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ききょうくんとなずなさん  作者: Nas
二年生の頃のお話(前)
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48輪目 赤いバーベナー団結ー

 ──夏休み直前の放課後。

 いつもなら既に帰宅しているこの時間。僕と芹さんはひとつの学校机に二人で向き合い、黙々と書類仕事をこなしていた。


「はい、これは終わり」

「僕ももう終わるよ」


 しばらく僕の手元を眺めていた芹さんは、椅子の背もたれを使い大きく伸びをしながら言った。


「なんでこんなめんどくさいことに……」

「……ジャンケンに負けたからだね……」

「ねー。ほんともう二人して……あ、ここ違う」


 芹さんの細い指先が書類の一箇所を指差す。

 僕は、指摘箇所を訂正しながら、少し前──ジャンケンに負けた時のことを思い出していた。



 芹さんの言う、めんどくさいことに巻き込まれたきっかけは、遠足終わりの、梅雨の頃まで遡る。


「はい、じゃあ、今年の文化祭のクラス委員を決めます」


 ロングホームルームの時間。進行を任された学級委員長が手元の書類に視線を落としながら本日の議題を読み上げる。

 はなからクラス委員に立候補する気のなかった僕は半分他人事のようにその様子を眺めていた。

 ──去年は、すぐに決まったし今年もスムーズに決まるだろう。今年のクラスの出し物は何になるかなぁなどと呑気に考えながら隣の芹さんの様子を盗み見る。

 彼女も、他人事といった様子で両手で頬杖をつきながらぼんやりと前を向いていた。

 ……あれから、芹さんとの関係は特に進展も後退もない。お互いに仲の良い友人同士としていつも通り、何も変わらずに過ごしている。それが良いのか悪いのかはわからないけれど。


「……立候補、誰もいませんか……?」


 関係ないことを考えていた僕の意識は、学級委員長の一言によって目の前の問題に引き戻された。

 静まりかえった教室に、立候補者の現れない状況。クラス委員の決まったらしい隣のクラスからは歓声が響いてきていた。


「先生、どうしましょう」


 困った顔で助けを求めた学級委員長に、担任は優しく笑いかけ席に戻るように促して壇上へと立った。


「立候補いないですかー? ジャンケンとかはあまりしたくないので、やってみようかなって人がいたら手をあげてほしいです」


 なお静まり返る教室。数分の沈黙の後、担任は苦笑いの末に言った。


「……仕方ない、ジャンケンにしましょうか──……」


 その言葉により、男女に分かれて始まるジャンケン大会。

 勝ち抜けしたクラスメイトの安心した表情を横目に「やばいやばい」と焦燥感を覚えながら出した、最後の一手。

 ……なんで、あそこでグーを出さなかったのか──という後悔をしながら、ほぼ同時に決まったらしい女子のクラス委員を女子の輪の中から確認する。

 その人は、恨めしそうに自分の手を眺めていたけれど、僕がペアだとわかると、少し安心したように困り顔で笑った。


「あ……萩くん。よろしくね」

「うん。こちらこそ……」


 それからはスムーズだった。

 先程までの静まりかえり具合はいったいなんだったのだろうというくらいに盛り上がり、最終的にクラスの出し物はお化け屋敷に決まったのだった。



「終わり、帰ろっか」


 目の前の書類を書き終えて、席を立つ。


「うん」


 ふんふんと鼻歌を歌いながら荷物を詰めていく芹さん。何か良いことでもあったのだろうか、と想像して何故かこっちまで嬉しくなる。

 パチン、と電気を消して教室を後にする。七月にもなると、日が長いなあとまだ明るい空を見上げた。


「明日さぁ、会議だね」


 芹さんが不意に言葉を漏らす。


「うん。そうだね」

「決まった時はめんどくさいなーって思ってたけど、こういう時間も案外楽しいものだね」


 僕の右隣で無造作に揺れる、グレーの髪の毛を見下ろす。


「……うん」


 ──それは、相方が誰でもそう言ったのだろうか。

 それとも、僕だから、なのだろうか。

 女々しい思考回路……と苦笑いして、あの時ジャンケンに負けたのが僕と芹さんで良かった、と過去の自分に少し感謝をする。


「じゃあ、また明日ね!」


 改札を抜けてすぐに分かれる二人の帰路。この瞬間だけは、一抹の寂しさを感じる。


「うん、また明日」


 芹さんはそんな僕の気持ちを知ってか知らずか、必ず「また明日」と言う。


「はぁー……」


 階段を上りながら、ため息を吐く。


「……すき」


 ふとした瞬間に溢れてどうしようもなくなる気持ち。本人に言わなきゃ意味がないとはわかりつつも、伝えようという勇気は出なかった。


 ──もしも。


 僕が告白したことがきっかけで、今の関係が終わってしまったら。友達という繋がりも無くなってしまったら。

 始まってもないのに、終わりのことを考えてしまう。


「……ん?」


 ポケットの中で震える携帯。バイブレーションの種類的に、着信だ……と携帯を取り出して、発信者の名前を確認する。


「あっ、もしもし……?」


 思いもよらぬ人物からの電話に、電車を一本見逃す決心をして通話ボタンを押した。



「なずなと彼氏さん!」


 翌日の放課後。文化祭クラス委員の会議室に指定された教室に向かう僕たちの後ろから明るい声が聞こえて振り向く。


「あ、苺花? もしかして」

「そうー! クラス委員だよっ!」


 ぎゅう、と芹さんの両手を握って振り回す志木さん。


「……もう一人は?」


 僕がそう聞くと、志木さんはキョロキョロして首を傾げた。


「一緒に来てたんだけど……」


「……いるよ。いるいる。廊下は走らないでね。志木さん」

「藪沢くんっ。置いてってごめんね!」

「そっちのクラスは志木さんと藪沢くんなんだね」


 教室に入らずに扉の前で盛り上がる僕たちの横を、これまた見知った人物が通りかかる。

 その人は、手に持ったプリントの束を志木さんの頭に載せて言った。


「会議始まるから早く入れよ、二年ども」

「わ、柳サン! 今年も実行委員なんだね〜」

「あぁなんだ。苺花もクラス委員なのか」


 話しながら教室に入って行く二人の後について僕たちも教室へと入る。


「なんかさ、知ってる人ばっかな気がしてきちゃうね」


 席に着くなりそう言った芹さんに同意する。


「なんか、知ってる人ばっかりで良かった」

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