49輪目 ダリアー不安定ー
会議自体は粛々と行われ、予定時間よりも早く解散した。要点を纏められたわかりやすくスムーズな進行は、流石柳先輩とでも言うべきだろうか。
「柳先輩って、すごいね……なんか他の人とは違う感じ」
教室までの帰り道。素直に感心した僕は隣を歩く芹さんにそう感想を伝えると、彼女もその点に関しては素直に彼の事を認めているらしく、
「まぁそうだね……あの人が実行委員長ならなんも心配要らないと思うよ」
当然といったように、そう告げられた。そんな他愛もない会話をしながら教室へとたどり着くと、帰りのホームルームが終わってから時間が経ったそこにはもう誰もいなかった。
「じゃあ、夏休みの予定の擦り合わせでもしよっか」
昨日と同じようにひとつの机に向き合って座った僕たちは、スケジュール帳とスマホをそれぞれ取り出す。「ある程度互いの予定が分かっていた方が良いだろう」という芹さんの図らいで、お互い無言でスケジュール共有アプリに入力すること数分。出揃ったスケジュールを眺めて思う。
「芹さん、めっちゃバイト入れてるじゃん……」
「んーまあ、まさかクラス委員やってるとは思わなかったから。でもほらよく見て。平日は夕方からが多いから学校には来れるよ」
「そうだけど……」
あんまり無理はしてほしくないな、と思いながら背もたれを使って伸びをする。
ポキポキ、と骨を鳴らして元の姿勢に戻った僕に、芹さんはアプリを見ながら聞いた。
「お盆どっか行くの?」
「え? どこも行かないよ?」
なんかスケジュールに書いたっけ、とアプリを確認して、納得する。お盆休み明けの月火の両方に予定を登録していたからだ。
「あー……これはね……」
僕は、昨日駅のホームで受けた電話を思い出しながら口を開いた。
*
昨日、ホームで受けた電話はかつてお世話になった、中学校の保健室の先生からだった。
お正月に会って以来、連絡を取っていなかったから何だろうと思いつつも通話ボタンを押した。
「もしもし……?」
「突然ごめんね。今大丈夫?」
「大丈夫、です」
そう言った瞬間に、響く電車到着のアナウンス。電話の向こうで先生は「わ! 電車乗るところだったんだね」と慌てた声を出した。きっと、アナウンスが聞こえていたのだろう。
「次のに乗るので大丈夫ですよ」
「ごめんね、手短に済ますね」
先生は、ひとつ咳払いをしてゆっくりと話し始めた。
「えっと、わたしね、今まで住んでたところを離れてて……そこから電車で二、三時間くらいのところに住んでるの。それでね、旦那さんのツテで仕事ができそうで……その仕事っていうのがね」
一拍置いて、先生ははっきりと言い切った。
「私立校の講師なの」
「えっ、講師ですか……? すごい!」
「旦那さんの知り合いの経営してる人と話して是非来て欲しいって言われて……教員免許も持ってたから。それでね、良かったらオープンキャンパス来ない?学生寮にお試しでお泊まりも出来るよ」
「っ、もちろん行きます!」
即決した、オープンキャンパスのお誘い。僕は早速学校のサイトにアクセスをして、オープンキャンパスの申し込みをしたのだった。それが、お盆明けの平日。
*
芹さんには要点だけをかいつまんで「オープンキャンパスに行く」とだけ伝えた。すると、それ以上は興味がないようで特に深堀はされなかった。
「ふーん……オープンキャンパス……楽しそうだよね。行ってきた次の日とかよく感想言ってるもんね」
「あ、迷惑だった……?」
「いや? なんか、良いなーって思ってただけ。結構いろいろ行ってるよね?」
「あー……うん、まだちょっと決めかねてるところもあって……」
……スクールカウンセラーか、調理師か。全く掠らない分野だけど──いや、むしろ決め切れないのは、掠らない分野同士だからこそなのかもしれない。
「芹さんはお盆はやっぱり帰省?」
「あー……うん、多分……」
妙に歯切れの悪い芹さん。何となく心配になって、その顔を覗き込む。
「……何かあった?」
「もー……いちいち気付かなくていいから!」
「え、あ、ごめん」
少し頬を膨らませてこちらを見つめていた芹さんは、ひとつため息をついて言った。
「お母さんがね? 最近あんまり体調が良くなくて……あたしはお父さんだけで帰省すれば? って思ってたんだけど、親族に示しがつかないって感じでちょっとゴタゴタしててさぁ」
「……それは……お母さん心配だね」
「うん……もともとそんなに身体強くない人だからさ、お父さんだけ帰省してもらってその間に休んで欲しいなって思ってたけど……あっ、つまんないよね、こんな話……」
「いやっ、そんな……僕で良ければ話くらいは聞くし……遅くなっちゃうし、もう帰る?」
「んー……いや、もう少ししたら帰る」
ペタッと机に突っ伏した芹さんは、目線だけで僕を見上げて言った。
「なんか喋って」
「なんか!? えーっと……週末、楽しみだね……」
今週末からは夏休み。そして、夏休みの最初の土日は──。
「藪沢くんに誘われてた試合だよね。うん。楽しみ」
「僕サッカーのルール全然知らないんだけど、大丈夫かな……」
「あたしも実はよく知らない」
静かに笑った芹さんは、立ち上がって言った。
「そろそろ帰ろっか」
昇降口を出て、駅に続く通学路を歩く。
左手に広がるグラウンドでは、運動部がそれぞれ決められているであろう区画で練習をしていた。
サッカー部員の中から、先ほど話題にあがった人影を探す。それは、右隣を歩いていた芹さんも同じようで、身を乗り出すようにしてグラウンドを眺めていた。
「あ! いたいた藪沢くんだ」
芹さんが指差す方向をよく見ると、ボールをキープしながら走る藪沢くんの姿があった。
「練習試合してるのかな?」
「……そう、かな?」
立ち止まってしばらく様子を見ていると、芹さんが言ったように練習試合をしているような雰囲気だった。
忙しなくボールがいったりきたりするのを眺める。
「なんかさ、ああいうのいいよね」
満足したらしい芹さんは、ゆっくりと歩き出しながら僕にそう言った。
「ああいうの?」
「うん。好きなことしてキラキラしてるのめっちゃ良いじゃん」
「そうだね……芹さんは……」
バンド、もうやらないの? と言いかけて、言葉を飲みこむ。僕はまた彼女の立つステージを見たいけれど、本人はあまり触れてほしくなさそうだったから。
「あたし?」
「あ、いや、なんでもない……」
「……なに考えてるか当ててあげよっか?」
たたっと早歩きをして、僕の方に振り向いた芹さんは言った。
「バンドまたやんないの? って言おうとしたでしょ?」
にやり、と口角を上げて笑う芹さん。僕は、息を吐いて答えた。芹さんにも、藪沢くんにもすぐに察せられてしまう僕の思考回路。多分きっと、僕は自分が思っている以上に分かりやすい人間なのだろう。
「そうだね……」
僕の横に戻ってきて並んで歩く芹さんは、耳を澄ませていないと聞きこぼしてしまいそうな程小さな声で呟いた。
「……実は、また、やりたいなって思ってる」
「じゃあ……楽しみにしてるね」
また五人のステージが見られるのなら、それはとても楽しみなことだと思いながらそう言葉を返す。




