はあるから」

「そっか……あ、駅前着いたね」


 そう言われて景色を確認する。今いるところはバスのロータリーしかないけれど、駅の向こう側に渡れば色々ありそうで、様々なチェーン店の看板が見えていた。


「普通に、ファミレスで良いよね」

「うん、僕もそれでいいと思う」


 一日の疲れを感じさせない程軽やかに階段を上がっていく芹さんの、一段後ろを歩く。

 ──その後は、二人で夜ご飯を食べて、試合観戦してただけなのにすごく疲れたね……なんて話しながら割とすんなりと解散した。

 片道約二時間かけて帰った僕は、シャワーを浴びた後はすぐに眠りについたのだった。



「二人とも試合観に来てくれてありがとう!」


 週明けの月曜日。今日から本格的に文化祭の準備が始まる、夏休みの一番最初の平日。

 文化祭の準備に取り掛かり始めた僕たちのクラスに藪沢くんが来てそう言った。


「藪沢くんもお疲れ様。あたしなんかすごい感動した」

「あ、ほんと? なんか照れくさいけど……ありがとう!」

「来年も観に行こうかな……」


 そう言うと、藪沢くんは目を輝かせながら僕の肩を思い切り掴んだ。


「来年俺さ、キャプテンに選ばれたからさ、マジで応援しに来て!」

「え! すごい!」


 三人でわいわい盛り上がっていると、こちらに近付いてくる人影が見えた。


「あ! いたいた〜」


 その人は、手に持った書類をぶんぶん振り回しながら歩いてくると、藪沢くんの隣に立つ。


「や! 皆さんお揃いで」

「苺花。どうしたの?」

「藪沢くんに聞きたいことがあって!」

「あ、俺? ごめん席外してて」

「いやいや、いーよ! 別に」

「じゃあ、俺たちクラス帰るね。二人ともほんとにありがと!」


 背を向けて歩き出す二人。芹さんは、志木さんの服の裾を掴んだ。


「なずな?」


 振り返った志木さんは、驚いた顔をして、芹さんの事をじっと見つめる。

 藪沢くんは、数歩離れたところで振り返って、不思議そうにその様子を眺めていた。


「あ、後でさ、話あるんだけど……いい?」

「話? うん! いいよ!」

「じゃあ、放課後」

「おっけー」


 にぱっと笑った志木さんは、ぴょんぴょんと跳ねるように藪沢くんの隣まで歩く。一枚の書類を見ながら並んで歩く二人の後ろ姿を適当なところまで見送って、芹さんに問いかける。


「話、って、もしかして……」

「……まだ確定じゃないから」

「そっか、でも、そうなったらいいな……」


 廊下で話す僕たちを、教室の中から呼ぶ声が聞こえた。

 そうだった、ジャンケンで負けたせいとはいえ、文化祭のクラス実行委員──。ぼんやりと話している時間はないんだった。


「芹さん、行こ!」

「うん。あー、今年の夏は忙しそう」

「そうだね」


 困ったなぁ、と笑いかけると、芹さんも困ったように笑い返す。


 忙しいかもしれないけれど、楽しい夏になりそうだ──と、この夏に期待しながら、文化祭の準備に勤しむクラスメイトの輪に加わった。

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