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ききょうくんとなずなさん  作者: Nas
一年生の頃のお話
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5輪目 ハナミズキー返礼ー

 ──あの、事件とも言うべき出来事から数日。


「はーい、それでは、今年の遠足は上野に決定します!」


 ざわつく教室に、学級委員長の声が響いた。

 僕らの通う学校では、毎年五月末に遠足が開催される。クラス毎に行先を決めて、集合と解散以外は完全に自由行動という小中学校──いや、他校と比較してみても自由度の高いであろう行事。

 これは、僕らの通う高校の校訓である自主自律、そして、自由闊達な校風に基づかれたものである。


「上野公園かぁ。何あったっけ」


 芹さんは、ロングホームルームとはいえ授業中にも関わらず手元のスマートフォンを弄りながら言う。液晶画面にはパンダの写真が映されていた。


「え、うーん。動物園、と……アメ横って上野だっけ?」

「動物園しかイメージないよね、行ってみる?」

「動物園……行こっか、じゃあ」


 楽しみだなあ。動物園なんて、いつぶりだろう?

 周りのクラスメイト達も仲間内で行き先の話し合いで盛り上がっている。

 ざわつく教室を、担任が手を叩いて静かにさせた。


「遠足もいいが先にテストだぞ! 時間割を発表するから、各自控えておけよー」


 黒板に白のチョークでテスト期間三日分の時間割が書かれていく。

 スケジュール帳にそれを写し、頭の中で勉強のスケジュールを立てながら範囲もそんなに広くないし、余程のことが無ければ大丈夫だろうと考えた。

 ──それに。

 テストで良い点を取り続けること。母親と約束した、高校に通う条件だ。

 そんな僕の横で、芹さんは盛大にため息をついた。


「……どうしたの?」

「いやー……一日目が理数系で埋まってるのしんどい。無理……」

「苦手なんだっけ?」

「苦手どころの話じゃないよ! 前日バイト入れちゃったしなぁ」

「えっ、なんで?」

「人いないって言われて……まあ稼げるからいいかなって」

「ふーん……」


 まだ高校一年生の五月なのに、よく頑張るなあとどこか他人事に思う。あまり、物にも人にも執着しなさそうなのに。

 ……でも、芹さんは仕事できそうだな。

 憂鬱そうにノートに時間割を写す芹さんの横顔を見て僕は、そう思った。



「終わった、いろんな意味で……」


 隣を歩く芹さんが魂の抜けた声を出す。そんな姿は珍しいなぁ、と僕は笑った。

 テスト最終日の最終教科を終えた僕たちは、テスト期間ということもあり少し早めの帰宅中。

 帰宅中というか、「今日はバイトも昼ごはんもないから付き合って」という芹さんに連れ出されていた。


「ん?」


 校門までの道を歩く僕の耳に、何か楽器の音が聞こえてくる。よく耳をすませてみれば途切れ途切れにギターの音とそれに混ざって、恐らく──キーボードの音が聞こえていた。


「なにかあった?」


 歩くペースの遅くなった僕にいぶかしげな顔をする芹さん。


「いや、ギターの音が聞こえて……」

「あー、そうだね。文化祭の準備じゃない?」

「え、まだ五月だよ?」

「うん。でもうちの高校、文化祭でバンドとして出るにはオーディションが必要なんだって。去年から」


 知ってて当然、というような口ぶりで芹さんは僕にそう教えてくれた。


「へえぇ、大変だなあ」

「まあ……あたし達には関係ない話だけどね。あ、お昼はサイゼとかでいい?」

「うん。どこでも」


 校門を出て、そのまま駅まで歩いて行く。校門から駅までは大通りを歩いて五分ほど。ここの駅にはサイゼはないから、三駅移動した大きい──ゴールデンウィークに芹さんと会った駅へ行くのだろう。

