46輪目 キンギョソウー憶測ではやはりNOー
「萩ってさ、どんな子供だった?」
「んー、普通の……いや、全然目立たない感じの子供だったよ」
そんな、取るに足らないようなことをぽつりぽつりと会話をしながら、何時くらいだろう、一時を回ったか回ってないかくらいだろうか──と体内時計を頼りに今現在の時刻を探る。
あの後、マリオカートからスマブラに移行し盛り上がりすぎた僕たちは、すぐ目の前の部屋のお姉さんからの「うるさいんだよ!」という苦情によってゲームを中断せざるを得なくなった。時間的にもいい時間だったから、ちょうど良かったといえばそうなのだけれど。
「そっか。ところでさ、しないの? その、告白……」
「ん、んん? その話の流れだった? いま……」
「話の流れっていうか、もともと今日呼んだのってその話する為だったし」
「あー……そういえば、そうだね……」
告白、したいのだろうか、僕は。
なんとなく今のままでも良いかななんて思っている自分がいるのも確かで……。
そういえば──と、とある出来事を思い出した僕は藪沢くんに問いかける。
「……そういえば、藪沢くん、告白してたよね? それはもういいの?」
去年の、今頃だろうか。遠足明けだったから、もう少し後か。
「……あー。あれね……あれはね、してないんだよ、実は……」
「えっ!?」
約一年越しに聞く真実。確かに、芹さんはあの時何も言わなかったし、そもそもあの後二人が普通に仲良いのも若干不思議には思っていたけれど……。
「いやいや、だって僕、あの時初めて藪沢くんと話したからめちゃくちゃ覚えてるよ!? 第一声が──」
"芹さんに告白していい?"だったじゃん!と言おうとした僕を藪沢くんは止める。
「ちょっと待って、それ、俺が恥ずいからやめて」
「あ、うん」
ふう、と一息ついて藪沢くんは、天井を見上げたまま口を開く。その声は、いつもよりも落ち着いていて、眠たいのだろうか。少し蕩けていた。
「まあ、あん時はさ……色々、あったから」
「色々って……それじゃわかんないよ」
「……今日は別に、俺の話はいいだろ。質問してるのはこっちなんだから」
「う……うん。わかったよ。でも今度藪沢くんの話も聞かせてよ」
「まー、うん。そのうちな。で、萩は?」
「僕? 僕は……」
──時々、ふと考えることがある。
僕が芹さんのことを好きなのは確かだけれど、芹さんの相手が僕で良いのだろうかと。彼女は、優柔不断な僕を引っ張っていってくれるような力強さがあって、いつだって自分の足で立って凛としている。
僕なんかじゃ、釣り合わないんじゃないだろうか。そんな風に。
「何考えてんの?」
ベッドの上から不意に投げかけられる言葉。
僕は、少し考えてから努めて明るく、返事をした。
「や、僕なんかじゃ芹さんには釣り合わないんじゃないかなぁ……って……」
流れる沈黙に、言うんじゃなかったと若干後悔する。
「……謙虚のつもりかも知んないけどさ、失礼だからな。僕なんか、なんて」
「……ごめん」
「自分が思ってる以上にさ、萩は周りから好かれてると思うし、芹さんに対して僕なんかって思ってるなら検討違いも良いところ……」
中途半端に言葉を途切れさせた藪沢くんは、静かに笑った後に、また言葉を紡いだ。
「なんか俺ら、めっちゃ語ってるな」
「ほんとだね……あ、ねぇ、いま何時? そろそろ寝ないと……」
枕元に置いた携帯を開くと、デジタル時計は午前二時を示していた。開いたついでにアラームも確認して、また枕元に戻す。
「二時だった……」
「そろそろ寝るかー、明日は六時半起きな」
「はーい、おやすみ」
「うん。おやすみ……あ、最後にひとついい?」
「うん?」
「芹さんも、満更でもないと思うよ」
それだけ言い残して、すぐに安らかな寝息を立てはじめる藪沢くん。
なんでそんなことをこんなタイミングで言うんだ……! と文句を言おうにも、張本人はもうすでに夢の中で。
行き場のない気持ちを抱えたまま、結局ほとんど眠れずに僕は朝を迎えた。
*
「楽しかったなー」
「……全然寝れなかった……」
いつもとほぼ同じ時間に歩く通学路。白い砂が敷かれたグラウンドから反射する光が、寝不足の目に眩しい。
「母ちゃんも萩のこと気に入ったみたいだしさ、よければまた──……」
「おはよーっ!」
藪沢くんの言葉は、後ろから割り込んできた人物によって遮られる。藪沢くんは特に驚くそぶりも見せずに、その人物に「おはよう」と笑いかけた。
「苺花……っ、なんで走って行っちゃうの……!」
後ろから小走りで向かってきた芹さんは、自然に僕の隣へと落ち着いて並んで歩く。
「そういえばさ、昨日志木さんとお泊まり会してたんでしょ?」
「えっ、萩くんがなんでそれを知って……」
「えっ? 昨日写真送られて来たから……」
みるみるうちに頬を赤く染めた芹さんは、藪沢くんと盛り上がっていた志木さんの方を見て詰め寄る。
「苺花! 何送ってんの!!」
「えー? いーじゃん別に! 普通に可愛く映ってたよ!」
「そっ、そういう問題じゃないから!」
「可愛かったよねぇ? なずなの彼氏さんっ?」
絶妙なタイミングで話を振られて、芹さんとは逆サイドにいる志木さんの方を見る。その奥では、面白がっている様子の藪沢くんがこちらを見ていた。
「……まあ、はい」
朝から何を言わされているんだろう、とこみ上げてきた恥ずかしさに思わず手の甲で口元を押さえる。
ちらり、と隣にいる芹さんの様子を盗み見ると、若干俯き気味になっていてその表情を窺うことは出来なかった。




