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ききょうくんとなずなさん  作者: Nas
二年生の頃のお話(前)
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45輪目 アジュガー心休まる家庭ー

 色とりどりの料理が並べられた賑やかな食卓。藪沢くんと、おばあちゃんと、お姉さん、そして妹に弟。話には聞いていたけれど、いざ目の前にすると恐縮してしまう程の大家族。

 全員揃ったところで、手を合わせていただきますをする。そして早速──今日のメイン料理の唐揚げに箸を伸ばした。醤油ベースでにんにくも漬け込まれている少し濃い目な味付け。鳥の脂も合わさって、ご飯にとても合う仕上がりになっていた。

 白米と唐揚げの他には、野菜のたっぷり入った味噌汁、大皿に盛られた野菜炒めと、自家製らしいナスときゅうりのぬか漬けが所狭しと並べられている。野菜のおかずは素材の味をしっかりと引き出した薄味で、普段既製品ばかり食べている僕にはとても優しく素朴な味に感じられた。


「どう? 美味しい?」

「あ、はい。とても美味しいです……!」


 味ももちろん美味しいけれど、こうして大人数でわいわい食べるのも楽しい。

 ご飯を食べ終える頃には、気付けば二十時を迎えようとしていた。


「ただいまぁ」


 その声とともにガラガラ、と玄関の引き戸が開く音がした。

 おばあちゃんは、僕たちを出迎えた時のように立ち上がって玄関へと歩いて行く。その後ろを、もうじき六歳になるらしい弟が付いていった。


「母ちゃん、おかえり」


 藪沢くんが、母ちゃんと呼んだ人物──つまり、彼のお母さんに挨拶をしようと立ち上がる。


「すみません、お邪魔しています」

「そんなかしこまらなくていいのに! わざわざ丁寧にありがとうね……で、どっちの彼氏かしら?」


 茶色がかった髪の毛をきっちりと結ったスーツ姿。隙を感じさせない雰囲気なのに、話しやすそうなその人は、外の世界でバリバリ働いているキャリアウーマンな雰囲気だった。


「私らじゃないよ。こいつの……彼氏? いや、彼女?」


 お姉さんは、携帯を見たまま視線をあげず藪沢くんの事を指差してそう言った。


「いやっ、ちげーよ」

「アンタ……っ、そう……お母さん理解あるから大丈夫よ? 孫の顔は楽しみだったけど……」

「違うの! 本当に!」


 およよ……と演技がかったリアクションを取ったお母さん。それに対して弁解する藪沢くんのことをあしらうようにして、洗面台に手を洗いに行くその後ろ姿を見ながら藪沢くんに耳打ちする。


「……藪沢くんてさ、めちゃくちゃお母さん似だね」

「え? あぁ……」


 くすくすと笑いながら返事をして藪沢くんは、洗面台から戻ってきたお母さんに早速報告をした。


「萩がさ、顔似てるねって」

「それ、昔から言われてきたよねぇ。まだ言われんのね。ま、あんたの顔はお母さん譲りの自慢の顔だからね」


 ぐりぐり、と藪沢くんの頬っぺたを両方の手のひらで包み込み弄ぶお母さん。藪沢くんも、嫌な顔ひとつせずにそれを受け入れている。しばらくそうしていたけれど、お母さんはふと手を止め、僕の方を見て言った。


「萩くん……でいいのかな? 家近いの?」

「あ、えっと……」


 ここからだと二時間くらいはかかるけれど──と思っていると、藪沢くんが口を開いた。


「萩んち結構遠いよな? もしあれなら泊まっていけば?」

「えっ? 流石にそこまでは……」

「あら、別に良いわよ? お母さんが良いって言ったらだけど」

「お母さん……は、多分連絡さえしておけば大丈夫かと……」

「じゃ、決まり……ってことで母ちゃん、俺らコンビニ行ってくるから」

「はいはい、いってらっしゃい」


 こういうことは慣れっこである──といったように、特になにも咎めず用意された晩ごはんを食べはじめるお母さん。友達の多い彼のことだ。きっと、お泊まりなんて日常茶飯事なのだろう。

