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ききょうくんとなずなさん  作者: Nas
二年生の頃のお話(前)
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36輪目 リナリアーこの恋に気付いてー

「そういえば背伸びてた?」


 身体測定の次の日──つまり、芹さんとアイスを食べた日の翌週火曜日。

 一年生の頃と変わらずぎりぎりに登校してきた芹さんは机に荷物を置くなり僕にそう声を掛けた。余裕を持って来ていたのは、最初だけらしい。


「あー、うん。ちょっとだけだけど」

「へぇ。菓子パンばっか食べててもまだ成長するんだね」

「そうだね……」


 芹さんが席について一息ついたタイミングで始業のチャイムが鳴る。教室に入ってきた担任の挨拶で、今日も一日が始まった。


「今日の一限目は、金曜日の新入生歓迎会体育の部の種目決めをします。他にもやりたいことあるから、テンポ良く決めましょう! じゃあ、一限目のチャイムが鳴ったら実行委員の人は取り仕切りよろしくね」


 新入生歓迎会……なんてあったっけ、去年。記憶を遡ってみても、全く覚えが無い行事に密かに首を傾げる。



「あったよ、来てなかったんでしょ」

「……あ、そっか」


 一限目が始まるまでの間の時間、僕は先ほど浮かんだ「去年も新入生歓迎会あったっけ?」という疑問を解決すべく隣の席の芹さんにそう質問すると、簡潔かつ的確な答えが返ってきて、納得した。

 そうだった。すっかり忘れていたけれど、あの頃の僕にとって学校は果てしなくハードルの高いところだったんだ。


「新入生歓迎会ってなにするの?」

「えっとね、午前中は球技大会で午後は体育館で部活紹介とかだったかな」

「えー、球技大会……」


 よりにもよって球技かぁと僕は肩を落とす。

 運動全般苦手だけど、球技系が特に苦手な僕にとって球技大会は地獄の行事だ。


「大丈夫、その他大勢のドッジボールなら目立たないし」

「僕ドッジボール一択……芹さんは? 何やるの?」

「あたし? バレーにしよっかな」

「えっ? 本当に?」


 「あたしもドッジボール」という返答を勝手に想像していた僕は、驚いて芹さんの頭のてっぺんからつま先までを眺める。

 同級生の女の子と比べても小柄な彼女がバレーで活躍している姿はなかなか想像が難しい。

 僕のその不躾な視線に気付いたのか、芹さんは頬を膨らませて僕を睨み付けた。


「いまめちゃくちゃ失礼なこと考えてない?」

「えっ、いや、そんなこと……」

「ないの? 本当に?」


 僕をじっと見つめる芹さんの瞳に観念して、言葉だけの謝罪を口にする。僕は一生、芹さんには嘘をつけないのだと思った。


「……芹さんは、そんなに身長高くないから、イメージ無いなって思ってた」

「まー、確かにそう思うよね」

「得意なの?」

「得意じゃなきゃやんないよ」


 芹さんが、球技が得意だという二年目にして知った事実。体育は男女別だから、知らないのも当然といえば当然なのだけれど。

 時間が合えば応援に行こうか、でも嫌がるかな、と考えているうちにチャイムが鳴って、一限目が始まる。


 滞りなく種目分けは進んで、僕はドッジボール、芹さんはバレーボール……とお互い希望種目になった。ちなみに競技は三種目あり、男女混合のドッジボール、男子はサッカー、女子はバレーで分かれる。

 その他大勢のドッジボールとは違い、少数だと団結力も生まれるらしい。少し離れたところで、同種目のメンバーと「優勝目指そうね」なんて話している芹さんの姿が見えて、なんだか微笑ましく感じた。