 ホームへ降りるとちょうど電車が来たので、それに乗り込み、特に会話のないまま目的の駅で降りた。

 改札を出るとそのまま目的の店へと直行する。その道中に同じお店は何軒かあったけれど芹さんが選んだのは地下にあるお店だった。


「ここの地下のお店ってさ、ちょっとシェルター感あるよね」

「確かに。それわかるかも」


 席に通されてから、混んでるなぁと辺りを見渡す僕に構わず、芹さんはメニューを開く。僕もそれに倣って手元にあったメニューを開いた。


「んー、あたしはランチのチキンステーキにする。決まった?」

「早っ、ちょっと待って」


 こういう時僕は、メニューをなかなか決められない。

 色々なジャンルのメニューを行ったり来たり、あーでもないこうでもないと言ってやっとひとつに絞った頃には既に五分ほど経っていた。


「ごめん、お待たせ。決めた」

「じゃあ呼ぶね」


 芹さんが呼び出しボタンを押すと、店内に呼び出し音が鳴り、程なくしてタブレットを持った店員さんがやって来る。


「お待たせいたしました。御注文をお伺い致します」

「えっとー、ランチのチキンステーキセットと、」

「あ、あとランチのオニオンハンバーグセットひとつ」

「それからドリンクバーふたつ。以上で」


 ぱたん、とメニューを閉じた芹さんは、そのままドリンクバーへと向かう。

 僕は戻ってきた彼女と入れ替わりでドリンクを取りに行く。

 グラスに氷を三個入れて、色とりどりのボタンの中から茶色いボタンを選び押した。


「芹さん、なんで今日はここに?」


 芹さんが勝手に追加したドリンクバーから持ってきた烏龍茶を飲みながら聞く。彼女は、アイスティーにミルクを溶かしながら答えた。


「昼ごはんがなかった以外に特に意味はないけど」


 そう言って、グラスに口をつける彼女を見て、あぁ、ストロー使わない派なんだな、なんて思う。


「なんか面白い話ないの?」

「えぇ!? そんな急に……そうだなぁ。うーん……」


 僕が悩んでいると、店員さんがやってきてセットのサラダをふたつテーブルに置いた。

 良かった、逃げ場が出来た──とサラダをひと口頬張るとレタスのみずみずしい食感とドレッシングの酸味が口に広がった。


「……で、なんかないの?」


 ……前言撤回。芹さんは僕に逃げ場はくれないようだ。


「なんか……んん。んー……」


 目の前でサラダを頬張る芹さんは真っ直ぐこちらに視線を向けていた。


「お待たせいたしました~。ランチのハンバーグセットと、チキンステーキセットでございます。鉄板大変お熱くなっていますのでお気をつけください」


 オーブンから出たてであろう鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てて運ばれてくるメインディッシュ。

 まだ大学生くらいだろうか。若い店員さんは鉄板二枚とライスの乗った平皿二枚を器用に運び、そしてテーブルへ置いた。


 店員さんを見送ってから、僕は口を開く。


「そういえば、バイトしようかなとか思っててさ」

「ふーん?なんで?」

「……元々、高校入ったらしようかなとは思ってたんだけど」


 ハンバーグを一口サイズに切り分けて別添のソースをかける。まだ熱い鉄板の上で油が飛び跳ねた。


「へー、いいじゃん。なんのバイトすんの?」

「それがまだ決まってなくて。何がいいかなぁ」


 ハンバーグを一口頬張ると、鉄板で熱されたそれは出来立てのままで、口いっぱいに肉の旨味とソースの味が広がった。これがワンコインなのだから、企業努力はすごいと思う。

 そんなことを考えながら咀嚼して飲み込み、白米を頬張り、それも胃に落とす。


「芹さんさ、ピザ屋だっけ? なんでそこにしたの?」


 鶏肉を咀嚼して、飲みこみ、さらにミルクティを飲み干してから芹さんは口を開いた。


「家から近かったのと、あと知り合いに会わないからかな。対面の接客ないしね」

「確かに、地元の知り合いと会いたくないかも……」

「じゃあキッチンとかじゃん? まあ高校生ができるバイトなんて限られてるけどね」


 そう言うと芹さんは立ち上がり、ドリンクバーへと向かう。

 バイト、どうしようかな。

 僕はハンバーグを食べながら、呑気にそんなことを考えていた。


「じゃあ、そろそろ帰ろっか」


 高校生らしくドリンクバーで居座り、一時間が過ぎたあたりで芹さんはそう言った。

 彼女は財布を取り出そうとする僕を制止して、伝票をレジまで持っていくとそのまま二人分の会計を済ませた。


「いくらだった?」

「ん。いいよ」

「いやでも」

「今日はね、付き合ってもらったお礼。それから」


 芹さんは優しく微笑んで続けた。


「……いつものお礼。結局数学も教えてもらったし。だから、いいよ」

「え、本当にいいの……?」

「あたしがいいって言うんだから、それでいいでしょ。それにめっちゃ安かったし」


 店を出てから芹さんにお礼を言って、駅までは一緒に行き、そこで別れる。芹さんはここから歩いて帰るらしい。

 家へと帰る電車の中で、求人サイトを見ていると、やはり高校生には同じような求人しかないと思い知らされる。

 接客……は、地元の人に会いたくないし、料理経験もそんなにあるわけじゃないから、キッチンもうまく出来ないかもしれない。

 言い訳の詰将棋をしていると、いつの間にか乗換駅に着いていた。僕は電車を降りて、乗換口へ向かう。

 ……とりあえずは、家に帰って、ゆっくりと探そう。スマホの画面を閉じた僕は、いつもよりも早歩きで帰路についた。

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