 僕の腕を引っ張って外へと連れ出した藪沢くんは、車庫から自転車を取り出しながら僕に言う。


「チャリ一個しかないからさ、後ろ乗って」

「二人乗りかぁ……歩いて行けないの?」

「コンビニちょっと遠いんだよ」


 自転車に跨って「早く!」と急かす藪沢くん。その声に断りきれずに自転車の後ろへと跨がる。


「じゃ、行きまーす」


 立ち漕ぎの体勢で、確実にペダルを踏んで車輪を回す藪沢くん。

 想像より遥かに安定感のある走りに、安心して身体を預ける。


「ってか、萩軽くね? もーちょっと食べた方がいいよ」

「えー? そうかなぁ……」

「あーでも、ムキムキのお前は見たくはないな……」

「あはは、それはそうかもね」


 雑談を交わしながら、髪の毛を撫でる夜の風を感じる。まだ少し冷たいそれは、夏はまだ先だと僕に語りかけているようだった。



「はい、到着」


 五分ほどで到着したコンビニは外から見て分かるほど広く、物も充実しているようだった。


「歯ブラシはうちに使い捨てのやつあるからさ、下着だけ買って……あとはお菓子と……」

「お菓子? まだ寝ないの?」

「家帰ったら俺の部屋でゲームしようよ」


 泊まりで……お菓子食べながらゲーム……。


「嫌だった?」

「えっ!? 嫌じゃないよ。むしろこういうの初めてだから楽しみだなって」

「そっか、じゃあ、今夜はオールだな」

「オールは……明日体育あるから……」

「大丈夫、いけるいける」

「えぇ。いけないよ……」


 お菓子をいくつか選んで買って、また二人乗りで家へと帰る。

 荷物を自室に置いた藪沢くんは、バスタオルと部屋着を僕に手渡して言った。


「じゃー先風呂入ってきていいよ」

「え、先いいの?」

「だってあれじゃん、髪乾かすの時間掛かりそうじゃん。それに一応お客さんだし」

「あー……じゃあ、お言葉に甘えよう、かな?」



「先ありがとう、上がったよ」

「ん、じゃあ俺風呂入ってくる」


 手ぶらで部屋から出て行った藪沢くんは、廊下でお姉さんに話しかけられたらしい。二言三言交わすのが聞こえた後に遠ざかっていく足音がする。

 広いけど、その広さを埋めるほどに賑やかな家だ……とベッドに寄り掛かりながら食卓の様子を思い出す。

 強気だけど気遣い上手な社会人のお姉さん、可愛らしい、少しおませな中学生の妹、藪沢くんが特別可愛がっているらしい小学生の弟に、孫に囲まれて優しく見守るおばあちゃん。

 逆ホームシックになりそう……と若干眠気で重くなってきた頭をベッドに預ける。

 手元で震えた携帯を見る気も起きないくらいの睡魔にそのまま(いざな)われて、座ったままの体勢で目を閉じた。


 僕が目を覚ましたのは、どさどさ、となにかが落ちる音でだった。

 ぼんやりとした視界で捉えたのは、客用の布団一式を部屋に下ろす藪沢くんだった。


「ふぁ、寝てた……」

「疲れてんなら、もう寝る?」

「いや、起きる起きる」


 お菓子も買ったし、ゲームする約束もしたし、と身体を起こして、いつの間にか手から滑り落ちていた携帯を拾い上げる。

 時間は二十二時を少し回ったくらいか、と確認して届いていたメッセージを確認する。母親からの了解メールと、あともう一通。それは、随分と珍しい人物からだった。


『やっほー! 写真送るね!』


 その文面とともに送られてきた一枚の写真。ベッドの上で撮ったらしいその写真の手前に志木さん、その奥には芹さんがお揃いの部屋着で写っていた。どうやら隠し撮りらしく、芹さんの視線はこちらには向いていない。


「なににやついてんの?」

「えっ、嘘、にやついてる? いや、今志木さんからメッセージ来ててさ……」


 隠すものでもないしいいか、と画面に写真を表示させて藪沢くんに見せる。

 僕の携帯を覗き込んだ藪沢くんは「女子のお泊まりは華やかだなぁ」と感想を漏らして、手に持っていたコントローラーを僕に手渡した。


「準備できた。とりあえずマリカー入ってたからそれでいい?」

「……ちょっと待って、操作教えて」

「じゃあ一戦目は50ccで……と。あ、お菓子適当に開けて」


 藪沢くんがゲームの設定をしているのを眺めながら、先ほど買ってきたお菓子を開ける。友人の家でお菓子を食べながらゲーム……。緩みそうな口元を誤魔化すようにして藪沢くんと審議の末に買った、たけのこのお菓子を口に放り込んだ。

たけのこ派のききょうくん、きのこ派の藪沢くん。

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