「はい! じゃあ全部決まったかな? 各自席についてね。じゃあ次は……」


 少しざわつく教室で、そのまま話は進んでいく。


「……第一回の進路希望表を配るから、帰りまでに書いて帰りのホームルームで提出してね。これを元に面談もしていくから、決まってないよーって人も必ず提出お願いね」


 前の人から回ってきた紙の束から、一枚取って後ろへ回す。進路希望アンケートと書かれた紙は、いくつかの質問が書いてあり一番下には自由記入欄が設けられていた。

 そっか、もう方向性を決めなくちゃいけないんだ……僕は誰にも見つからないように静かにため息をついてプリントをファイルの中に仕舞いこんだ。



「せんぱいっ」


 昼休み。僕と芹さんが屋上へ行くと、そこには既に先客がいて僕たちの定位置にちょこんと座っていた。


「あ、浮張さん」


 僕が名前を呼ぶと、浮張さんはぱあっと笑顔になり、立ち上がって言う。


「わ! 名前覚えててくれたんですね! 嬉しいです嬉しいです!」


 浮張さんに促されるまま腰を下ろすと、その隣に浮張さんが座り、その反対隣に芹さんが座る。

 ……両手に花とはまさにこのことなんだろうか。なんて、人生で初めてともいえる今の状況に対して呑気に考えながらお昼ごはんを取り出す。


「あれっ、お弁当は?」

「いやー……なかなか作る機会がなくて」

「ふぅん……」


 ま、それもそうだよね、と言いながら自身のお弁当箱を開けた芹さんのお昼ごはんは今日も美味しそうで、これを目の前にすると自分で作るお弁当のハードルもあがるというもの。

 そういう訳で、僕は今日も慣れ親しんだ菓子パンを齧る。


「そういえばっ。萩先輩、新入生歓迎会の競技何に出るんですか??」

「僕? ドッジボール……浮張さんは?」

「わたしもドッジボールです! 頑張りましょうね。わたし先輩の事応援しにいきますっ!」

「あ、うん……ありがとう」


 一応クラス対抗だから、応援しにくるのはどうなんだろう……とも思うけれど、応援してくれるというのならば有難く頂戴しておこうとお礼を述べる。


「新入生歓迎会って、バンドの演奏もあるんですよね! 楽しみです~」

「へー、バンドかぁ。あっ、芹さん、セゾンシャルムは出ないのかなぁ」

「出ないと思うよ…… 柳先輩のバンドは出るって聞いたけど」

「そっか、残念だね」

「うん……」


 僕と芹さんの会話を聞いていた浮張さんは、不思議そうな顔をして「セゾンシャルム?」と首を傾げる。


「二年生のガールズバンドでめちゃくちゃすごい子たちがいて……事情があって今は活動してないみたいなんだけど」

「へぇー…… 見てみたかったです」

「うん……まあこればっかりはしょうがないよね」


 なんだか今日、浮張さんとばっかり喋っている気がする……と、反対側に座る芹さんをちらりと見る。

 芹さんは、お弁当箱を片付けて教室に帰る体勢になっていた。


「……もう行く?」

「うん……じゃあ、また」


 僕を置いてさっさと立ち去る芹さんの背中を見送って、僕も立ち上がる。先週末もそうだったけれど、お昼休みになると……いや、浮張さんといると、様子がおかしい、と思うのは気のせいだろうか。いや、きっと気のせいではない。

 僕の手を、座ったままの浮張さんの両手が握った。


「もう少しゆっくりしましょうよぉ」


 うるうるとした瞳に、少しの罪悪感を覚えたけれど「進路のアンケート書かなきゃなの思い出して」と言い訳を見つけてなんとか納得してもらう。


「二年生は大変なんですね……」


 浮張さんはそう言って笑うと、立ち上がって僕の後ろを歩いて屋上から続く階段を降りてきていた。そして、最後の引き留めが不自然なほどあっさりと教室へと戻って行く。

 僕も自分の教室に戻り、自分の席に向かう。隣の席の芹さんは、この間と同じように机の上に突っ伏していた。

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